第5話 忍者ってなんでもありだな、と思う

「ありえぬ!」

 わんわんが叫ぶ。私は気にせず、その体にクナイを投げる。


 私、長谷円はありていに言って忍者だ。父親が忍者だったため、幼稚園児の頃から、気配を隠す練習を施され、小学校に上がってからは忍術の使い方なんかも教わった。

 しかし、私はそれが嫌だった。父親の仕事の為に引っ越しになったかと思えば、引っ越し先では家業を継げと言われ特訓の日々。

 思春期、そんな日常を抜け出したくて、私は父親に戦いスパゲティ早食い対決を挑んだ。そして難なく私は勝利した。

自由を勝ち取った私は、晴れて忍者を辞め、生まれ育ったこの街で一人暮らしをすることになったのだ。

 わざわざ、生まれ故郷まで帰って来たのは、やはり後悔があったから、だと思う。忍者という普通じゃない事情で引っ越した私は、普通の女の子として、かつての親友、大凶美幸と再会したかった。

 私が忍者だから、後悔した。そう思ったからこの力を使いたくなかった。


 でも、この力を使わなくて困るのは他でもない、美幸ちゃんなのだ。私はまた、同じ失敗をしたくない。もう、自己満足の為にしり込みしたくない。

私は握りしめたクナイを力いっぱいに投げる。

「我が負けるはず等、なあああああああい!……と、思う」

 叫ぶわんわんが、急に弱気になったのは、魔力が全て取り除かれたからだ。

 そしてその魔力は、クラス中に分散していった。

「ひやあああ」

「ひやああああ」

「ひやあ」

「ひょええええ」

 分散した魔力により、ライオンさん、ゴリラさん、鳥さん、麒麟さんが蹴散らされる。特に麒麟さんは、ただの中年なので一溜まりもなかったが、気合のたすきを付けていたらしいので多分大丈夫だ。


「さあ、美幸ちゃん、帰ろう……?」

 そろそろ美幸ちゃんも15分の睡眠を終えて起き上がる頃だ。机に突っ伏す彼女に、私は手を差し伸べる。

 その時、教室のドアがガラガラと開けられる音と、男の低い声が聞こえた。


「……もう手遅れだ」

 見ると、そこには白髪の老人が立っていた。

「「えんちょーせんせー……?」」


 私が呟くと、それと重なって美幸ちゃんの声も聞こえた。目が覚めたのだ。


ーーいや、目醒めたと言った方が正しいのかもしれない。


 美幸ちゃんの目が光る。それと同時に、美幸ちゃんの座っていた椅子が宙に浮き、それを核にして教室の椅子という椅子が合体して巨大な球体になる。

「うわああああああああ」

 続いて、美幸ちゃんの配下に居た学生たちが合体する。ライオンさんが四肢を大の字に伸ばし、それにゴリラさん、タニシさん、ニワトリさんがその手足に接続される。麒麟さんはもう中年なので兵役を逃れたらしい。

 とにかくそんな形で、すーぱーアニマル巨人が完成した。

「遂に、覚醒しましたね。これで東ワクワクチルドレン計画は最終段階」

 えんちょうせんせーが笑う。


「これは一体……」


「俺が説明しようッ! 俺の名は猿頭桃太郎! 出番が中々無かったので忘れられがちだが、この際説明しておこう! 大凶美幸は東ワクワク幼稚園の企む東ワクワクチルドレン計画の要。ワクワク幼稚園児の中でも特に優れたワク力ワクワクパワー――説明しよう! ワ力ワクワクパワーはワクワクするパワーである!――を持つ為、その力の覚醒を促すために様々な方法が行われてきた!」

 そう解説を始めたのは、ずっと廊下の隅でメタモンの厳選をしていた猿頭桃太郎である。

「まさか……!」

「そう! その方法こそが、彼女に学校全域を支配させる事。彼女はその慈悲深い精神に付け込まれたのだ! そして世界は今、滅ぼうとしている!」


 世界が滅ぼうとしている!!!!!!!

