第1話 美少女になった俺、もとい、わたし
「
既に制服姿の
「ぐぁぁああああああ!」
いくら瞼越しとはいえ、全開の瞳孔に直射日光はマジで死ねる。わたしの迫真の絶叫を聞き、一颯はケラケラ笑っている。許せない。許せないけどそんなことより一刻も早く日光から逃げなければ。
吸血鬼も感心するくらいの速度で、わたしは布団を顔まで思いっきりかぶった。しかし、そのような必死の抵抗も空しく、いとも簡単にはぎとられてしまった。
「こらっ! 2度寝はメッ!」
恐る恐る薄目を開くと、その瞬間、おでこにデコピンされた。
わたしはおでこをさすり、眉間にしわを寄せながらなんとか身体を起こした。
「おはよう。今日もとってもいい天気」
一颯は空を見上げながら少し眩しそうに目を細めて、そして笑った。わたしは一瞬それに見とれてしまったが、不機嫌だったことをすぐに思い出した。
「……おはよう。もっとマシな起こし方できないの?」
「ふむ。考えておきましょう」
「毎回そればっかり」
「そんなことより、ほーらっ。お母さんもお義父さんもリビングで待ってるから」
わたしは伸ばされた一颯の手の意味が分からなくて、
「なにその手」
「なにって、手。出して?」
素直に従うと、一颯はわたしの手を握ってぐいぐいと引っ張る。わたしは自分の部屋から引きずり出された。そのまま引きずられるようにしてリビングに入ると、
「あら、貴澄ちゃん。おはよう」
「おはようございます」
和美さんはそのままキッチンの方へ行ってしまった。
「貴澄、おはよう。すっかり一颯ちゃんと仲良しだな」
お父さんはすでに朝食を食べ終わりかけている。
「はい!」
一颯は嬉しそうに返事をしたけれど、わたしは何も言わずに立ち上がり、お父さんの横に座った。
「それで、貴澄は今日入学式なんだよな? その、大丈夫なのか?」
「なんで?」
「なんでって、お前、久しぶりの学校じゃないか」
「別に」
「別にって、なぁ……」
「お父さんは心配しすぎ。大丈夫だって」
『だってわたしは前世でもちゃんと高校生だったからね——まあ男子高校生だったんだけど』、なんて言えるわけないし、中学の頃に不登校になってだいたい2年ぶりの学校だから、本音を言えば不安で仕方ない。でもお父さんと和美さんに余計な心配を掛けたくなかった。
「大丈夫ですよお義父さん! 私がちゃんと貴澄を守るので! 貴澄に悪いことをする人がいたらこうですよ!」
そういって腰の入った正拳突きが空を切った。今ものすごい音が鳴ったぞ?
「おお! さすが一颯ちゃん、頼もしい……!」
お父さんはパチパチと拍手している。
「もう、バカやってないであんたは朝ごはん食べなさい。
和美さんがキッチンの方から覗き込んでいる。はい、とわたしは返事をして朝食を取りに行く。
受け取って和美さんと一緒にテーブルに戻ると、一颯は律儀に食べずに待っていた。目が合った瞬間、一颯のお腹の音が大きく鳴った。
「えへへ」
わたしは呆れるようにわざと大きなため息をついたが、もちろん満更ではない。
『いただきます』
家族4人で手を合わせて朝食を食べ始める。
「お父さんはもう食べ終わってるじゃん。ごちそうさまじゃん」
「貴澄さん、こういうのは雰囲気だから突っ込まないでください。パパだけ仲間外れにしないで」
「一人称パパキモい」
「うわーん、和美さーん! 貴澄がキモいって言ってくる!」
「それは貴澄ちゃんの言う通りです」
「和美さんまで!?」
「あの、お義父さん。時間大丈夫ですか?」
「あ、……そろそろヤバいですけど、まだ大丈夫です」
「いいから早く行きなよ」
「……はい」
徐にスーツのジャケットを羽織り、かまってほしそうにチラチラ振り返りながらリビングを後にするお父さんを完全に無視して、わたしたちは朝食を食べ始めた。
★ ★ ★
自室になぜか置かれている姿見の前に立つ。スカートには未だに慣れない——まあ、中学は2年生以降ずっと不登校だったから、制服のスカートに慣れるも何もないんだが。というかやっぱりスカートは防御力が低すぎる気がする。スカート丈は脛辺りにまで届くぐらいで世間一般としてはかなり長い方だろう。それでも全然安心できない。
わたしは目元を完全に覆う前髪越しに自分の顔を確認する。うん。このままでもすでにやばいくらい可愛い。何だこれ。美少女オーラが前髪で隠しきれてない。スカートなんかより、こっちの方が全然慣れない。
未だに信じられない。わたしが——俺が美少女になったなんて。
『わたしには前世の記憶がある』という表現は正確ではない。むしろ、『前世の人格がそのままこの肉体に入っている』という方が正しい。
わたしは、吉田信太朗という超絶ブサイクな男の子だった。本当に壊滅的なブサイクだった。そんな信太朗は、来世に美少女と幸せになれる可能性に掛けて、徳を積みまくった。その結果が——、
≪その結果が『自分が美少女になる』なんて、面白いよね≫
「出やがったな、クソ女神」
——その結果が美少女への転生+不定期的に女神からの発信を受け取ってしまう謎の電波体質だった。
≪いやいや、むしろ感謝してほしいんだけれど≫
「なにに?」
≪だって美少女だよ? しかも、『美少女 of 美少女』の称号をほしいままにできるレベルの美少女。そんな人間、この世には信太朗以外いないんだから≫
