学生Uターン恋バカ物語

浅見朝志

一樹のUターン思い出話

「おっ、一樹じゃん。久しぶり」


 構内を歩いているとばったり懐かしの顔に出会い、一樹は顔を綻ばせた。


「健也じゃんっ! お前全然見かけないから死んだと思ったよ」


「ひっでぇなぁ。こちとら真面目に二次応募中の就活生の身だぜ?」


 腰に手を当てて憤慨するような仕草をする健也に、一樹は驚いた。


「えっ!? お前まだ商社で攻めてんの? 例のメーカーからの内定は蹴ったのか?」


「それこそまさかだろ。実はさ、おれ今海外でボランティアしてることになってるからさ、内定承諾書を出せないでいるんだよな。早く書いて送りたいけど、いやぁ忙しくって」


「うわっ、お前ずるっ! そんなんバレたら内定取り消されるだろ!」


「そうだろうな。だからお前にしか話してないんだぜ? 今の俺の友人の中で、一樹だけはライバルじゃないからな」


 そう言うと、少しだけ真剣みを帯びた目で健也は一樹を見つめてきた。

 一樹は疲れたようなため息を1つ吐くと、ちょっとした不機嫌さを演出してその視線にジト目で応えた。


「……なんか釘刺されてるみたいでヤなんだけど」


「おーぅ、おいおい。まぁ、そう悪く取るなって。……あ、そうだ! 俺まだちゃんとお祝いできてなかったよな? 国家公務員2種合格おめでとう!」


 あからさまに誤魔化しにかかったのはバレバレだが、祝ってもらっているのに事を蒸し返すのが嫌で一樹は「さんきゅ」と素直に返した。


「Uターンで地元に帰るんだっけ? てか地元どこだっけ?」


 ホッとした様子の健也はその路線で話を広げ始めたので、一樹もそれにのってやる。


「列島の1番左にあるところだよ」


「あー……島根?」


「山口だよ! お前ホントに商社志望か!?」


「うははっ! いや、流石に冗談だっつの!」


 そうしていつものような軽口のやり取りをしていると、急に何かが引っ掛かったのか、健也がつぶやき始める。


「でもそっかー、Uターンかぁー」


「……どうしたんだよ? 別に珍しくもないだろ」


「まあそうなんだけどさ。どうすんの? 愛しの雪子ちゃんは」


 急に振られたその話題の理解に一瞬の間を要した。

 それから一樹は、そういえば健也に対して一度だけそのことについて話をしたことがあったと思い出す。


「いや、別に今さらどうもしねーよ。もう半年もすれば俺は帰んなきゃならなくなるんだからさ」


 それは本心だった。

 確かに一時雪子に対して恋愛感情を抱いていたこともあったが、今はそのことすら忘れかけていたほどだ。

 しかし、何故か健也は執拗に食い下がった。


「おいおい、本当にそれでいいのかよ?」


「なんだよ、何が言いたいんだよ」


「最後にさ、告白してみりゃいいじゃんか」


「俺はUターン、あの子は3年。 そんなの絶対無理だろ普通」


「おっ今のセリフ、リズムがちょっとラップっぽかったぞ」


「うるせぇよ……」


 健也は確かに物凄く喋るし話が飛び飛びになるのは普通だが、ここまでしつこいのは珍しいと一樹は怪訝に思う。


「でもさ、ホント最後なんだからさ。やり残したことは精算しといた方がいいぜ? 俺もついてってやるからさ」


「だからいいって別に」


「何だよ、ノリ悪いなぁ……。じゃあ俺も一緒に告白してやるからさ」


「はぁっ? お前……」


 その時、パチリというピースが嵌まる音と共に一樹の中で合点がいく。


「あぁ、なるほど……」


「ん?」


「――結局、お前が雪子ちゃんに告りたいだけだろ?」


「……あっはっは!」


 もはや誤魔化す気があるのかさえ分からないほどあからさまな笑い飛ばし方に一樹は大きくため息を吐く。


「いやいや、一樹との思い出を増やそうと思ってさ」


「お前は本当に、小狡こずるいやつだよなぁ……」


「そんなこと言うなって! お前だって本当は心のどこかに小さな棘が刺さって気になってたはずだぜ? 俺はつまり、そんな棘を抜いてやろうと自己犠牲の精神で自分自身がピンセットとなってだな――」


