UターンU者

かがみ透

UターンU者

 金色の柄を握りしめ、勇気とブレイブ・パワーを両手に集中させる。

 身体から神聖な青いオーラが光のように湧き出すと同時に、刃の根元に埋め込まれた真紅の宝石——ドラゴン・アイが赤い光を放射状に走らせた!


 黒光りする鎧の如きウロコの間に刃が食い込み、いとも簡単に、あり得ないほどスパッと、巨大なドラゴンは真っ二つに裂けると落ちていったのだった。


 岩のように地面に落ちた肉塊を目の当たりにした賢者が、これ以上見開けないほどに目を開いた。


「まさか、倒したのか!?」

「はい、賢者さん! 倒しました!」


 ガッチリとした見るからに鍛えられた体躯たいくの男も、木の影から飛び出していくと、勇者を抱え、頭をガシガシと撫で回した。


「よくやったぞ! 勇者!」

「すごい! さすがだわ!」

「あなたなら絶対倒せるって信じておりましたわ!」


 賢者は涙を拭い、賞金稼ぎの女と巫女も手を取り合って喜んだ。


 国を度々襲撃する凶悪なドラゴンを国王のめいによって倒した勇者ご一行は、言いつけ通りに証拠としてドラゴンの鱗を何枚か剥がして持ち帰った。


 城に戻り、国王から褒め称えられ、一行には法外な賞金と宝箱に入った宝石と最高の栄誉が与えられたのだった。


     *     *     *


 ネコ耳を生やしたメイド服の女子がドアを開け、相談者を招き入れた。


「次の方は、Uターン就職を希望されている勇者さんで〜す」

「失礼します!」


 礼儀正しく入室した勇者は、勧められた椅子に腰かける。


「えーっと、それで、キミ、魔法は使えるかい?」

「あ、いいえ、魔法は使えません。私は勇者なんで」

「ふーん、そう」


 純朴そうな青年勇者の顔をチラッと見ると、老年の男は羊皮紙の書類に視線を戻し、眼鏡をかけ直した。


「でも、キミ、報告書によれば、ドラゴンを倒してからすごい早さで帰国してるよね? 熱気球とか持ってるの? 飛行船操縦士の資格とか?」


「いいえ、そういう系のものは持ってません。『ワープ』の能力があるので、自分だけ先に戻れました」


「え? ……ああ、そうだね。他の皆は船や馬車やら乗り継いで、相当な日数かかって戻ってるらしいからね。その『ワープ』ってので人を運んだり出来ないのかい?」


「出来ません。自分だけ移動が可能なのです。あ、ですので、私の分の通行料はいただかなくても大丈夫です」


 勇者はハキハキと答えるが、職業紹介所の職員は眉根を寄せる。


「どんな仕事でも構いません。何かないでしょうか?」


 勇者が上目遣いに職員を見る。


「だいたい、なんであんた仕事探してるの? 王様からたんまり賞金もらったんじゃないの? 宝石とかも。働かなくても一生遊んで暮らしていけるくらいはもらったって聞くよ?」


「それらは、恵まれない人たちや貧困な国に寄付しました」

「なんと!?」

「勇者とは、困っている人々を見捨てておけないのです」


 驚いた白髪混じりの職員は、まじまじと勇者を見つめた。


 無欲!

 それでこそ、真の勇者だ!


 感心したように勇者を改めて見直すと、職員は新たな羊皮紙を取り出した。


「では、他のお仲間はどうしてるんだね?」


「はい。賢者さんは星の研究に戻られ、格闘家さんはご実家の農作業を手伝われることに。は結婚の約束をした相手とめでたくご結婚され、巫女さんは神殿に戻られました」


「ちょっと下世話なことを聞くが、……巫女さんの方とはロマンスは……?」


「ありません。彼女は神に仕える身ですから。失礼のないよう特に配慮しましたので、彼女からも『勇者さんは殿方でも安心ですね』と喜ばれたほどです」


 これは脈なしだな、と一瞬考えた職員は、悟られないよう取り繕った笑顔でごまかす。


「ご実家は何を?」

「父はドラゴン討伐の隊員でしたが殉職し、母も数年前に病で亡くなりました」

「それはお気の毒に。……ということは、キミ、帰る家は?」

「ありません。住んでいた家は、ドラゴン退治に向かう前に困っていた方に差し上げました」


 またもや職員は驚き、感心したように勇者を見つめた。


「今は、宿屋のおかみさんのご厚意で、部屋を貸してもらってます」

「そうでしたか」


 なかなか不憫ふびんな青年なのだな。

 見た感じまだ若いし、適性さえ合えばすぐに職も見つかるだろう。


 眼鏡をかけ直し、職員は羊皮紙をめくっていく。


「えーっと、魔法は使えない、飛行士の資格もない。……ああ、料理人を募集しているギルドがありました!」


「料理……ですか?」


 勇者の表情が曇る。


「討伐に出かける前までは一人暮らしだったんでしょう? ここのギルドでは、そんなにすごい料理が作れなくても構わないそうだよ?」


「一人暮らしはしていません。今泊めてもらってる宿屋のおかみさんが事情を知っていて、亡くなる前にうちの母親が頼んだらしくて、ずっと住まわせてくれたので三食飯付きでした」


