Uターンラッシュの渋滞待ちの間に、ひたすらしりとりをする話

奈良ひさぎ

Uターンラッシュの渋滞待ちの間に、ひたすらしりとりをする話

 日本には長期休暇というものがあり、そのたびに都会に出た人が実家に戻ろうとして、高速道路が死ぬほど混んだり、新幹線が地獄の様相を呈したりする。何年、何回やろうと変わらない。相変わらず休みを狙ってみんな故郷に帰ろうとするし、相変わらずバカの一つ覚えのように新幹線やら何やらに押しかけ、立ち客が続出する。車なら途方に暮れるような渋滞に巻き込まれる。


 そしてそれは、都会の方へ帰る時も同じ。世に言う、Uターンラッシュである。


「あ〜、やっぱダメか〜。ちょっと早く出たから、いけると思ったんやけどなあ」

「今パーキングエリア過ぎたとこやな。タイミングクソ悪い。これで今トイレ行きたくなったら終了やで」

「ほんまな。人生終了。携帯トイレは?」

「ない」

「はい終わったー」


 かく言う俺たちも、そんな人の中に入っている。俺は助手席、そして小学校の頃からの友達が運転席に座っている。帰省する時は二人一緒にして、少しでも金を浮かそうということだ。どっちかに彼女や奥さんでもできたら、この慣習も終わりだ。たぶん。もしかするとなんだかんだ言って、続くかもしれないが。


「携帯トイレで済ますんも、大概敗北やと思うけどな。いや、どうしてもっていうんやったらしゃあないけど」

「そうかね? 俺は全然漏らすよりマシやと思うけど」

「そら漏らすんは最終手段も最終手段やからな」

「漏らすんを最終手段って言うたらあかんやろ。それもう人生の苦難の大概は大したことなくなるで?」


 携帯トイレがない以上、サービスエリアやパーキングエリアが来そうにないなら、待避所に逃げ込んで端っこに向かって立ってするしかないな、と俺は覚悟を決める。できればそんなことはしたくないが。したくはないが、そういう場面は来る時には来てしまうのだ。


「オレさ。運転する分には楽しいんやけど」

「ほう」

「渋滞に巻き込まれたらイライラすんねんよな」

「それはみんなやけどな」

「正味オレだいぶイライラしてる。しかもずっとブレーキ踏んどかなあかんって、めちゃくちゃしんどい」

「そらね」

「しりとりせん? 気紛れそうやし」

「突然?」


 友人は昔から、そこ?というタイミングで突拍子もないことを提案するような奴だった。確かにしりとりでもすれば、時間は経つかもしれないが。


「せっかくやしなんか縛り付けたいな」


 もうすっかり、しりとりをするのが前提になっていた。


「ポケモンとか?」

「それなんかやったことあるけど、めちゃくちゃムズかったはずやで。もうちょいすぐ思いつくやつにしようや。それに著作権とかも若干気になるし」

「著作権? 何で今」


 友人がごねるので、結局食べ物縛りになった。一般的に食べ物とされるものなら何でもいいらしい。つまり消しゴムを食う奴はたぶん小学校に一人くらいのレベルでいそうなものだが、普通は食べないのでアウト、というわけだ。


「じゃあUターンラッシュのシュで」

「あ、小さいやゆよは前の文字も入れるんか」

「入れとこか」

「シュ……シュークリーム」


 終わりの見えない戦いが始まった。俺は助手席に座っているだけだから考える余裕があるし、友人も今のところ、ブレーキを踏み続けるだけの簡単な仕事しかしていないので、二人ともほとんどしりとりに神経が集中していた。


「蒸し米」

「それええんかい」

「問題ない」

「あー……目玉焼き」

「金目鯛」

「イカスミパスタ」

「パスタはずるないか」

「じゃあイカスミで」

「ミ、ミネストローネ」


 単調だが着々と続く。この勝負はいつ終わるのか。もしかして車が前に進み出してもなお続くのではないか。そう思いながらも、思いついてしまう以上仕方ない。とりあえず思いつかなくなってから考えよう。


「ね○ね○ねるね」

「やめろ」

「食べ物やん」

「食べ物やけども。またねやないか」

「思いつかんかった」

「まあええわ。ねぎ」

「あ、それあったな。牛乳」

「梅干し」

「シュウマイ」

「そこはシウマイちゃうんや」

「お前好きやな、著作権ギリギリ攻めんの」

「だから著作権って何の話やねん」

「ええから続き」

「分かった分かった……今川焼き」

「出たな血で血を洗う名称争いが地域ごとに起こるやつ」

「そんな殺伐とした食い物ちゃうやろ」


 やっぱりそうだ。これは終わらない。確かに時々ぐっ、と詰まったりはするが、それも大した問題にはならない。せめて渋滞ゾーンを抜けたら終わりにしてほしい。あるいは終わりそうになかったら、適当に「ん」で終わるのを言って強制終了させよう。


「キーマカレー」

「レアチーズケーキ」

「きりたんぽ」

「ぽ!?」

「きりたんぽ鍋にする?」

「いやええわ。ポールウインナー」

「ナマコ」

「コーヒーゼリー」

「リンゴ」

「ゴルゴンゾーラ」

「ラスク」

「……終わらんなこれ」

「まだ終わらんくてええんちゃう?」


 地獄のような車の列は、まだまだなくなりそうになかった。

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Uターンラッシュの渋滞待ちの間に、ひたすらしりとりをする話 奈良ひさぎ @RyotoNara

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