愛があれば生首霊でも愛しく思える ~ 怪異譚は眼帯の巫女とたゆたう ~

佐久間零式改

愛があれば生首霊でも愛しく思える


 今日は生首霊祭りの日だ。


 浮遊霊やら、地縛霊やら、祟り神やら、日本全国にいる生首の幽霊が一堂に会するという、初夏に行われると言われている不気味なお祭りだ。


 開催居場所がどこなのか、稲荷原流香さんからは教えてはもらってはいないけれども、年に一度、日本のとある場所で行われる。


 そこならば、半年前に工場の機械に挟まれて、胴体と首が切断されてしまい、この世から去ることになった最愛のあの人と出会えるかもしれないと思って、稲荷原流香さんに頼み込んで、そんな不気味なお祭りに参加することを許されたのだ。


「俺は生首と戯れる趣味はないんで、ここで待機している」


 運転手らしきブロンドヘアのハーフのような青年が正面を見たままそう言うと、


「ええ、それで構いません。生首の霊しかいないお祭りは」


 と、助手席に座っていた巫女服姿の左目に眼帯をした稲荷原流香さんがそう答えた。


 流香さんが巫女をしている賀茂美稲荷神社に言ったところまでは覚えている。


 しかし、そこから先の記憶がなく、目を覚ますと私は何故か車の後部座席にいた。


間中まなかひとみさん、それでは行きましょうか」


 流香さんはそう言うと、ドアを開けて車から降りた。


「は、はい!」


 私は遅れまいと、後部座席のドアを開けて、外へと出た。


 そこでようやく私がどこにいるのかが分かった。


 都内、どう見ても、二十三区内の山手線の内側にある、とある公園だ。


 生首が集まるというからには、山奥だとか思っていたのだけど、そうではなくて、大都会のまっただ中であった。


「驚きましたか?」


 流香さんが私の表情から思考を読み取ったかのように言う。


「は、はい。こんな場所に生首が集まるのですか?」


 すぐ傍には、いくつものオフィスビルなどが見える。


 こんな場所に生首の幽霊が数多集まれば大騒動になりそうなものだ。


「結界がはってありますので、普通の人は近づけません」


 流香さんはそう言って、懐から二枚の紙を取りだした。


 その紙には『来賓』という文字が書かれている。


「ただし、この紙をおでこに貼った人だけは来賓として入ることができます」


 何かの冗談かと思って戸惑っていると、流香さんはおでこに『来賓』と書かれた紙を本当に貼り付けた。


「こうしないと入れません」


 どうやら本気のようだ。


 私は意を決して、来賓の紙を受け取り、おでこに貼った。


「それでは行きましょう」


 流香さんは私に背を向けて歩き出して、公園の中へと入っていた。


 私はどこに行くのか分からないので、その後を追うことにした。


「この先です。驚かないでくださいね」


 私を見ずに流香さんが言う。


「はい」


 私は逸る気持ちを抑えながらそう答えた


 この先にきっといる。


 私が愛していたあの人の生首の霊が。


「ッ!?」


 とある所を通った瞬間、空気が変わった。


 初夏特有の蒸すような暑さだったはずが、ひんやりとした、まるで晩秋のような肌寒さに変化したのだ。


「おおお、五体満足の人間だ!!」


「人間が来たぞ!!」


「生足の人間だ! しかも、女だ、女!! 二人もおる!」


 外気だけではなく、雰囲気までもが一変していた。


 肌寒いはずなのに、妙な熱気があるのだ。


 なんだろう?


 そう思って視線を流香さんの背中から外すと、丸い玉のようなものが無数に浮いているのが見えた。


 その正体を探ろうと目を細めると、玉などではなく、人の首であった。


 生首だ。


 無数の生首が所狭しと漂っている。


 ある程度の心構えはできていたものの、生首の霊を目の当たりにすると射すくめられたように恐怖で全身が動けなくなった。


 逃げ出したくなるも、あの人の再会のためならば、これくらい耐えられる。


「めんこい女子じゃ。ありがたや、ありがたや」


「お嬢さん、私と付き合ってくれんかね? 生首だけど、愛情はたくさん与える事ができる」


「女の香りか。懐かしや。ああ、懐かしや」


 武士のような生首もいれば、ざんぎり頭の生首もいたり、つい最近生首になったばかりのようなロックミュージシャンのような生首もいて、色とりどりだ。


『神社で神として祭り上げられるようになった、とある生首の幽霊が発起人として行われるようになったお祭りが生首霊祭りです。冗談のようなお祭りですが、身体をなくした同志のような幽霊がこんなにもいる。一人ではないんだと安心するために行っているお祭りでもあったりします。祭りの最中、危害を加える者は皆無ですので、必要以上に怖がる必要はありません』


