第2話 入学式と出会い
駅から歩いて約10分。住宅街を歩いていると、桜がのぞく塀が出てきて、それにそって沿って歩いていくとすぐに見えてくる。
私立桜ノ宮高等学校。わたしが今日から通う高校だ。
校門前には『入学式』という大きな立て看板がある。わたしと同じ制服を着た人たちが校門をくぐっていく。それを見てなんだか緊張してきた。わたしは女子高生になって、これから3年間、毎日ここでこの子たちと過ごすことになるんだ。そんなリアルを実感して、あの頃を思い出して、少し気分が悪くなってきた。
けれど、
校門を入ってすぐ正面には校舎が見える。その昇降口前にはでかでかとクラス分けが掲示されていた。何人もの生徒やその両親がそれを見て楽しそうに話していた。分け入って行くこともできそうになく、わたしと一颯は少し遠いところから掲示を見た。
「
一颯がつぶやきながらわたしの名前を探してくれている。たぶん一颯はA組から見ているから、わたしはE組から確認することにした。ちなみにF組は特進クラスだから、わたしは関係ない。
「あ、わたしE組だ」
早速見つけたので、隣の一颯に伝える。
「そう。担任の先生は?」
そういわれて担任の名前を確認して一瞬ドキッとした。
ただ、名字が「吉田」ではないので、間違いなく別人だ。婿養子とかに入っていたらわからないけど。
「
「へぇ。よかったじゃん」
「なんで?」
「寒川先生は国語の先生なんだけど、すごい優しいし教えるのも上手いって有名だよ。そんで一応、超イケメン。私は全然興味ないけど」
そんなこと言いながら実際のところは……と思って一颯を見ると本気で興味なさそうで少し面白かった。
「ちなみに寒川先生って結婚してる?」
「いいや、してないって聞いたことある。知らないけど」
「ふーん、そう」
「なんで気にしてんの? イケメンだから?」
「いやまだ顔も見てないのに、そんなわけないじゃん。ちょっと知り合いの名前と同じだからもしかしてと思って」
「貴澄、年上の男の知り合いって何よ。そんな知り合いがいるって聞いてないんだけど」
一颯がやや圧をかけて訊いてきたけれど、わたしは聞こえなかったふりをした。とにかく、結婚してないならやっぱり別人だ。
「……別になんでもいいけど。新1年生は一旦教室に集合だから、昇降口で上履きに履き替えて奥の第2校舎4階かな……って口で言われてもわかんないかもだけど、教室への経路は貼り紙があると思うからそれに沿って進めばいいよ。それじゃあ、私は体育館の保護者席の方に行ってるから」
そのままそっけなく体育館の方に歩いていこうとする一颯の手を、わたしは無意識に取ってしまった。一颯が驚いたように振り向く。
「その……一颯、一緒に帰ってくれるよね?」
「もちろんじゃない。貴澄こそ、友達ができたからって私のこと放って帰らないでよ? 頑張っておいで。ちゃんと見ているから」
一颯はわたしの頭を優しく撫でると、わたしの身体を回し、背中を軽く押した。昇降口に向かう私のことを最後まで見送ってくれた。
一颯からたくさん勇気をもらった。頑張ろう。
★ ★ ★
まあ、勇気をもらったからなんだって話なんですよ。すべて台無しにしてしまうのがわたしなんです。
当然のように、わたしは絶賛トイレの個室に引き篭もり中である。
経路表示に沿って渡り廊下を渡り、4階まで階段を上る。4階のフロアにある6つの教室のうち、奥から2番目がE組の教室だ。第1校舎1階端にある昇降口のほぼ対角に位置する。遠い。とにかく遠い。しかも、4階分の階段なんて上ったのはいつ以来だろうか。圧倒的に体力が足りない。いくら待っても呼吸が整う兆しが見えない。
そんなわけで、わたしは息を切らしたまま教室に入った。すると、どうだろうか。ゼーゼーと荒ぶる呼吸をする前髪の長い女子がフラフラの状態で教室に入ってきたものだから、クラスメイトは化け物でも見るかのような視線を向けた。
わたしは黒板に貼られている座席表を確認して自分の席に鞄を置くと、即座に教室から逃げ出した。そして、1年の教室からやや離れた場所にある人気のないトイレに逃げ込んだ。
「おわった……」
どうしよう。イジメられるかもしれない。少なくとも、あだ名は「貞子」で確定かな。いっそのこと美少女を開放して何もなかったかのような澄ました顔で教室に戻るか。
うじうじしていると、入学式前の教室点呼の時間が迫ってきている。どうしたらいいのかわからなくなって、ごちゃごちゃした気持ちが涙になり、今にも溢れそうになっていた時、突然女子トイレの扉が開いた。そして驚くことに、わたしの入っている個室がノックされた。
「すみません、纐纈さんですか?」
色々と処理が追いつかず、一瞬声が出なかった。それを察したのか、声の主は待ってくれた。だから、わたしは一度深呼吸をしてから、返答した。
「はい、纐纈です。すみません、ちょっと気分が悪くて。そろそろ点呼ですよね、すぐに戻ります」
「違うんです、教室に入られたときすごく体調悪そうにされていて、そのあとなかなか戻ってこられなかったので、心配で」
優しいクラスメイトらしかった。わたしは答える替わりに個室のドアを開いた。ノックの主のは、小さくて超フワフワな感じの美少女だった。
「あら、少しに元気になられたようでよかったです。そうだ、初めまして。私は、
そういって柔らかな笑みを浮かべる。わたしは壁越しの時よりもはるかに緊張してしまって、呂律が上手く回らなかった。
「あ、あららめまして、は、纐纈貴澄です。その、ひ、日高さんは……」
「その前にいい? 私、『日高さん』って呼ばれるのあんまり好きじゃなくて、良かったら杏珠って呼んでくれない?」
ぐっ、丁寧で控えめかと思ってたら、こいつ陽キャか……!? 陽キャがグイグイ来る!! めちゃ怖い!!