「――わかったわかった、もういい。ストップ!」


 このままの調子だと延々と言い訳を聞かされてしまうと経験から悟った一樹は、それ以上の言葉を封じ込めるようにして手のひらを健也の目の前に突き出した。

 健也はあからさまに、その不満気な顔を隠しもしない。


「なんだよー……最後だし、ぶつかるだけぶつかってもいいじゃんかよぉ」


「まったく……まぁでも、いいよ。行ってやるよ」


「うそっ!? マジで!?」


「マジでマジで」


 健也は一樹にOKされたのが本当に意外だったのか、諸手を挙げて喜ぶ。

 一樹はこんなやり取りが久しぶりだったこともあってか、ちょっとくらいならコイツのやることに付き合ってやってもいいか、という気になっていた。

 今年の就活は買い手市場だとも聞くし、面接に次ぐ面接で息を抜く暇もないだろうから、これが健也のストレス解消になればそれもいいかなとの思いもあった。


「そうと決まれば早速行こうぜ! 雪子ちゃんは今哲学の講義だけど、もうすぐ終わるだろ!」


「ちょっと待て。お前何でそんなこと知ってんの?」


「いや同じ講義取ってんだよな、俺」


「……じゃあ何でお前はここにいるんだよ」


「ほら、俺今海外にいることになってるからさ……」


 一樹は再びため息を吐きながらも、意気揚々として講義棟へと歩いて行く健也についていく。

 哲学の講義が行われていた大教室の前に付いてちょうど、2コマ目の終わりを知らせるチャイムが鳴った。

 次が昼休憩の時間帯だからだろうか、講義の終わった教室で食事をとる学生も多く、人はあまり掃けない。

 雪子もまた教室の外に出てこなかったので、一樹たちは中を覗き込む。


「おい、いたぞ。真ん中の通路の近くの席だ」


 いち早く雪子を見つけた健也が指差す方向を見ると、一樹も女子学生たちで集まって談笑している輪の中にその姿を発見する。


「よし。行くぞ一樹」


 健也はそう言って何の気兼ねもなく歩いて行こうとするが、一樹が慌ててそれを止めた。


「お前正気か!? あの輪に入っていく気かよ!」


「だって、待ったところで1人になるとも限らないじゃんか」


「いやいや、そうしたら日を改めたって良いだろ?」


「ぜーったいダメだ! 今日じゃなきゃ、今じゃなきゃダメだ。じゃないと余計に躊躇して、最悪『やっぱやめよ』になるのが目に見えるだろうが!」


「それでもさぁ……えぇ……」


 健也の一見して乱暴ではあるがしかし筋の通っている言い分に、一樹はどうにも上手く切り返せない。

 折れそうにない健也の様子を見て、一樹は無駄な抵抗は諦めることにする。


「わかったよ。俺も行くって言ったし。こうなりゃヤケだ!」


「おうよ! その意気だぜ!」


 一樹と健也は2人で並んで雪子が座る席へと歩いて行く。

 一歩一歩進むたびに、一樹の中ですっかり薄れていた雪子への感情が色を取り戻していくのが分かった。

 それと共に告白という行為に今さらながら緊張し、鼓動が高まる。

 空いていた距離は次第に詰まって雪子たちの会話が届くところまでやってくると、雪子がこちらに気が付いて顔を向ける。

 一樹の目と雪子の目が合う。

 それを皮切りにして一樹が声を掛けようとしたその時。


「ねぇねぇそういえば雪子さ。あのケンカの後、彼氏とどうなってるのよ? あれから仲直りはしたわけぇ~?」


 女子学生の輪の中からそんな声が聞こえてきた。

 一樹は心臓に直接冷や水を掛けられたような感覚を覚えるとともに、無意識に体を向かっていた席とは反対へと傾けて、雪子の席の隣の通路を何事もないかのようにスルリ抜けた。

 健也もまた、息を合わせたように同じタイミングで一樹の横にピタリとついてきており、2人はそのまま歩き続けると何事も無かったように真ん中の通路から教室の外へと出る。

 2人はしばらく無表情に努めて歩き続けていたが、教室から少し離れると限界がやってきていた。


「――ははっ」


 ――その堪えきれない笑いが、一樹の口から漏れ出てくる。


「……すっげぇ綺麗な孤を描いて出てきたな、俺たち」


「ああ、プロスケーター顔負けのコーナリングだった」


 健也も顔を背けて込み上げてくる笑いを堪えながら歩き続けていた。


「――っふ」

「――ふふははっ」

 

 講義棟の外に出て、顔を見合わせ――

 そしてとうとう、2人は大爆笑した。


 周りを歩いている学生が何事かと驚いて振り向くのを気に留めもしないで、2人は腹を抱えて大笑いした。


「そりゃねぇーよーっ!! ゆーきこちゃぁぁぁあああんっ!!」


「やめろやめろ!」


「Uターンっ!! 愛しのあの子は一方通行! 俺たち手前でUターンっ!!」


「あははっ! バーカ!!」


 叫ぶ健也がまた面白くて一樹は笑い、それを見て健也もまた叫んだ。

 ひとしきり腹筋を痛ませた2人は肩で息をしながら大学の外へ向けて歩いて行く。


「よっし。飲みに行くぞ、一樹」


「まだ昼なんだけど……まぁいいか」


 一樹はたまにやるバカもいいものだなと、雪子のいる講義棟に背を向けて健也と並んで歩いて行った。

 

 こんな経験も、思い出となるならば上々だった。

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