〜妖精マヤ〜世界が平和になったらある、最高のお祭り。
姫野蒼子(まみ助)
第1話
毎年お正月マキはとても憂鬱だった。
親戚縁者に会うと必ず言われる、
「マキちゃんは今何をしているの?」
その言葉を聞くのがとても嫌だったからだった。
学校の成績もそんなにいい訳ではなかったマキは、
高校を卒業してから、近所のコンビニで仕事をしていた。
いわゆるフリーターというやつだ。
専門学校に行っても良かったのだけど、これと言って夢というものもない。
やりたいことがある訳ではないんだから、学校に行ったところで
無駄だと自分でわかっていたからだった。
自分が何か普通に仕事をするだなんて、考えることもできなかった。
両親に言われて、元旦の日だけはバイトは入れないようにはして
祖父母の家に挨拶に行くことはしていたけれど、
おめでたいはずのお正月はマキにとっては苦痛なもの以外何ものでもなかった。
「せめて、こんな仕事をしています、って胸張って言えたらいいんだけど」
そう呟いてマキは溜息をついた。
大晦日の日もマキは夜遅くまで仕事だった。
仕事から帰るまでの道すがら、立ち止まって空を見上げてみた。
寒い冬の空だったが、天気は晴れ。空気が澄んでいるのか
こんな都会の中でも星がとてもきれいに見えた。
今日は満月なんだろう。
まんまるのお月様までが嘲笑っているかのようにマキは思えた。
もうあと一時間もすれば年が明ける。自分の気持ちは立ち止まっていても
時間だけは容赦なく進んでいく。
せめて、お正月くらい楽しい時間を過ごしてみたい。
親戚に照れながらも自信満々に自分がしていることを話してみたい。
毎年大晦日はそんなことだけで頭がいっぱいになるのだった。
「何かいいことないかしら」
もう一度呟いた時に、どこからもなく声が聞こえてきた。
「あるで。」
あたりを見て、ぼわっと蛍のように光り輝く声の主をみつけて
マキは夢ではないか、と思った。
淡い緑色の服を着た女の子がマキの目の前にあらわれたのだった。
そして、それが普通の子どもではないことはマキにはすぐわかった。
とても小さく、マキの両手の手のひらに乗るくらいの大きさだったし
背中には透き通った大きな羽をつけていた。
「あなた誰?」
「うち、マヤ。この世では妖精って言われてるらしいで」
「妖精なんて、ほんとにいるんだ…」
マキはまじまじと見た。かわいい顔をしていたが、どことなく不機嫌そうな顔をしている。
どこか人間とは違う感情を持っているような感じがした。
「信じるかどうかは別やけどな。とりあえず見えてるみたいやし」
「そうみたい…。で、なにしてるの?」
「何か困ってるみたいやったから、助けろって言われてきたんやけど。」
「何かしてくれるの?」
「とりあえずは望みはなんでも叶えれるで」
マキはさらにじっと妖精マヤを見つめた。
確かにマヤの姿は妖精そのものな気がした。
けれど、言葉遣いは関西弁で、
羽で飛んではいるけれど、寝そべった姿で、マキにはめんどくさそうな感じで話す。
そこらの不良たちとなんら変わらないような、なんというのだろう。
態度が悪すぎる気がした。本当に妖精なのだろうか。
妖精って、もう少しなんとなく清楚な感じで、もっと可愛らしいものじゃないかしら。
妖精に化けた悪魔…。そんな思いがマキの頭をよぎった。
「あなたほんとに妖精なの?妖精の姿をした悪魔とか」
「えらい、疑り深いなあ。あんたもうちの態度が悪いとか言うんやろ。見た目重視なんはどこも同じやからしゃーないんやけどな。とりあえず、何でも叶えてあげるから、とりあえず願いを言ってみたらええねん。したらわかるわ」
マキはしばらく考えて、こう言ってみた。
「じゃあ、かわいらいい雑貨屋さんをわたしにくれる?そんなことも叶えてくれるのかしら?」
妖精マヤはやっぱりめんどくさそうな感じに、羽を動かしてみると
「ええで。明日には届けてあげるわ。若い女の子が好きなものでいっぱいな雑貨屋さんを一軒届けたらええんやろ」
マキは信じられない、とは思いながらも少し嬉しくなった。
コンビニで働いているから、お店はどんな感じで回っているのかはわかる。
それなら、自分にも出来そうな感じだと思った。そしてなにげに口に出た。
「自分でお店をやってるというなら、人にも胸張って言えそうだわ」
妖精マヤは溜息をつきながら首を振った。
「それは無理やな」
「どうして?」
「妖精が願いをかなえる条件ってものがあるんやで。あんた何も知らんねんな。
妖精はなんでも願いは叶えてあげることはできるんやけど、その分、その人の一番の才能と引き換えやねん」
「一番の才能?」
「そう、願いを叶える変わりにあんたの一番大事な才能をもらっていく。そういう条件やねん。」
