第4話「いないいないばあ」のわんわんってまだ現役でしたっけ

「う~~~~わん! わんわん!」

 わんわんが叫ぶ。蹴辺呂助という名前や通り名、そして首が三つある特徴から、ケルベロスを想像しがちだが、違う。普通に人間の顔が三つある。どちらかというとウルトラマンの三面怪人ダダとかを想像してくれると分かりやすい。


 私はとりあえず電子ボードを投げた。

 しかし、それは片手で弾かれた。

「ククク、考えが甘いゾ、人間……」

 わんわんの二つ目の顔が口を開く。


「冷静に考えてみロ、私は顔が三つあるのだゾ」


「それがどうした!」

 

「顔が三つあるとカ、どう考えても普通の学生じゃなイ」


「まさか……⁉」


「そのまさかダ。私だけ、この世界観にそぐわず、本物の魔力を有していル」


 戦慄する私に、わんわんが事実を告げる。確かに、その通りだ。ターン制コマンドゲームである学校のシステムは、あくまで学校がどうにか頑張った科学力の結晶だし、ニワトリさんの静電気も、小学生が下敷きを頭に擦り付けてやるアレの延長線。タニシさんの時間撒き戻しも、学校のシステムに依存したに過ぎない。だが、わんわんの顔について説明できるものは何一つとして無かった。

 いや、しかし、それでは納得のいかない事がある。


「待って」

「ン? どうした人間よ」

「魔力があればこの学校をすべる事なんて簡単だったはず。なのになぜ、貴方は美幸ちゃんの下にいるの?」

 美幸ちゃんは現在、この学校を拠点にする暴走族のボスで、つまり此処に居る学生は全員美幸ちゃんの手先。本物の魔力を持つわんわんが、人間の手先に着く事があるだろうか。

「それは……私がわんわんだからである」

 そうかぁ。わんわんだからかぁ。

「動物好きの美幸様に、手懐けられたからである」

 そうかぁ。手懐けられちゃったかぁ。

「まあ良い」

 わんわんは、右手を大きく開く。わんわんの指の一つ一つが痙攣し始め、それと同時に邪悪な色に染まっていく。

「貴様は……死ネ‼」

 巨大な、暗黒の球がわんわんの掌に生まれる。そして、その球から足が生えてきて、ゆっくりと私の方へと歩いてくる。

避けれる速度であったが、現実はそう甘くない。暗黒の球の足はとても曲線美が綺麗で、見る者を魅了する。そんな魅了された人間のうち一人が私だったのだ。こんなもの、避けれる筈が無い。

 万事休す。誰もがそう思うこの瞬間。

 私は、まるで走馬灯のように、懐かしい記憶を思い出した。



 

――それは、両親から引っ越しを告げられた日の事。

 私は沢山泣いた。初めてできた友達との別れが、こうも早く来るなんて。しかし、引っ越しは決定事項で、泣いてもしようがない事であった。

 次の日、私はどうにも、美幸ちゃんにその事を言えずにいた。彼女との楽しい時間に、そんな暗い話をしたくないと思ったのだ。

 しかし、私がどう思おうが時間は過ぎる。覚悟なんて出来ていなくても、待ってはくれない。私は真実を告げられないまま、日々を過ごした。

いいや、途中からは話す気が無かったと思う。悲しい話をして暗い気持ちになるより、少しでも多くの時間、彼女と笑っていたかったのだ。


 そうして、私は引っ越し当日、親が察して美幸ちゃんに連絡するまで、私は何も真実を告げる事は無かった。

 いや、「私が」というより、美幸ちゃんが、、、、、、真実を伝えて貰えなかった、と言った方が良いのかもしれない。

 つまり、私は自分の事しか考えていなかったのだ。私は自分が引っ越す事を知っているから心の準備ができたかもしれない。しかし、美幸ちゃんには何も知らされず、何の準備も無かったのだ。

――私は、彼女と別れるその瞬間まで、美幸ちゃんの気持ちを考えてやる事が出来なかった。


「美幸ちゃん! 美幸ちゃん!」

 あの時、私がそう彼女の名を呼んだのには、後悔の気持ちも含まれていた。

 親の事情で引っ越す先の住所を教えなかったので、手紙のやり取りすら無かった。その所為で、私は悔い改める機会すら得られなかった。


 いや、悔い改める機会は今だ。

 今こそ、私は美幸ちゃんの為を想う。美幸ちゃんの綺麗な心を。あの日の私を怒らずに優しく笑い、そして泣いてくれた美幸ちゃん。

 今助けるからね。

 私は強く、その名を念じる。


「美幸ちゃん! 美幸ちゃん!」



「美幸ちゃん! 待っていて‼」

 私の全身に流れるエネルギーが、衝撃波となって教室を響かせる。

 そのエネルギーは、わんわんが放った暗黒の球に直撃し、貫く。

「貴様……その姿は一体……?」

 わんわんの驚愕した顔が、私の瞳に滑稽にうつる。

 私はあの日、美幸ちゃんに引っ越し先の住所を教えられなかった。それは、親の事情だ。


――親の仕事上、私は新築の住所を教えられなかったのだ。


 東京都にある、とある企業ビルと地下で繋がってる山奥の一戸建て。そこが私の引っ越し先だった。家は厳重に隠蔽され、一般人が見つける事はまず不可能。見つけても、侵入者を追い返す為のあらゆる対策がされている。

 そんな我が家の大黒柱、長谷半蔵、即ち私の父親は忍者を生業、、、、、としている。

引っ越したのは、父親が企業の暗殺部門にスカウトされたから。ライバル企業の重役を殺害する為に、父親は大手企業に勤める事になったのだ。殺害の事業を拡大するオファーがかかっていたのだ。

 父親は忍者。

 そして、忍者を父親に持つ女子高校生が、就く仕事は何か? その答えは分かり切っている。


――対魔忍だ。


 文字の雰囲気的に、魔を狩る為に特殊な訓練を受けた忍者。つまり、わんわんを倒すことなど訳無い。私は、懐からクナイを取り出して構える。

「待っていてね、美幸ちゃん」

 そう、心に強く想いながら。

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