悪の秘密結社社員。月給35万円

新巻へもん

勝利は目前

「ふはははははははは」

 派手なマントを着た総統が哄笑していた。裏地は真っ赤で、表は黒地に金糸で我が軍のマークが縫い取られたマントである。肩のところには金モールも入っていて、今時、こんなものをつけている人間は女性ばかりの歌劇団でしかお目にかかったことは無い。


 自分のところのボスだが、一般人が見たら頭のネジがおかしいと思うだろう。まあ、間違っちゃいない。普通は悪の秘密結社なんて作らないからだ。まあ、流行らないし、近所のオバちゃんにどこに勤めてるか聞かれても名乗れないしね。名刺も作れない。僕も正直肩身が狭い。


 就職活動に失敗した僕がしばらくアルバイトで食いつないだ後に、パワハラで心を病んでぶっ倒れて首になり、家でふさぎ込んでいた時にポストに入っていたチラシが運命の分かれ道だった。

『未経験者歓迎! 懇切丁寧に1から指導。アットホームな職場です』

 そりゃそうだよな。今なら分かる。悪の秘密結社での就労経験なんて普通はないもんな。


 みるみる減る貯金通帳の残高に藁にもすがる思いで訪ねたごく普通のビルで対面したのが、今哄笑を響かせている松平・ゴットルプ・シュタウフェン・ド・倫太郎だった。本人曰く、ヨーロッパの色んな王家の血を引いているらしい。血縁が遠すぎてB国では継承順位1376位、S国ではちょっと上がって753位、R国では853位とのことだ。


 で、まあ、色々あって、僕はこの松平総統に月給35万円でこきつかわれている。だって、しょうがないだろ。正社員だよ。しかも、非合法組織だから源泉徴収なんてしてないので、手取りが35万円なのだ。しかも、ボーナスもでる。夏と冬に3か月ずつ。ボーナスなんて都市伝説かと思ってた。


 本当は所得税とか住民税とか払わなきゃいけないのは分かってるんだけど、給与の支払い者の欄になんてかいたらいいか分からなくて税務署に足を運べていない。国民健康保険だけはきちんと払っている。


 仕事は楽じゃない。正義の味方と戦うのだ。今も、巨大なロボットで正義の味方のマシーンを絶賛攻撃中である。僕の役目は火器管制。要は言われるままに色んなボタンやレバーを押して、バルカン砲だとか、フォトンビーム砲だとかを発射する係だ。


 それでも、ゆるい連携関係にある別組織よりは遥かに待遇がいいんだそうだ。全身いじられて怪人になるよりいいだろって。うん、まあそうかもしれない。

「レールキャノン斉射!」

 言われるままにガンサイトの中心を敵のマシンに合わせてレバーを引く。


 なんで、そんな物騒な武器があるかというと、僕の右後方に座っている金髪のオネーさんがいるからだ。片目に眼帯をしていて、黒っぽい軍服では隠しきれないナイスバディの持ち主だけど、頭は滅茶苦茶いい。性格はドSだけど。でも、酔っ払うと泣き上戸だったりする。


「どうせ、どうせ、アタシはダメなマッドサイエンティストや」

 あともう一歩という所で及ばないのは自分の発明したメカや兵器がダメだからと延々と愚痴を聞かされる。で、最後は酔いつぶれて眠っちゃうのだ。仕方がないので部屋まで送って行ったら、襲われた。僕の色んな初めてを奪ったのはこの人だったりする。


 今日はいつもより調子がいい。敵のマシーンからモクモクと黒煙が上がっている。

「我が方の戦力は圧倒的ではないか!」

「左様でございますな。若」


 そう言いいながら、操縦レバーを機敏に動かして、敵の必死の反撃を回避しているのが、真っ白なスーツをきたしぶーい中年男性。松平家の執事を務める後藤さんは運動神経抜群で、メカのパイロットを務めている。ちなみにこの人も眼帯をつけていた。目を隠す部分に「義」の一字が燦然と輝く。


「2時の方向にデコイ発射!」

 僕がボタンを押すと腕の装甲版から飛翔体が発射され、敵マシンのミサイルを引き付けながら遠くの方に飛んで行き爆発する。


 そんな僕も勤務中は眼帯着用だ。これがこの組織の正装らしい。総統もつけているし、下っ端の僕には反論の余地はなかった。視界が狭まるし、できれば外したいのだけれど、そんなことを言ったら、クビになるかもしれない。

「ようし、あと少しだな。アントワーヌ博士。そろそろか?」


「はっ。最終殲滅兵器発射準備!」

 僕は目の前の赤いボタンの透明なカバーを外す。固唾をのんで待っていると命令が下る。

「自動目標捕捉式多弾頭ミサイル全弾斉射!」

 ポチっとな。


 胴体のどこかで装甲版が外れる振動が伝わり、白煙を上げながら無数のミサイルが飛んで行き、パカパカパカとカバーが外れると中から更に多くの小型ミサイルが顔を覗かせる。

「勝った!!」

 総統の歓喜の声が響き渡ると同時に敵のメカが姿を消した。


 飛翔を続けた大量のミサイル群は目標を見失う。お互いがぶつからないように回避システムが作動したのか爆発は起きなかった。そして、ミサイルのチップは自分たちの目的を果たすために代わりの標的を探し出すことに成功したらしい。大きく円を描くと最後の推進燃料を目いっぱい吹かしながらこっちに向かって飛んでくる。

 

 モニターの中でどんどん大きくなるミサイル群。

「デコイ発射しろ!」

「残弾ありません」

「フレアはないの?」

「やっぱりゼロです」


「あと一歩のところでっ!」

 血を吐くような総統の叫び声をかき消すようにミサイルが着弾した。ちゅどどどーん。あーあ。またしばらくは病院のベッドに逆戻りだ。この間退院したばかりなのに……。

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