やっぱり妖精じゃなくて、悪魔かもしれない。マキはそう思った。
でも、一番の才能って…。マキは自分に人よりも秀でたものがあるだなんて思ってみたことなんてなかった。
「わたしには才能なんてものはないような気がするから、別に取られても問題はないかも」
「じゃ、かわいい雑貨屋さんを明日には…」
妖精マヤの言葉をマキは激しくさえぎった。
「ちょっと待って。わたしの一番の才能って何?」
「うーん、それはうちにはわからへんねん。与えたらすっと抜ける、そんな感じみたいやねん」
「ええっ。持っていくのはあなたなのにわからないの?」
「まあ、才能なんてもんはほんまに自分からなくなってしまって初めてわかるものらしいからな。けど、その代わりなんでも願いは叶えれるで。何にする?」
一番の才能という何かが自分からなくなるというのにそれが何なのかが全くわからないのだ。
マキは気が進まなくなってきた。マキは願い事をいろいろ考えてはみた。
欲しいものは他にもたくさんあった。服や靴、宝石や高価なモノ。確かに自分に才能なんてあるなんて思えない。けれど、こうやって自分の一番の才能と引き換えと面と向かって言われると、こんな自分にも何かがあるのような気がしてくる。そして、なぜか願いとしてヒトコトも口に出せなくなってしまった。そしてとうとうこう言ったのだった。
「何もいらないわ」
妖精マヤは溜息ついて言った。
「そうやねんな。みんな最後にはそう言うねん。折角願いを叶えてあげるって言ってんのに」
「妖精って実は悪魔なんじゃないの?すごくいじわる」
マキは妖精マヤを恨めしそうに見つめた。
「そうかな。ニンゲンの方がずっとおかしいとうちは思うわ。なんでも願いを叶えてあげるって言ってんのに、断るんはいつもニンゲンの方なんやで」
「ところで、他の人の願いを叶えてあげたことはあるの?」
マキは他の人が取られた才能が何だったのか、知りたかった。
「いろんな人に会ったけどな。結局願いを叶えてあげれたのは一人だけやったわ」
妖精マヤは少し寂しそうにそう言った。あまりに辛そうだったので、マキはそれ以上妖精マヤを問い詰めることができなくなってしまった。
「願いがないんやったら、うちはもう行くわ」
そう言って、妖精マヤは羽を少し動かしたかと思うと、夜の中に消え去ってしまった。
妖精はその後二度と現れなかった。
それからマキは生まれてこのかた考えたこともなかった自分の一番の才能が何かを考えながら
新しい年もまた、何も変わることなく暮らしている。
「マヤ。またあんたは自分の役割を果たせなかったのね」
妖精マヤは自分の暮らしている、花のベッドに横たわりながら、お姉ちゃんの小言を上の空で聞いていた。
「ニンゲンの願い叶えてあげること。それがあなたの使命なのよ。聞いてる?マヤ」
ニンゲンの願いを叶えてあげて、その感謝の気持ちのエネルギーを集めること。
そのエネルギーが世の中の平和を保つために必要なのだ。
なんでも、人から感謝のエネルギーがなくなってしまうと、欲のエネルギーだけが大きくなってしまって天変地異に繋がってしまう。そのくらい人の欲望の負のエネルギーは大きいものだったりするらしい。
妖精マヤにはそんなこと、実感はないのだけれど。
「じゃあさ、なんでその願いを叶えてあげるのに自分の才能を差し出さなあかんの?
うちには人のもん取るなんてそんなことはできひんわ」
妖精マヤのお姉ちゃんは、
世界に本当の幸せが来たら、ご褒美に最高のお祭りがあるらしいわよ。
すべてはやっているうちにマヤも自分でわかはず、と妖精マヤに囁いた。
それには「体験」しないとね。はい、今日も頑張って行ってらっしゃい!
妖精マヤは家から追い出された。
振り返ると、お姉ちゃんが手を振っている。
妖精マヤは仕方なくニンゲンのところへ行くことにした。
もちろん全く気分は乗ることはなかったけれど。
お姉ちゃんが言うように、そのうち自分がやっていることに誇りを持てるようになるのだろうか。
生まれた時から使命を決めつけられてる自分なんかよりも、
こないだ会ったニンゲンのマキなんかの方がずっと、羨ましいと妖精マヤは思うのだった。
「あの子なんかやりたいことあるんやったら今からでも遅くないんやし、なんでもできるんやで」
それなのに…これ以上、ニンゲンの願いを叶えてあげる必要なんか、あるのだろうか。
「いつでもうちは、ニンゲンと変わってあげるのに」
妖精マヤはそう思って溜息をついた。
《おしまい》
〜妖精マヤ〜世界が平和になったらある、最高のお祭り。 姫野蒼子(まみ助) @himenoaoco
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