 

よく分からないけど、大変な事態である事は分かった。

「ンゴー」

 巨人すーぱーアニマルきょじんが動き出す。これもきっと、美幸ちゃんの慈悲深さによって成せることなのだろう。

美幸ちゃんは幼稚園児の頃、「みんな仲良く手を繋ぐ世界がいい」なんて言っていた。確かに、巨人すーぱーアニマルきょじんの礎となったライオンさんたち以下略は、文字通り手とか足たちを繋いでいた。

 そして、美幸ちゃんのすーぱーワクワクパワーはこの程度ではやまない。

「ふははははははははは!」


 勝利を確信し、笑い叫ぶえんちょうせんせーが全裸になる。服が突然破裂したのだ。そして、彼の身体を教室の机や椅子が取り囲み、なんだかんだあって学校が爆発した。


「私は、敏感肌なのでねぇ!」

 机や椅子と一体化し巨大化したえんちょうせんせーが叫ぶ。その姿はまるで神話に出て来る怪人。

 爆発した学校跡地で、高層ビルの様に巨大な机と椅子の怪人、目覚めた美少女、そして巨人すーぱーアニマル巨人☆改の姿。絶体絶命である。


 しかし、そこで私は一つの違和感に気付いた。

 誰も死んでいないのである。

 あんな大爆発があったのに、誰一人として死者は出ていない。詳しくは把握していないが、厚労省のホームページの死亡率に大きな変動が無い事から、死者は出ていない事が何となくわかる。

 それは、何故か……? 答えはすぐに出た。

「俺の名は猿頭桃太郎! こんなヤバい状況で、何故俺が死なないのか! 何故俺がメタモンの厳選をしていたのか! というかなぜ、俺がえんちょーせんせーの野望を知っていた⁉ そもそも俺は何者か⁉ その答えを、今教えようじゃねえか‼」

 そこに立っていたのは、猿頭桃太郎。いや……

「俺の真の名は……長谷半蔵! そして、ここにいるのが株式会社西ワクワク社の社員さんたち――ワクワクさんワクワクマイスターだ!」

 爆発した学校跡地に、私の父親と、職場の皆様が立っていた。

「説明しよう! 俺の正体は忍者だ! 俺がえんちょーせんせーの野望を知っていたのは、当然の事。引っ越したあの日からずっと、野望を打ち砕く為に準備をしていたからだ! 何故俺が死なないのか! 強いからだ! 何故メタモンの厳選をしていたのか! やりたかったからだ!」

 私の父親は、私が幼稚園児の時に個人営業(忍者)から事業拡大し、大手企業の下についた。しかいし、それがまさか、東ワクワクチルドレン計画を打ち砕く為だったとは。


「ふははははははは! 甘いぞ人間!」


 そう叫んだのは、えんちょーだ。ちなみにえんちょーは真人間なのでこの言い草はブーメランになりかねない。


「いくら人が集まろうとも、我が校ではあらゆる戦いはターン制コマンドバトル。われら最強の四人に勝てるかな⁉」


「いいや勝てるさ……何故なら、学校爆破してるから!」


 そう、もうターン制コマンドバトルとか関係ない。ちなみに今までターン制コマンドバトルをしていたかと言われれば、少なくとも我が父、長谷半蔵はずっとしていた。メタモンの厳選を通して。私はしていたかと言われれば、まあ、してた。だって人生ターン制コマンドバトルみたいなもんだし。


何はともあれ、えんちょーの発言はやはりブーメランになったのであった。


――否、ブーメランになったのはえんちょー本人の方であった。


「うおおおおおおおおおお!」

 海老ぞりのえんちょーせんせーが飛んでくる。

「ふん! やるな! しかしターン制コマンドバトルが中止され、数に物を言わせることが可能となった我々の前では無力! うおおおおお!」

 父さんとその他社員の皆様も海老ぞりになって飛んでいく。



________



 その日は曇り空であったが、たくさんの人々の海老ぞりによって空は晴れ、青空が姿を現した。足元を見ると、沢山の社員と、えんちょー、そしてすーぱーアニマル巨人が倒れていた。

そして、そんな景色の向こうに、一人の少女が佇んでいる。

 何はともあれ危機は去った。そして、ついに私たちは再開したのだ。

 私に気付いた彼女は、少し驚いた顔をするが、すぐに笑った。とても、やさしい笑顔だった。それは私が、十年来見れなかった笑顔だ。

 その笑顔を宛てられて、私の胸の鼓動はどくどくと早くなる。そして、こみあげてくるものはこんなにもあるのに、私は言葉を失ってしまった。

 私は震える唇を、ゆっくりと開く。


「美幸ちゃん!」


 結局、名前を呼ぶほかなかった。

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大凶美幸と愉快などうぶつ達 - king of children- あすぱら @yasai029

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