「そうなの!? じゃあ……、あ! これはどうかな? 魚を釣る仕事だよ、ほら、ここは海が近いからね。釣りくらいは旅の最中でもしただろう?」


「釣りは下手で。魚が全然釣れませんでした」


「だったら、釣れた魚を馬車で運ぶ仕事はどうだね? 勇者なら力仕事くらい出来るんじゃないのかい?」


「ああ、運転する系はダメですね。道、覚えないんで、ほら、『ワープ』使えちゃうから」


 勇者が笑うと、職員は苦笑いになった。


「というと、郵便を配達する仕事も……」

「無理ですかね」

「……うーん」


 職員は、羊皮紙をさらにめくっていく。


「農作業はどうかね?」


「農作業なら、格闘家さんの家に遊びに行った時に手伝ったことがあります!」


「おお! それは良かった!」


「ですが、クワって言うんですか? あれがどうにもうまく使いこなせなくて、腰を痛めたことがありまして」


「ええ? だって、キミ、ドラゴンを剣で倒したって聞いたよ!?」


「剣ならいいんです。振り下ろすだけなんで。あと、ドラゴン退治には勇気とブレイブ・パワーがあれば大抵大丈夫なんで」


「そのブレイブ・パワーっていうのは?」


「勇気を信じる心です。勇者にしか使いこなせないパワーなんだとか」


「ああ、そう……。ドラゴンを倒すほどの腕があって、女性や人とのトラブルもないのなら人間的に信用もあるだろう。いっそのこと賞金稼ぎはどうだね? それならメンバーを募集してるギルドも結構あるよ?」


 適職を見つけられたと嬉々とする職員とは反対に、勇者は顔をしかめた。


「私は賞金のためには動きません。苦しめられている人々からお金を巻き上げるなんて言語道断です」


 そうだったぁ!

 このコ、無欲だったぁ!


 羊皮紙の書類とにらめっこを続ける職員が黙り込む。


 勇者の方は、茶を淹れ直した銅のカップを持ってきたネコ耳メイドに「ありがとうございます!」と言って受け取っている。

 茶をすすり、窓の外に広がるのどかな風景と、街中の噴水広場で遊ぶ子供達を微笑みながら眺めていた。


「やっぱり、平和っていいですね」


 窓から入ってきたそよ風で、勇者の髪がなびく。


「あのね、もう一度整理させてくれる?」


「はい、なんでしょう?」


「キミにとって難しいのは、操縦、料理、釣り、配達、農作業だったね。他には? 例えば、店番とか、お金を預かって帳簿につけるとか、そういうのは?」


 勇者は即座に首を振った。横に。


「お世話になってる宿屋のお手伝いをしたこともあるんですが、路銀があまり残ってないって言っておられた旅のお方を無料でお泊めしたら、おかみさんに怒られました。旅の仲間にも言われたんですが、私、お金に関しては『どんぶり勘定』なので、まったく金庫番には向いていない、と」


 これもまたダメだったか。

 内勤ならイケるかと思ったが。


「こうなったら、もうピンポイントで探そう! ぶっちゃけ、キミ、どんな仕事がしたい?」


「私ですか? 私は世の中の人々のお役に立てればなんでも」


「でも、さっきも確認したけど、ええっと、無理なのは、操縦、料理、釣り、配達、農作業、賞金稼ぎ、店番、お金の管理で、出来ることは……なんだっけ?」


「ドラゴンを退治出来るのと、『ワープ』の能力があるので通行料をお出ししてくれなくてもいいということと、何者にも負けないブレイブ・パワーを持っていいるということです」


「……うーん……?」


 職業紹介所職員が行ったり来たりしながら書類を探し、ネコ耳メイドが五回ほど茶を淹れに来た後で、ズレた眼鏡を直す間もなく、髪を振り乱した老年の職員が、息を切らせながら、ほとんど放心状態で呟いていた。


「こんなことなら、キミ、王様からの賞金もらっとけば良かったんじゃないの?」


「何を言うんです? 私の生活なんかよりも、困っている人々が優先に決まってるじゃないですか!」


 勇者が眉をキリッと上げて、そこだけは譲れないとでも言うような口ぶりで、きっぱり言い放った。


「……ですよね。あなた、勇者ですもんね……」

「はい」


 キリッとした眉のまま、勇者は答えた。


「……悪いけど、三日後にまた来てくれる? 今日はちょっと紹介できそうなお仕事を見つけられそうにないから」


「そうですか……。わかりました。では、三日後にまた来ます」


 勇者が立ち上がり、きちんとした礼をしてみせる。


「ありがとうございました!」


 そして、ドアから出て行った。


 職業紹介所の職員は、急いで上等な羊皮紙を出してくると、羽ペンにインクを付け、国王へ向けて切実な願いを込めて文をしたためた。


「勇者に何か大きな仕事を与えてやってください!」と。

「その際には、賞金は自分のために使うよう、くれぐれも、固く、約束してください!」と。


 お茶を取り替えに来たネコ耳メイドが、窓の外を歩いて帰って行く勇者を見てから振り向いた。


「お疲れサマでした〜。最近は悪いドラゴンもあんまりいないみたいですよね。あの人、どうするんでしょうね? もしかしてぇ、ドラゴンが絶滅したら勇者も絶滅——」


「滅多なことを言うんじゃない!」


 職員は声を荒げてから頭を抱えた。




 一ヶ月後、勇者は仲間を率いて魔王討伐に旅立った。

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UターンU者 かがみ透 @kagami-toru

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