エンジニア! インドアオタク海をゆく

森山流

1

「あ!下田さんですか?」

「はい…えっと、カナさん?」

「そうです。わー会えた!写真とぜんぜん変わんないですねえ」

「よろしくお願いします。ええと…あそこのお店でお茶でもいいですか」

「は〜い」

「席あいてるかな…2人です」「どうぞ」

「竹田佳奈です!今日はよろしくお願いします〜」

「あ、下田敬浩です。よろしくお願いします」

「なににしますか?私キャラメルカプチーノ!」

「僕はコーヒーで」

「は〜い、すいませ〜ん」

店員に注文を伝える。佳奈はアプリの写真にくらべて少しふっくらして、思ったよりもひかえめな顔立ちだった。対する下田はひょろひょろの長身にめがね、よれたワイシャツとデニム姿のいかにも大人しそうな青年。佳奈の写真との差には緊張のあまり全然気づいていない。

「えっと…佳奈さんはOLさんでしたっけ」

「そうです!経理。下田さんはたしか〜」

「エンジニアです」

「そっか〜、すごおい!パソコンとか詳しいんですね。頭よさそう〜」

「あ、いや、パソコンは」

「お給料もすごくいいみたいだし、仕事バリバリって感じですか〜?」

「ええと、半年くらい海外に行くと、3ヶ月くらいまとめて休暇がある仕事で」

「海外!すごいですね!かっこいいなあ〜。どんな国に行くんですか」

「ええと、最近はペルシャ湾…イランのあたりが多いかな…」

「へ、へえ〜…アメリカとかじゃないんですね」

「コーヒーのお客様」「あ、はい」

少し沈黙が流れる。まずい、なにか言わないと。

「…僕は、その、船にいつも乗ってるんで」

「船?お魚とかとるんですか?っていうか、下田さんすごいやせてるし超色白いですよね!海とか全然行かなさそう〜!」

「あー、エンジンから出ないから日には焼けなくて…」

「じゃ他にお休みの時とかなにしてます?」

「映画見てますね、僕戦争映画が好きなんで…あとは軍艦のプラモデル作ったりしてます。航海が長くてどこにも行けないんで、いつもインドアな趣味ばっかりで」

「ふ〜ん、そうなんですね〜。私はショッピングとか海外旅行が好きだから、ちょっと合わないかも〜」

佳奈が苦笑する。下田は動転して手が滑り、コーヒーを少しこぼしてしまった。

「あ…す、すみません」「ああ〜、すいませーん、おしぼりくださいー」

「濡れませんでした?」

「大丈夫です〜、じゃあ、私そろそろ次のアポがあるんで」

「あ、は、はい…ありがとうございました」

足早に去る佳奈を見送り、下田は頭を掻いた。こりゃ今日もダメだな。

「エンジニアって言うから誤解されるのかなあ…一応船乗りなんだけど…」

婚活アプリのデート、5戦5敗。圧倒的な負けっぷりだ。職場には出会いはない、というか海の上なので同僚以外の人間はいない。地元の知り合いもみんな既婚、もう後がないので、有料婚活アプリに登録し、マッチした女子とのデートをくりかえしてはふられている。

「はあ…帰って大和の続きつくろ…」

2人分の会計をすませると、下田はこじゃれたカフェをあとにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エンジニア! インドアオタク海をゆく 森山流 @baiyou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