今日も世界は回っている KAC20203

木沢 真流

人生はターンであふれている

「幸せにするよ、愛たん」


 愛佳は愛する者の熱い抱擁を受けながら、その言葉を聞いた。


「裕たん……」


 愛佳は今目の前にいるこの裕太とずっと一緒にいたいと願った。彼が一緒ならきっとどんな辛いことだって乗り越えていける、心からそう思った。


 裕太は都心から遠く離れた地方で育った。大学、就職と都心へ生活拠点を変えたが、いずれ実家を継ぐことを決めていた。愛佳というフィアンセと出会い、二人で新生活を実家のある街で送るつもりだったし、愛佳もそれに納得していた。


※Uターン:地方出身の学生が都心の大学を卒業し、あるいは社会人が転職して地方で就職する現象を指す。


 一方で愛佳は都会生まれ都会育ち。車での移動には馴染みがなく、電車の音が聞こえないと安心しないような毎日を過ごしていた。だがそんな毎日に正直うんざりしていた。自然に囲まれ、ゆっくりと落ち着いた日々を過ごしたい、この愛する人と——。そう思って裕太の実家へ拠点を移すことを楽しみにしていた。


※Iターン:出身地とは別の地方に移り住む、特に都市部から田舎に移り住むことを指す。


 ——がしかし、


「あなたに何がわかるって言うのよ」

「母さんだって色々やってくれてるじゃないか」


 結局嫁姑問題を発端に二人の仲は最悪の状態になった。それに加え、やはり都会ほどの利便性が無いことや、プライバシーが全く無い生活に辟易し、結局愛佳と裕太は離婚した。

 いきなり都会へ戻るのもばつが悪く、裕太の実家ほどの田舎ではないが、同じ県の中心地に居を構えた。そこで出会ったのが、慈英である。


「愛佳……」

「慈英たん……」


 みるみるうちに二人は恋に落ちた。年も考慮して、愛佳は慈英と再婚することにした。今度は子どもも身ごもった。ここで幸せな家庭を築くんだ、そう思っていた。


※Jターン:地方から大都市へ移住した者が、生まれ故郷の近くの(元の移住先よりも)規模の小さい地方大都市圏や、中規模な都市に戻り定住する現象。


 しかしそんな矢先のことである。


「あんた、どういうことよ」

「どうって、決まってるだろ」


 慈英は不倫していた。しかもそれを悪びれる様子もない。そんな慈英を見限った愛佳は、とうとう地方の街を離れ、生まれ育った都会に子どもを連れて戻って来た。


「やっぱりなんだかんだ言って、都会が落ち着くな」


 愛佳は娘を撫でながら、そう思った。しかしそこでも出会いがあった。幼馴染の旺汰おうたである。じつは高校時代から旺汰おうたは愛佳の事が好きだった。バツ2子持ちでも構わない、旺汰おうたはそう言ってくれた。また子どもの扱いも上手で、娘も懐いていた。


「旺たん……」


 愛佳は決めた、この人と人生を歩もうと。


※Oターン:1度Uターン就職した若者が、田舎暮らしの刺激のなさや保守性などに嫌気がさして、再び大都市に戻って就職する風潮。


 それでもまだ運命の神様は愛佳に安穏な生活を与えなかった。


「あんた、聞いたわよ」

「何が?」

「……最っ低」


 旺汰おうたは成長した愛佳の娘に性的虐待まがいのことをし始めた。娘が泣きながら告白してくれたのだ。愛佳は離婚を決意した。

 元から娘は病弱であったこともあり、空気のきれいな場所に生活拠点を移そうと思っていたのだ。かといって裕太のいた県はありえない。別の地方都市へ居を構え、仕事もそこで見つけた。


「お母さん、ごめんね」

「何であなたが謝るの。あなたは何も悪く無いわ、教えてくれてありがとう、気づいてあげられなくてごめんね。悪いのはあいつよ、あいつはあなたの心をだから……」


※Vターン:実家とは別の、縁もゆかりもない別の地方の会社に就職や転職する。


「お母さん」

「しぃたん……」


 母と娘のは泣きながら抱き合った。


※Cターン:育児のために縁もゆかりもない地方に移住すること。子供である「Child」の頭文字をとってできた言葉と言われている。



 病室のベッド。愛佳は人生の最後を迎えていた。心労が絶えなかった人生が災いし、平均年齢からすると信じられない短さだった。


「お母さん!」

「しぃたん……何にもしてやれなくてごめんね」

「死んじゃいやだ、お母さん……」


 泣き崩れる娘のしずくの後ろから、男性が一人顔を出した。


「母さん、せめて最後に紹介させて。私、この人と結婚する」

「ほんと? よかった、幸せになってね」


 愛佳は幸せだった。最後に娘のこれから始まる輝かしい人生を思いながら死ねるなんて。


「ところでお名前は?」

「はい、人生と言います。人生勇太です」

「ゆ……ゆうた? ゆうた……ん、Uターン——」

「え、お母さん、お母さん!」


 それが愛佳の最後の言葉だった。

 こうして再び世界はめぐり、歴史は繰り返す。


(おしまい)

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