「信太朗って呼ぶなクソ女神」
≪おっと、すまない。貴澄たん≫
「いや違うな、わたしの名前を呼ぶな。穢れる」
≪さっきから私の扱い酷くない? 我、神聖なる女神ぞ?≫
そんなこと言いながら女神はうふふと笑っている。笑い方が無駄に清楚なのが余計に腹立たしい。
「何しに来たんだ」
≪いやね、君が今日から高校に通うっていうからちょっと心配で様子を見に来たんだ——どうやら杞憂だったみたいだけど。転生したての素直でしおらしくってかわいかった貴澄たんはいったいどこに行ったんだか≫
「心配するな。こんなのただの内弁慶で、コミュ障が治ったわけじゃない。高校に通うなんて余裕で怖いね。全然足が竦むね。立ってられないほどガクガクだね」
≪そんな情けないことを自信満々に言わないでよ。ああ、それにしても小学生の頃なんかは外見良し、中身も良しの最高の美少女だったのになぁ。今じゃすっかりひねくれちゃって。まるで私じゃないか。ほら、顔をよく見せてごらん≫
謎の力がわたしの重たい前髪を持ち上げて、その顔があらわになる。
「おい、ちょっと急にやめろよ!」
≪なんで≫
「心臓に悪い! ああ、わたし可愛すぎ美しすぎ!! 完璧美少女!!!」
≪馬鹿じゃないの?≫
「貴澄? ひとりでなにしゃべってるの?」
「うにゃぁぁああああ!!」
一颯がノックもなしに部屋を覗いたから、わたしは奇声をあげながら転げまわることで見事に誤魔化した(そんなことはない)。
「え、こわっ。頭大丈夫?」
「……はい」
「なんか今日は一段と元気だね」
「あ、はい」
「そんなことより制服のブレザー、すごく似合ってる。それなのに、そんな風に転げまわると変なシワいっちゃうよ」
一颯は、立ち上がったわたしの制服を軽くはたいてくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
すると、一颯は顎に手を当ててわたしをなめるように見た。
「なに?」
「うん、確かに可愛すぎ美し過ぎ! 完璧美少女!!」
「な、まさか一颯、さっき盗み聞きしてたでしょ!」
「盗み聞きも何も、あんな大きな声出してたらそりゃ聞こえるよ……」
そして今度はわたしの顔をジッと見つめると、そのまま黙り込んでしまった。そうジッとみられると恥ずかしい。わたしには負けるけど、一颯だってものすごく可愛いから——それこそ、わたしがかつて望んだような美少女だから。わたしは一颯から目を逸らしながら、
「今度はなに?」
聞くと、異様に焦ったように、
「いや、その、貴澄は髪をあげて学校行くのかなって」
そう言われて自分の視界がいつもよりもクリアなことに気が付いた。
「……ハッ! いやいやいやいや、違うの。なんか不可抗力でこうなっただけだから」
わたしは姿見で確認しながら、急いで持ち上がった髪を手櫛で直した。
「そっか……うん、もったいない気もするけど仕方ないよね」
その時の一颯の表情は、嬉しそうで、どこか悲しそうで、わたしにはよくわからなかった。
「貴澄ちゃんも一颯も、そろそろ出るわよね?」
今度は和美さんが覗き込んできた。
「はい」
「あら、貴澄ちゃん、制服がよく似合ってるわ!」
「ありがとうございます」
「それなのに、ごめんなさいね。私もリモートワークで入学式に行けなくて」
「いえそんな。高校生の入学式なんて両親が来るものじゃないですよ」
「去年の一颯の時はそんなこともなかった気がするけれど……」
確かに、信太朗時代の記憶でも、誰も彼も両親と登校していたような気がする。しかし、当時も両親は仕事で忙しくて、入学式には来なかった。そんな中で、弟がわたしの入学式を見に行きたいって駄々をこねて大泣きし、結局そのまま幼稚園に連行されたことを覚えている。懐かしいな。そういえば、あやつはどんな大人になったんだろう。
「安心して! 私がばっちりビデオに収めてくるから!」
そういって一颯がスマホを掲げる。
「源さんも楽しみにしていると思うから、写真もいっぱい撮ってきてね」
「任せて!」
わたしと一颯がリュックを背負ってから、3人で一緒に玄関に移動する。
「忘れ物はない?」
「はい。大丈夫です」「うん!」
「それじゃあ、いってらっしゃい」
「「いってきます!」」
見送ってくれた和美さんに手を振ってから、エレベーターに乗り込んだ。
「ねえ、貴澄」
そういって一颯は手を差し出した。
「なにその手」
「もう、わかるでしょ」
「デジャヴュ?」
茶化すわたしを無視して、一颯は勝手に手を繋いだ。
「手、冷たいし、震えてる」
「4月でもまだまだ寒いから」
「確かに。……学校、楽しみだね」
「そうだね」
「お姉ちゃんがいるから、大丈夫だから」
「……」
一颯にはわたしの気持ちがバレているらしかった。
「お姉ちゃんは全てお見通しなのだ!」
「普通に怖いわ。学校じゃなくて一颯が」
「いっぱい楽しい思い出作ろうね」
「学年違うから無理じゃない?」
「もう茶化さないで!」
そんなことを言いながらも歩みは確かに前に進んでいて、ついにマンションを出てしまった。少しずつだけれど確実に、わたしたちは目的地へと近づいている。
わたしの高校生活が、今日から始まる。
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