第13話 健康優良児な先輩
健康優良児という制度があった。
体格が良く、学業成績もよい小学六年生を学校ごとに選出し、全国大会で十数名の『健康優良児』を選出するというものである。
その成井先輩には2つ上の兄がいて、明という名前だった。成井明氏は俺達の4つも上で、足が速いことで有名だった。誰から聞いたか忘れてしまったが、通っていた中学校では、陸上部のエース格である。俺たち下級生にとってはスーパーな兄弟だった。
その日の午後に、成井さん宅に、ヤスを連れて訪問した。幸い実さんは在宅だった。
健康優良児だった少年は、小学生時代の坊主頭から一転髪を伸ばしていた。身長も伸び、体型はほっそりしたように見える。縞のTシャツに生成りの綿パンという格好。どこかに出かけるとこじゃなければ良いんだが。
居間に通された、俺とヤスはとりあえず挨拶をした。
「お久しぶりです」
「こんにちは」
「ヤス。こちらが成井さん」
「成井さん。これが、庄司安司です」
成井実さんは、おうと呟くように言って、俺達を等分に眺めた。
そこへ、成井母が、麦茶やら菓子鉢に煎餅を山盛りにして入ってくる。
「明彦ちゃん久しぶりね。もっと、遊びに来たらいいじゃないの」
「はあ、どうも」
何くれとなく雑談して、成井母が座を離れた。
実さんが立つ。
「部屋へ行こうか。麦茶持って」
「あ、はい」
キッチンを挟んだ部屋に移る。四畳半に二段ベッドと机が2つ並べて置いてあり、我が家と同じ配置。お世辞にも広いとは言えない。
「兄貴、頼む。俺、相談っていってもよく分からないから、一緒に聞いてくれよ」
二段ベッドの上段に横になっていたのは明さんだった。二段ベッドからはみ出しそうだ。
「ん~?」
むっくり起き上った明さんは、ぼさぼさの頭をポリポリかきながら、眉を寄せて俺たちを見た。プリントTシャツに、体操ズボンという格好だ。
「えーと。1階段の
「あ、成井さんこんにちは。僕のクラスメートの庄司安司です」
「初めまして、庄司安司です。9月に転校してきたばかりです」
「あ、ちょっと待って。今降りるから」
成井兄弟は、ベッドの下段に座って、俺たちを学習机の回転椅子に座らせた。麦茶は、学習机の上に本屋らノートやらの隙間を見つけて、並べて置く。
「で、どんな相談」
眼鏡をかけて、明さんが訊いた。眉を寄せたのは、視力が落ちた所為だったのか。
「で、その若生ってのがしつこく絡んでくるってわけか」
「はい。とにかく、上級生だし、ヤスも転校してきて日が浅いしで、困ってるんです」
「普通は、近くに住んでる上級生が抑えてくれるもんだからな」
「ええ、だけど、転校生は顔も名前も知られていませんから」
「その若生達は、なんて言ってるんだ」
「ええっと、何かいろいろ言ってましたけど、ようは、子分になれってことみたいです」
結局、いつの間にか俺と明さんの話し合いみたいになっていた。
「で、庄司君。君は子分にはなりたくないの?」
明さんに水を向けられたヤスは、散々言いよどんだ挙句こう言った。
「子分にはなりたくないです。万引きとか、悪いこと命令されそうで・・・」
「ふーん。君、喧嘩はどうなんだ。小学校の時の実と同じくらいの体だし弱そうには見えないけど」
「喧嘩は、やれば若生さん一人なら負ける気はしません。でも、喧嘩したくないんです。そう決めたんです」
「お前、シンの姉ちゃんのこと・・・」
「あ、アキおまっ」
つい口に出してしまった俺の口をふさごうと、ヤスがいきなり掴みかかる。
ヤスのいつになく真剣な調子に、口をふさがれた手を軽くたたきながら、何度もうなずく。
「なんだぁ、女がらみかよ」
実さんが呆れたような声を上げる。
「ああ、そうだ。若生って、葛が沢か」
「そうです。俺んちよりもちょっと奥だと思いますけど」
「兄貴、若生の姉ちゃんが、陸上部にいたでしょ。二年生の・・・」
「若生、若生俊枝か? ハードルやってる。なんで知ってるんだお前」
「兄貴のせいだよ。兄貴の弟だからって、学校ですれ違ったときに挨拶されるんだよ俺。陸上部の上級生に挨拶されること何度もあって、スゲービビるんだから」
「実も陸上部はいればよかったじゃん」
「やだよ、兄貴有名すぎるしさ。本当は野球やりたかったのに」
「野球部ないんですか?」
「あるんだけど、グラウンドが狭くてなぁ」
「あのっ、若生さんのお姉さんに話してくれるんでしょうか?」
話がずれてきたのを感じて修正する。
「ああ、今度の大会で、俺達引退だから、部員は必ず出て来るし。それとなく言っとく」
「ありがとうございます!」
「あと、
「ええ、まあ」
「大会が終わると、朝練行かないから、いっしょに走ろうぜ」
「朝、ですか?」
「いや、とは言わないよなぁ」
うわぁ、良いのか悪いのか・・・
「分かりました」
もちろん、ほかの返事はあり得ない。
「良かったよ。実は朝起きれないやつだからなぁ」
てなことがあって、本当に何とかなってしまった。
六年生の若生、原のグループがヤスに手を出すことはなくなったのである。
ここからは、俺の想像だが、若生にはこんなことがあったんあじゃないかと思っている。
「栄一郎! 栄一郎!」
「なんだよ姉ちゃん。いてっ・・・いきなり叩くなよ」
「うるさい! 姉ちゃんほっっっんっとうに恥ずかしかったんだからね!」
「いったい何の話だよ。いってぇ」
「あんた、転校してきたばかりの下級生を苛めてるそうじゃないか!このっ」
「痛い、痛い、耳がちぎれるぅ」
「せっかくっ、成井先輩が話しかけてくれたと思ったら、弟の悪さのことだったなんて。あああ、恥ずかしい!」
「痛いって、分かったから」
「こらっ! 逃げるなっ、もうちょっと殴らせなさい」
「やだよー。暴力女!」
うん。完璧に想像にすぎない。若生が、変な髪形で学校に来て、その翌日坊主頭になっていたという、噂話は聞いたが、もちろん確かめてはいない。
ワンダフルタイム ~我がやり直し人生~ 洲田拓矢 @mittsu
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