「え、その、ひだ「杏珠」
「いや、でもひ「杏珠」
「いきなりはちょ「杏珠」
「h「杏珠」
ひぃぃいい! めっちゃ言葉を食ってきゅるぅぅ!! 怖いすぎぃぃ!!
「あ、……あ、杏珠ちゃん、そのですね」
「丁寧語も禁止。もう友達でしょ?」
「カハッ!」
つい咳き込んでしまった。強烈なボディブローを食らったかのように息が一瞬できなかった。『友達』だと? そんな簡単にできるものだったっけ?
「大丈夫!?」と杏珠が背中をさすってくれたが、わたしはそれを手で制して、話を続けた。
「それで、どうしてわたしの場所が分かったんで——分かったの?」
「最初は保健室を見に行ったんだけど開いてなくて、じゃあトイレかなって思って片っ端に探したんだ。もう、結構大変だったんだからね?」
「でも、どうしてそこまでして……」
「だから、さっき言ったじゃん! 体調悪そうだったし心配だったの!」
杏珠がほっぺを膨らませながらいう。あ、あざとい!
「いや、その、これはなんというか、運動不足で……階段がつらくて……」
「ああ、そういうことね。ならよかった。これから毎日上るんだからすぐに平気になるよ。じゃあ早く教室戻ろう? 点呼始まっちゃう」
杏珠はわたしの手を握るとトイレを出た。一颯もそうだけど、他人の手を取って歩くのって普通のことなんでしょうか? わたしは知らない常識ですね。
「待って、ごめん。手を洗いたい」
「……あ、はい」
わたしたちは無言で手を洗った。なんか気まずい。いやでも洗わずに行くよりはいいよね? 杏珠は、今度は手を繋いでくれなかった。手を洗ったのに。さっきより綺麗なのに。
教室までの道のりは杏珠が気を利かしてくれて、他愛のない話を振ってくれた。
「貴澄は桜ノ宮を選んだ理由とかあるの?」
「姉が通っていて、いいところって聞いていたから、かな」
「なるほどねぇ。まあ、聞いておきながら私は別に選んだ理由なんてないんだけどね。なんとなくなんだ。お姉ちゃんはどう? 好き?」
「……恥ずかしいから内緒です」
「そっか! そうだよね! やばい、貴澄ちゃん可愛い!」
「……」
やばい。惚れそう。そんな風に褒められると調子に乗っちゃう。好きになっちゃう。
……とにかく、トイレから教室まではそれほど遠くない。そうこう話しているうちにすぐに教室に着いた。教室に入ると、クラスメイトは割と着席しており、またしても視線を浴びた。ただ、杏珠も一緒だったからそんなに不快じゃなかった。杏珠と前後の席に座りホッと息をつく。
杏珠にはもうたくさんの友達がいるらしい。着席するなり、周囲のクラスメイトに色々と話しかけられていた。「どうしたの?」だとか「大丈夫だった?」だとか言いながら、わたしの方を見ているのは、振り返らずとも明らかだった。しかし、杏珠ははにかみながら「大丈夫だったよ」と返すだけで、わたしには言及しなかった。特に、ここで杏珠が無理にわたしのことを紹介しようとしない所は、非常に好感が持てる。ただの陽キャではないらしい。真の意味で陰キャのことをわかってくれる陽キャだ——紹介されようものなら針のむしろだからな——。それにしても、わたしに気を遣ってみんな話しにくそうだった。
しょうがないから、みんなが話しやすいようにイヤホンでもしようと思って——嘘です、見栄を張りました。怖くて聞きたくないので耳を塞ぐだけです——、鞄をあさっていると、とんでもないイケメンが教室に入ってきた。クラス中が一斉にざわつく。
「えー、静かに。点呼後すぐに体育館に移動するので、名前だけ。私は
寒川先生が資料の確認を進めていくが、一切耳に入ってこなかった。約15年ぶりであっても絶対に見間違うわけがない。担任の寒川啓は、わたし《信太朗》の弟だった。
超絶ブサイクに生まれたので来世に美少女と結ばれることを願って徳を積んでいたら、自分が美少女に生まれ変わってしまいました。 姫川翡翠 @wataru-0919
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