お祭りに誘われて

佐倉伸哉

本編


『ねぇ、神社でお祭りやってるけど一緒に行かない?』


 8月上旬。俺の元に送られてきた一通のメッセージ。

 相手は幼馴染のチナツ。家同士が近いから小さい頃は一緒に遊んだ仲で、異性というか妹の方が感覚的に近いか。一人っ子だから妹いないけど。

 小学生の時は学校まで一緒に行ったり「クッキー焼いたから」とお菓子を貰ったりしていたけど、中学に上がるとパッタリそういうことは無くなった。まぁ、同級生からからかわれることもあったから、それを嫌がったのかも知れないけど。俺も俺で「カップルだ」と言われるの恥ずかしかったし。

 一緒の高校に進学してからはさらに一緒になる機会が激減し、朝に顔を合わせて挨拶する程度。ケータイのメッセージで会話することが多く、言葉を交わすこと自体少なくなった。

 そんなチナツから送られてきたお誘いに驚いたけど……断る理由もなかったので『OK』とだけ送る。それから19時30分に公園で待ち合わせる約束をして、会話は終了した。


 約束の時間より5分早く、待ち合わせの公園に到着。チナツはまだ来ていなかった。

 “レディは色々と準備がある”という知識くらい知っているので、別に気にしてない。この公園には小さい頃から遊びに来ているけど、夜に来る機会はなかったので逆に新鮮。

 手持ち無沙汰なので、久しぶりにブランコに乗って童心を思い返してみる。ブランコって高校生になっても意外と面白い。癖になる。流石に滑り台は体のスペックの都合上無理だったが。傍から見れば不審者っぽいけど決して怪しいことしていません、だからおまわりさん呼ばないでお願いだから。

 そんな感じで夜の公園を満喫していると……

「お待たせ」

 ようやく来たか、遊びに夢中で少し汗かいたぞ。そんな軽口を叩こうとして、息を呑んだ。

 朝顔の柄が入った浴衣に、髪はお団子にまとめた姿―――俺の中のチナツ像とかけ離れていて、一瞬フリーズしてしまった。

 か、可愛い……。

 小学生まではTシャツに短パンとボーイッシュなイメージが強く、中学生になってからは制服姿の印象しかない。インパクトが大きすぎて脳内で処理が追い付かない。これが噂の“浴衣マジック”か。

「ど、どう……? 変じゃない、かな……?」

 モジモジと聞いてくるチナツ。その仕草すら愛おしさを覚える。効果はバツグンだ!! 俺に大ダメージ!!

「いや……変じゃない。むしろ、似合ってる」

 目の前に太陽があるんじゃないかと思うくらいに顔が熱い中、それだけ述べる。これが俺の精一杯の返事だ。

「そう……良かった」

 俺の答えにホッとしたのか、ニコッと笑顔を見せる。何この可愛い反応。抱きしめたい。

 しかし、ここで俺は致命的なミスを犯したことに気付く。チナツがこんな気合の入った格好に対して、俺は白の無地Tシャツにジーパンと無難過ぎるコーディネイト。明らかに釣り合っていない。どうしよう、家に帰って着替えなおすか。でも甚平なんて持ってないし、持ち合わせの服でこれと対等に渡り合えるものなんて無いぞ……!!

 緊急に開催された脳内会議で喧々諤々の議論が交わされる中、チナツは俺の恰好を見て一言。

「タクくんの私服、久しぶりに見たけど、なんかホッとする」

 突然出された助け船に、内心胸を撫で下ろした。良かった……許された。『ホッとする』という評価を喜んでいいか悩むところではあるけど。というか俺、汗臭くないかな。何でブランコなんかで遊んだんだよ。

「じゃあ、行こっか」

「あ、あぁ……」

 そんな俺の杞憂を知るはずもなく、チナツは歩き出した。俺も遅れないように歩みだす。

 ……そういえば、昔は手を繋いで歩いていたな。そんなことをふと思い出した。


「うわー! 色々出てるね!」

 参道に並んでいる露店を眺めながらチナツは声を上げる。小さな神社の夏祭りではあるが、大勢の人で賑わっていた。くじ引きで欲しかった物が当たったのかはしゃぐ子ども、二人で一つのたこ焼きをつまむ老夫婦。

 俺も両親に連れられて来たことはあったけど、友達と来た記憶は無かった。それがまさか異性と。

 ……こ、これって、周りからはどう見られているのだろう? 歳の近い兄妹? 友人? それとも……?

