Uターン

豊科奈義

Uターン

 シルバーウィークが明け、多くの日本人がいつも通りの生活に戻った頃、佐藤は同僚の鈴木と雑談をしていた。


「子ども生まれて報告のために実家に帰省したんだけどさ、車にして本当に失敗したよ。高速道路の渋滞に巻き込まれて5時間もかかった。鉄道にすればよかった。おまけに俺が物理博物館に寄り道しようなんて言っちゃったから……」


 物理博物館へ向かったのは実家から近かったからである。すぐに戻れるように時間を組んだつもりだったが、ものの見事に渋滞に嵌ってしまった。


「妻には『すぐに戻れるんだから』って言ったんだけどね。やっぱり妻が正しかったよ。すぐには戻れなかった。でも、物理博物館にも書いてあった通り『時間は不可逆、戻れない』だからね。寄らない方が時間を有効活用できたかも」


 佐藤は自身の苦難の経験を笑いながら鈴木に話した。


「大変ですね。トイレとか大丈夫でした?」

「なんとか、サービスエリアに入れたから良かったよ。あ、そうだ。実は、サービスエリアで妻がいい人と出会ったんだ。こんなの世の中なのに。まだまだ現世は捨てたもんじゃないな」

「いい人?」


 鈴木は不思議に思った。シルバーウィークで実家帰りなのだから、もっと話すことはいくらでもある。それに、佐藤は直接見聞きしたわけでもない。佐藤の妻の話だけでいい人と断言できるというのだから、それはもう聖人なのだろうと。


「妻の話によると──」



 佐藤一家が途中のPAパーキングエリアに訪れた際、佐藤の妻は生まれたての実の子を抱えて多機能トイレへと向かった。


「全く、こんなときに大きい方だなんて」


 トイレの際はどちらか片方が子どもの世話をするのだが、5時間も降りられなかったためにどちらも漏れる寸前であった。そのため、二人共急いでトイレへ向かった。しかし、生まれたての子どもを車内に放置するわけにもいかない。なので佐藤の妻が子どもを抱えて比較的空いているであろう多機能トイレへと向かい、佐藤は男子トイレへと向うこととなった。


 しかし、帰省ラッシュの影響でトイレは男女問わず行列となっていた。それ故か早く済ませようと多機能トイレにも人が流れ、男女トイレに比べては劣るもののそれなりの行列ができていた。


「どう見ても普通の人のようだけど……」


 多機能トイレは本来、男女トイレが使える人は利用すべきではない。ただ、子連れでなく普通の人のように見えてもオストメイトだったりする以上、無理に入ることもできなかった。

 更に、子どもが泣き出したと思ったら子どもが漏らしていた。万が一に備えて、オムツは常備していたため多機能トイレが使えればどうにかなる。ただただ順番を待ち続けた。そんな中、佐藤の妻に限界が来た。


「まずい……」


 幸にも、女子トイレは一気に空いたようだった。しかし、渋滞に捕まっている最中にトイレの有無を探してここのPAを調べた際、不寛容にもベビーシートは多機能トイレにしかついていなかったのを覚えていた。

 多機能トイレももう少しで自分の番が来るが、もう限界だ。いっそ女子トイレでさっさと済ませて車内でオムツ替えをするのを考えたが、そんなとき後ろの50代と思われる女性から声をかけられた。


「もしよかったら、私が一時的に預かって差し上げましょうか?」


 その女は子連れらしく、屋根は閉まっていて赤子の姿は見えなかったがベビーカーを携えていた。


「ええ、ありがとうございます」


 漏れる寸前だったこともあり、あまり考えずに子どもを女に預けて急いで女子トイレへと駆け込んだ。

 トイレを済ませると、女の姿はなかった。女の後ろにいた人が扉の目の前に居たため、トイレに入っているのだと思い、少しすると女が笑顔で出てきた。


「ありがとうございます」


 女子トイレで済ませた後、佐藤の妻は女に改めて礼を言った。


「いいのよ。私も昔似たような経験があったからほっとけなくてね。でもごめんね。泣かせちゃって」

「いえいえ、本当にありがとうございました」


 子どもは女に抱かれたのが嫌なのか、それとも湿ったおむつが深いなのか。いつもより佐藤の妻は深々と再度お辞儀をし、我が子を受け取ると外へ車内へ戻っていった。同じ頃に佐藤自身もトイレを済ませたため、一緒に車へと戻る。


「ひどい目にあった。今までに見たことない位男子トイレ混んでたよ……」


 寄り道をして遅くなったため、その代わりにオムツ替えを佐藤はやらされることとなった。オムツ替えに伴い、改めて佐藤は子どもを凝視する。


「ちょっと顔変わったか?それに少し痩せたか?いや、乳児期って成長早いっていうからな。離乳食増やしてもらうか」


 佐藤は嫌な顔一つせずに子どもオムツを替えた。



「っていう話なんだが」


「いい人じゃないですか。僕の妻なんて、ベビーカー連れてエレベーター乗ろうとしたら舌打ちされたそうですよ」

「こいつぁひどいな。俺の子にそんなことされたら衝動的に殴る自信あるわ」


 佐藤は手の指を鳴らし始める。


「大事な愛娘ですもんね」

「そりゃもう。身長体重は普通サイズだが、注いできた愛情なら誰にも負けないぞ。この世に生を受けたんだから俺が土に還るまで守り続ける!」


 佐藤は拳を高く突き上げた。その光景に同じ部署にいる社員が皆佐藤の方を向いて失笑してしまう程に。


「親バカですね」



 佐藤が仕事に邁進している間、テレビには速報が流れた。


「速報です。高速道路のPAのゴミ箱から、複数名の乳児の死体が発見された事件で、ブローカーの一人を逮捕しました。乳児は全員臓器が無く、ブローカーは健康体の乳児の臓器を高額で売買していました。体に疾病等がある場合は安価になるそうです。警察は殺人、誘拐、臓器移植法違反の疑いで捜査しています」

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Uターン 豊科奈義 @yaki-hiyashi-udonn

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