視線誘導という理論

「美味しい♪」


「ええ、能力値を全部料理に振ってるだけあるわね」


「俺をゲームキャラみたいに言うなよ」


 まあ、料理に人生を捧げていた時期はあったけどな。

 テーブルを四人で囲み、先輩が茹でた玉子と、俺が仕上げた師弟の料理を、みな思い思いに満足して食べている。


「そういえば、今回俺達の手伝いに来たんだよな」


「ええ、そうよ。料理しやすかったんじゃないかしら」


 どこか誇らしげにしたり顔を浮かべ、サンドイッチの端にかじりつく

 やっぱり、じゃああの違和感はこいつが起こしたのか。


「ありがとうな、でも、どうやってお客さんの眼を厨房から逸らしたんだよ」


「マジックでよくあるでしょ。お客の注目を集めて死角を作る方法」


「じゃあ今までマジックを披露してたのか!」


 ズルい! 俺も見たかった! と言う前に――


「違うわよバカ、注目を集めるのにマジックである必要なんてないでしょ」


 俺が言うより先にすかさず夏美が言葉を被せてきた。

 なので、でかかった言葉を渋々飲み込むしかない。

 でもこいつ、マジックやってそうなんだよな、今度聞いてみるか。


 友人にマジックを見せてもらうことを心の中で決めつつ、言葉の糸を再び紡ぐ。


「マジックではないなら、あの絵か」


 カフェの入り口に入って、左手に飾られている黒板ボード。

 実は、毎月夏美が描いてくれていて、その時の親父の注文に沿った絵を完璧に描いてくれている。

 始まりは親父の汚い絵、初めてそれを見た夏美が、「俺に描かせて下さい」といってチョークを走らせ、エッフェル塔を優美且つ華麗に描ききり、それを見て気に入った親父が特別割引券で交渉したのが始まりだ。


 その時見た親父の絵はサイ(本人曰く猫)が寝転んで、いや死んでる絵だった。


 絵を描いてくれるようになってからお客さんも増えだしたとかで。あんまり来ないから分からないんだけどさ。


「絵もそうよ。でも、常連さんには見慣れてるでしょ、だから、俺から声をかけて気を逸らしてたわ。そして、翔にも手伝ってもらったの」


「ふふん、うちを讃えるなら今にゃ」


 誰が讃えるか。あと俺のエッグサンドに手を伸ばすな。


 てか、やっぱり翔も手伝ってたんだな。めっちゃ遊んでたけど。


「翔はのんびりとした雰囲気でしょ、子供とかに警戒されないし、一緒に遊んでもらうだけでも十分だったんだけど、予想以上に注目を集めていたから驚いたわよ」


 あの大勢の観客か、確かにびっくりした。夏美の次に気付いたけど。


 そういえば翔って小柄だから、子供からすると同じ年齢の子に見えるのかな。


「いって!?」


「今、うちについて失礼なこと考えてたにゃね?」


 いつもののんびり口調に、微かに怒りが加わっている。


 普段見せない凶悪な顔でも見せてるのか、その隣にいる先輩から「あわわ……」という物凄く分かりやすい小さな悲鳴があって、ひいてるのが分かる


 何でさっきから表情を見ないのかって? 見潰しされて痛くて眼を開けれないからだ。

 友人の眼を躊躇いなく潰す翔の底知れない決断力は、まるで、街の路地を闊歩する野良猫さながらだ。


「だ、大丈夫ですか、今手当て出来るものを――」


「いいのよいつものことなんだし、どうせ唾でも付けてれば治るわ」


「うん、うちもそう思う」


「友達に対する接し方に改善を要求する!」


 ぞんざいに扱われるとかなり凹むぞ。俺への扱いはもっと丁寧且つ繊細に扱ってくれ!


 猛抗議するがどこ吹く風、二人とも全く取り扱ってくれない。そろそろ泣いてもいいですか?


「とにかく、手伝いは終了ね。ねえ麦野さん」


「は、はい」


 夏美の掛け声に、一拍遅れて返答する。

 何だろうと、不安混じりに気になる次の言葉を待った。


「こいつを師匠にして、あなたは、良かったって思う?」


「えっ?」


「はぁ?」


 突然の質問に師弟揃って疑問を発した。

 まだ師弟になって日も浅いのに、俺を師匠にして良かったかって、気が早すぎるんじゃないか。


 と、内心から込み上げるものに蓋して言葉を並べた。


「特に深い意味は無いわよ、だけどほら、こいつって頭悪いから、中学の時なんか夏休みの宿題が出来てなくて、俺に泣きながらすがりついてきたぐらいだしね」


 おい、話しを盛るんじゃない。


「要領は悪いし、変にデリカシーはないし、すぐ調子に乗るし、今日までで振り回されたことも少なからずあったと思うの。どう? あなたはこいつのことをどう思うの?」


「……」


 エッグサンドを持つ手が、ゆっくりとテーブルまで下りる。


 簾髪すだれがみが、俯くと同時に先輩の表情を隠して、前にいる俺に察せられるのを拒むようにして降ろされる。そして、ほんの数秒だけ、四人の間に静寂が訪れた。


 もしかして、後悔してる、のか?


 蓋から溢れた感情の灰汁が、心に飛び散る。

 師匠として師匠らしく振る舞う。なんて堅苦しさよりも、楽しく笑い合えるような師弟でいたい、そう思って今まで接してきた。


 けど、それが先輩にとって良いか悪いかなんて知るよしも無いわけで。


 だから、この質問の答えは、怖い。


 凄く、怖い。


「わたしにとって、お師匠は……」


 突然、幕が上がった。


 弟子が、俺を見た。


 笑顔を浮かべて。


「凄く頼りになって、わたしを引っ張ってくれる、頼もしくて優しいお師匠です! ちょっと悪ふざけが過ぎる時もある、けど、いつもわたしを気遣ってくれる、トーストで言うバターやジャムみたいな、無くてはならない、そんな人です」


「せんぱい……」


 俺のこと、そう思ってくれてたんだ。


 うふふという笑い声が隣から聞こえた。


「だと思った。だって顔付きが違うもの、俺達が挨拶した時とは違って、こいつの側だと、晴れやかで、最高に楽しいですって顔をしてるから」


 余計な質問だったわね、そう付け加えた。


「あの、お師匠?」


「あ、ああ、なに?」


 敬語も忘れて、そう返事をするのが精一杯だった。


 きつく口の端を結んだと思うと、簾の髪が横に撫で留められ、優しい微笑みが向けられた。


「あの、不出来な弟子かも知れませんが、これからも、お師匠が許す限り学びたいと思ってます。だから、その……、改めて、一緒に幸福トースト論の完成を、一緒に! 目指してくれますか!」


 何だよそれ、というかバターやジャムって、もうちょっと他に言い方あると思うんだけどな、


 でも、先輩らしいな、それ。


 もちろん、決まってる。


「おう!! 絶対、幸福が訪れるトーストを、幸福の理論を、『幸福トースト論』を完成させる! それまでは、俺は絶対に麦野の師匠であり続けるよ!」


「はい! よろしくお願いします!」


 店内に、師弟の誓いが響いた。

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幸福トースト論 無頼 チャイ @186412274710

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