超絶ブサイクに生まれたので来世に美少女と結ばれることを願って徳を積んでいたら、自分が美少女に生まれ変わってしまいました。

姫川翡翠

プロローグ

 美少女と言えば、見る者を幸せにしてくれる存在である。男も女も関係なく、魅了する。突き抜けた美にはもはや妬みは生じない。そこにあるのは憧れか心酔か。

 自分もそうなりたいと望む者もいるだろう。美少女と結ばれたいと望む者もいるだろう。遠くから眺めているだけでいいと思う者もいるだろうか。美少女の吐き捨てたガムの包み紙になりたいと思う者もいるだろうし、彼女の履くブーツの中で蒸れる靴下が脱ぎ捨てられる面積を担う床になりたいと思う者、彼女がおいしそうになめるアイスキャンディの棒が捨てられるゴミ箱になりたいと思う者もいるだろう。

 誰もが美少女に夢を見る。

 俺は美少女と結ばれて、幸せに人生を過ごしたかった。

 けれどそんな資格、俺にはなかった。

 なぜならば、俺はブサイクだったから。

 それはもう、ものすごく、ブサイクだったんだ。

 暗闇で見れば誰もが大絶叫。18年も生きて、両親ですら慣れてくれなかった。夜中にトイレに起きた俺とすれ違ったときには、害虫に遭遇したときよりもはるかに大きな声で叫ばれた。おかげでお化け屋敷なんて絶対行けなかった。小学生の頃に1度、興味本位で行ってしまって本当に後悔した。申し訳ないと思った。お化け側としてならよかったのかな。

 また、俺を初めて見た人はだいたい気持ち悪くなるらしい。ここまでくるともはや顔面兵器だ。エイリアンとかプレデターでも、泣いて逃げ出すんじゃないだろうか。いっそのこと地球侵略と言って攻め込んでくれないだろうか。そうすれば英雄になれるんじゃなかろうか。まあ、こんなブサイクな英雄は自分でも嫌だ。

 ただ助かったのは、あまりにもブサイクすぎて誰も近づきたくないから、逆にいじめられなかったということだろうか。不幸中の幸い。俺はこの言葉が世界で一番嫌いかもしれない。

 確かに誰からも無視はされた。けれど、俺は特に何も思わなかった。イジメの中で無視されるのが一番つらいって聞くけれど、それは無視されないのがデフォルトの人間の感情だろう。無視されることがデフォルトの俺からすれば、それが日常だったから。

 そうはいっても、何もなしにこんな人生を18年も続けることはできなかっただろう。俺には弟というほとんど唯一の心の支えがいた。彼が生まれてくれたおかげで、俺はここまで歯を食いしばって生きてくることができた。

 弟とは10個も年が離れていた。弟は、俺とは違ってめちゃくちゃ顔がいい。しかも、誰にでも平等で心優しいし、頭もよかった。弟は俺のことを最初から慕ってくれていたし、理解した後でも、それでも慕い続けてくれた。8歳にしてすでに圧倒的な人格者である。

 何度も腐りそうになった。死にたくなった。けれど、弟がいたから。彼が大好きだって言ってくれたから。せめて彼の期待に応えられるような、彼が誇りに思ってくれるような、そういう人間でありたいと思った。そして何より、彼の人生の邪魔にならないように生きようと思っていた。俺を支えてくれた彼に、恩返しをしたくて。弟が生まれてからは、弟が俺の心の支えになってからは、ただただその一心で生きてきた。

 そんなことを言いながらも、俺は俺を諦められないでいた。舌の根の乾かぬ内に、本当に愚か者だ。一心だなんて大噓つきだ。でもさ、俺だって幸せになりたかったんだ。

 望みはただ1つ。来世だ。


「こんなに可愛い子と付き合えるとか、こいつ前世で世界でも救ったんか?」

「羨ましい。前世でどれだけ徳を積めばこんな綺麗な人と……」


 ネットで芸能人——特に美人女優や女性アイドルの熱愛報道を見ていると、こんな感じのコメントがいくつかある。どういう理屈かはよくわからないが、とにかく前世で徳を積むと、来世にはいいことがあると考えられているらしい。

 当時小学6年生だった俺は、ハッとした。現世で「徳」を積めば、弟にはいい恰好が出来るし、来世の『美少女チャンス』も得られる。こんなに今の自分にとって都合のいいことはなかった。

 そういうわけで、俺は中学生になった頃から全力で善行に励んだ。

 顔面のほとんどを覆うような大きなマスクで顔を隠して、たくさんのボランティアに励んだ。困っている人がいれば誰だって助けた。親からのお小遣いや高校から始めたバイトで得た給料は、必要な分だけ残して全て寄付した。将来は父と同じ医者になってたくさんの命を救いたい、そう思ってたくさん勉強もした。とにかく徳を積みに積みまくった。

 おかげで弟の期待には最期まで応えられていたと思う。また、頑張った甲斐あって、実は友達が2人もできた——まあ、弟の友達がなぜかなついてくれたというだけなんだけど。それでも彼らが俺を友達と呼んでくれたことがあって、あとでこっそり泣いてしまった。類は友を呼ぶじゃないけれど、人格者の弟のもとには同じくらい良い子が集まるらしかった。

 そう思うと、もう何も思い残すことはない。俺は安心して死ねる。

 ああ、なんて嫌な走馬灯なんだろう。


 俺は今、交通事故に巻き込まれて死にかけている。


 度胸試しで赤信号を渡るという治安も頭も悪い遊びをしていた小学生をかばって、最低でも時速120kmは超えていたこれまた治安も頭も悪いミニバンに轢かれた。ほんとにどいつもこいつもろくでもない。

 けれど許そう。危険すぎる遊びをしていたろくでもない小学生も、免許を持っているくせに法定速度も知らないろくでもない運転手も、俺は許す。身体はたぶん、俺の顔面よりもグチャグチャになったけど、それでも許そう。理由は言わずもがな、苦しみに満ち溢れた現世から、俺を救い出してくれたから。そして、ブサイクから弟を救い出してくれたから。これで弟の唯一の汚点もなくなるわけだ。何も困ることはない。

 俺は何もかもを我慢して、少なくともこの6年間、徳を積めるだけ積んできたんだ。きっと来世は幸せな人生が送れるはずだ。おお、なぜだ。すでに、美少女が微笑んでいる姿が見える。あなたが女神か。だったら俺の願いは届いたのかもな。ちゃんと美少女で頼んますよ。

 俺は気持ちの悪い笑みを浮かべて、幸福感でいっぱいになりながら死んだ。


 そして、念願の来世だ。

 俺は生まれ変わったけれど、美少女とは結ばれなかった——違うな、過去形は正確じゃない。結ばれることは

 なんでそう言い切れるかって? だって、だ。

 確かに俺は——わたしは、筆舌に尽くしがたいブサイクだった。前世がブサイクだったのだ。

 そのブサイクが美少女と結ばれたいがために徳を積んだ結果がどうだ。わたしが美少女になってしまったではないか。


「いやいや! 勘弁してくれよ! わたしが美少女になってどうするんだこのバカ女神!!!!」


 この物語は、もはや来世への希望すら絶たれた美少女わたしが、現世でなんだかんだ美少女と結ばれようとあがくラブコメディである。




























……そうありたい(希望)。


あってほしい(願望)。


あってくれよ(切望)。




























あるわけないか(絶望)。

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