 祭りの最中、来賓の人に危害を加えようものならば、排除されるだけではなく、地獄に送られるという話であった。


 本当かどうかは分かりようがなかったけれども、安心はできそうだった。


「おお、稲荷原流香殿。来てくれたか」


 様々な生首霊に目を奪われている時、透き通るような、それでいて、威厳のある声がした。


 私は思わず声のした方へと顔を向けた。


「今回は、ありがとうございました」


 流香さんが立ち止まるなり、声がした方に一礼する。


「流香殿の頼みだ。応えねば男が廃るというものだ」


 声の主は、禍々しいご神体であるかのように黒いオーラをまとった生首霊であった。


 目にしただけでも祟られそうな気がする。


 だが、このお祭りの中では、そんな事はないのではと思えてならず普通に見つめることができた。


「再会を望んでいるのは、そちらの女子か?」


「はい。間中まなかひとみさんです」


「とある者の生首霊との再会であったな。流香殿の言う通り、浮遊霊として彷徨っていたのを連れてきてある」


 その程度の事など容易いと言いたげであった。


「ひとみ!!」


 流香さんと生首とかが話している最中、聞き覚えのある、懐かしさで胸が締め付けられるような声がどこからともなくした。


「ひとみ!! 俺だよ、俺!! 分かるだろ、ひとみ!!」


 この声は紛れもない、田中秀俊たなか ひでとしさんの声だ。


「私はここよ!! ひでとしさん!!」


 私がその声に応えると、前の方からひでとしさんの生首がゆらゆらと飛んで来た。


 身体はなくなってしまっているけれども、その生首は田中秀俊だった。


 顔も、表情も、事故で亡くなる以前のもので、懐かしさと愛しさで涙が自然と溢れでてきた。


 それは、ひでとしさんも同じようで、大粒の涙を流しながら私の方へと飛んで来る。


「ひでとしさん!!」


 私は一秒でも早くひでとしさんの顔を間近で見たくて駆けだして、飛んでいたひでとしさんの生首を抱きしめた。


「ひとみ! 遭いたかったよ!!」


「ええ、私もよ、ひでとしさん!!」


 身体はなくなっても、生身の人間じゃなくなっても、ひでとしさんはひでとしさんだった。


 生首霊になっていても、ひでとしさんでしかなかった。


 本来ならば、幽霊を抱きしめる事は不可能であるかもしれない。


 けれども、今は私の腕の中にひでとしさんがいる。


 事実、抱きしめている。


 生首だけになったひでとしさんを。


 ひでとしさんの生首霊を。


「死してもなお、死して生首だけになっても愛しく思うとは世の中捨てたものではないな」


 私が返すと、ご神体のような生首が破顔して、優しげな目を私に向けていた。


「ええ。拒絶するのではないかと思っていたのですが、生前と変わらぬ関係になりそうで安心しました」


 流香さんと禍々しい生首の話し声が聞こえる。


 けれども、私は死んだひでとしさんとこういう形で再会できた事で胸が一杯で聞き流すことしかできなかった。


 この後、私とひでとしさんは祭りが終わるまで一緒にいた。


 打ち上げ花火をひでとしさんと一緒に見たり、


 生首が地面をゴロゴロ転がるだけの踊りをひでとしさんと一緒に見たり、


 夜店で売っていた食べ物をひでとしさんと一緒に食べたり、


 そう……。


 これは私にとっての最高のお祭りになった。


 最愛の人が生首だけになってしまっていても……。


 ずっと、ずっと、ずっとこうしていたい。


 こうして二人で愛を語り合いたい。


 生首になってしまっていても。


 そして、お祭りが終わった後、私とひでとしさんの生首霊は同棲することになった。


 流香さんの助力もあってか、成仏するまでの間、霊が見えるという御札をもらって、やがて終わりが訪れる幸せな時間を得る事ができたのだ。



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