「ねぇねぇ、何か食べない?」

「そうだな。折角だから何か食べるか」

 何にしようかな~、とウキウキな気分で悩むチナツ。何これ可愛い(今日二度目)。

 チナツはベビーカステラと唐揚げ串、俺は焼きトウモロコシとたい焼きを購入。立って食べるのは行儀が悪いので人混みから離れて境内の隅っこに移動して、ちょうど空いていたベンチに並んで腰を下ろす。

「美味しい~!!」

 ベビーカステラを食べると足をバタバタさせて喜びを表すチナツ。何これ可愛い(今日三回目)。俺も俺でトウモロコシにかぶりつく。トウモロコシの甘さと焼き目の香ばしさ、醤油の塩加減が口の中でマッチして美味い。

「こういう所で食べるといつもより美味しく感じるよな」

「だね~!!」

 何かの補正でもかかっているのではないかと思うくらい、イベントの食べ物は美味しく感じる。値段がちょっと高くても気にならない。後々「使いすぎたー!!」と頭を抱えるところまでワンセット。

「ちょっと頂戴!」

「あ! おい!」

 言うが早いか俺の持つトウモロコシをガブリ。まだOKって言ってないぞ。……まぁ、食べたもの返されても困るので事後承認となるが。

 ウフフと笑うチナツ。口元にトウモロコシが付いているのがお茶目。……まぁ、いいか。替わりにベビーカステラを貰う。素朴な甘さ。ホッとする。

 ……あれ? これって間接キスなんじゃ……確認しようにも確認できず、でも嫌がってないしなぁ。多分ノーカンだ、そうに違いない。悶々としながらトウモロコシをかじる。……心なしか、さっきよりも甘い気がする。

 そんなこんなで互いに交換しながら食べ終える。楽しい一時って何でこんなに早く過ぎていくのだろう。

「ゴミ捨ててくるわ」

「うん、お願い」

 チナツのゴミも受け取り、再び参道の方へ。人混みもありゴミ箱を見つけるまで少し時間が掛かり、やっとの思いで戻ると……俺達が居た場所に、二人組の男が立っている。

 誰、あれ。見覚えがない。チナツの方も困っている顔を見せている。

 男の方は二人とも顔が赤い。フラフラしている所を見ると、酒でも飲んでいるか。

「……」

 何となく事情は察した。俺は無言でツカツカと歩み寄ると、チナツと男達の間に割って入る。

「あの、俺のカノジョに何か用ですか?」

 なるべく声は抑え目に、でも伝えたい事柄ははっきりと。そんなことを意識しながら声をかける。下手に刺激すると面倒なことになるので、穏便に。酔っ払いは特に。

「なーんだ、オトコいるのかよ」

 突如現れた男に二人組はあからさまに落胆した顔を見せると、立ち去って行った。遠ざかっていく背中を見つめながら、心臓はバクバクと張り裂けんばかりに鼓動していた。

「ったく……大丈夫か、チナツ」

「う、うん……」

 俺の顔を見つめながらコクコクと頷くチナツ。心なしか瞳がちょっと涙でウルウルとしていた。

「悪かった、まさかナンパに絡まれるとは思ってなかった。ゴメン」

 これについては俺の認識が甘かった。近所の神社ということで油断していた。こんな可愛い女の子を暗い所で一人にさせたらダメだろ。何してんだ、俺。

「行こうか」

 手を差し出すと、チナツもそっと手を出す。しっかり握られたのを確かめてから立たせる。嫌な思いをしたから早く帰ろう。その一心だった。


「……」

「……」

 帰り道。あれだけ楽しかったのに、重苦しい。

 俺は俺で自分を責めて後悔の念にさいなまれていた。一緒に行けば良かった、気を遣ったつもりが危ない目に遭わせてどうすんだ、何してんだよ俺。

「……ありがとう」

 どれだけの時間が経ったか、チナツがポツリと呟いた。俺は「あぁ」とかそんな曖昧な言葉で濁す。

「……でも、嬉しかった」

 思いがけない言葉に、思わず顔を上げる。チナツの頬は微かに紅を差していた。

 嬉しい? 何が? チナツの言葉にパニックとなる俺を差し置いて、チナツがさらに続ける。

「……懐かしいね。昔もこうやって帰っていたよね」

 チナツが目線を落とした先にあったのは、繋がれた手。そういえばずっと神社から繋ぎっぱなしだった! 付き合ってもないのに手を繋ぐなんて、なんという暴挙を!

 ……でも、チナツは嫌がっている風に見えない。むしろ、俺の目には嬉しそうに映る。

「……また、一緒に二人で遊びに行かない?」

「……へ? 今、何て?」

 予想外の展開に困惑して問い返す俺に、ちょっとはにかんだチナツが言った。

「二度は、言わない」

 答えは一つしかない。俺はハッキリと伝えた。




 これは、俺とチナツの想い出の1ページ―――




(了)

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お祭りに誘われて 佐倉伸哉 @fourrami

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