カクヨム2020夏物語 その1 41年目の祭典

@wizard-T

41年目の祭典

 六十分の、いや六百分の一秒単位でのコントローラーとボタンの連打。鍛えの入ったはずの目をして付いていける気がしない。


「仙道リーボ、ついに代表の座をつかみ取りました!」


 十年間守り続けてきたクラッシュウォーリア王者の座を、僕はついに明け渡した。

 新王者を称えるアナウンサーの声を聞いてなおすがすがしい気分にしかならないこと自体、僕が敗北したと言う事の何よりの証明でしかない。


 健康飲料メーカーのTシャツを着た仙道リーボ君を始めとして、僕ことタカシ隆一に憧れてこの世界に来ましたと言う人間は山といる。

 彼を含め多くの人間たちからあらゆる物を奪って来たはずの僕もまた、奪われる時が来たのだ。


「箸より先にコントローラーの使い方を覚えた男の名前は伊達じゃないよな」

「今回はまぐれです」


 トロフィー代わりの金色のコントローラーを受け取る彼の笑顔には何の憂いもない。本当に素晴らしいことだ。


「今度は狙われる立場だよ」

「先刻承知ですよ」

「いや、キミのライフゲージじゃないよ」


 全く空気を読んでいない、このジョークになっていないジョークに会場が震えたのは気のせいじゃないだろう。

 日本はこの分野に対して後進国であると言う烙印を押された、十年前の事件をこの会場の人間は全部覚えている。




 その時はまだひよっこスポーツだったeスポーツアスリートとして相当な高給を得ていた僕が襲撃事件に遭ったのは十年前、東京オリンピックが行われている頃だった。


 この時期からインターネットだけでなくテレビにも何度か出てそれなりに名前を売っていた僕は、スポーツドリンクを飲みながら帰ってオリンピックでも見るかとのほほんと家へと向けて歩いていた。


 そんな中、まるでクラッシュウォーリアのキャラクターのように走り込んで来た人間がいた。僕が危機を感じ悲鳴を上げながら走ると同時に、彼もまた目を血走らせながら叫び声を上げた。




「これは、これは正義なんだよ!」


「正義のために、子どもたちのために!」


「俺はお前のようなクズニートを抹消する!それがお前自身のためなんだ、これは正義なんだよ!」


「ああこら逃げるな、引きこもりの分際で!その才能を無為に浪費して親御さんも泣いてるぞ!」


 自分の正義を押し付けることを全くためらわない元陸上部だと言うその男は、僕がのために心身を鍛えている事にまったく思いも寄らないまま追い続け、止めようとしたお巡りさんだけを刺して逮捕された。

 そして法廷でもまったく同じ内容のわめき声を上げる事をやめなかった彼は、殺人未遂ながら終身刑にされた。


 皮肉なことに、こんなのがアンチなのかよと言う事が広まったこの事件をきっかけに日本でのeスポーツの地位は無理矢理に引き上げられた。

 そんなのが長続きしない事は先刻承知だからこそ、事件後僕は代表面をしてここぞとばかりにあっちこっち回ってスポンサーを探し回り、そしてアスリートらしくより一層の肉体改造にも励んだ。




「それで今度の電脳戦なんだけどね」

「タカシさんのようには行かないと思いますけどね」

「相手は日々進化を続けてるよ、僕の方が勝つ自信がないよ」


 僕が負けた電脳戦代表決定戦から三日後、僕らは専属トレーナーの作ってくれたメニューを口にしながら前回の対決のビデオを見る。

 自分では半ば無意識だったのだが、改めて見ると我ながら恐ろしいスピードだ。


 クラッシュウォーリアが世に出てから41年目になる。

 古い作品については、特殊なソフトを使用した最速クリア動画が山のようにあふれ返っている。もちろん違法行為であるが、それでも閲覧者が絶える事はなく半ば黙認状態でもある。

 それと同じ事を販売元が認めたと言うのが、電脳戦だ。将棋のように最強のAI、最強のゲーム用プログラムを作り人間代表と対戦させると言う訳である。


「それでAI代表はやっぱり」

「ああ、盛田一樹だよ」


 盛田一樹ってのは僕の同級生で、大学で義手義足の研究をしている奴だ。

 副業としてこの電脳戦用のAIを作り、AI用の大会にも出場して代表の座を守り続けている。

 だが、僕の前では五戦五敗ってのもまた事実でもある。


「高校時代は無遅刻無欠席、いや中学時代からずーっとでその上に塾と通信教育のハシゴしているような天下の優等生様だったよ。だってのにおふくろや親父、いや先生以上に勉強しろ勉強しろってうるさくってな」

「あははは」


 まともに就職もしねえでバイトとゲームだけに時間を費やし大会で勝ち抜いている内にいつの間にかこんな道に乗っかっちまった僕と、絵に描いたようなエリートコースたどって生きて来た、ゲームの話振っても時間の無駄としか言わなかった盛田。

 そんなふたりの運命が、今こうしてもう一度かち合うってのも実に面白い話だ。




 とにかくみんな一緒に練習と調整に明け暮れてひと月あまり、いよいよ対決の時が来た。


 六度目の僕が、一度目のリーボ君を先導する。ネットでの生中継されるこの戦い、日本だけで百万人、世界規模で行けば五百万人の人間が見ている。いつもよりは肩が軽いとは言え、それでも緊張せずにはいられない。

 この対決の勝者には、サラリーマンの年収の数十倍の大金がスポンサーから支払われる事になっている。僕だってこの賞金で家を建てたぐらいだ。


「さあやってまいりました!クラッシュウォーリア電脳戦!勝つのは人か、AIか!六年目となるこの対決、人間側は今回タカシ隆一さんから仙道リーボさんに代わりました!仙道リーボさんは果たしてAIを倒せるのか!そしてAIは今年こそ勝てるのか!

 全世界注目の対決の前にお互いのコメントをいただきましょう。まずはAI担当の盛田さん!」

「クラッシュウォーリア用プログラムの作成者、盛田一樹です。今回もよろしくお願いします浅野君」

「ああ盛田、僕は今年彼の付き添いだから」

「では人間代表、仙道リーボさん!」

「仙道リーボです!よろしくお願いいたします!」

「本名は」

「仙道です」

「下の名前は」

「仙道リーボです」


 リーボ君は深々と頭を下げるのに対し、盛田はぶつぶつ言いながらそっぽを向いて手を差し出しただけ。浅野なんて自分でもあまり使わなくなった名前で呼ぶ事も含め、なかなかの盤外作戦だ。

 事前に伝えておいたからリーボ君は冷静だったけど、初めての対決でそれをやられた時には一瞬背筋が寒くなった。


「では盛田さん、対決の前に一言」

「科学の力をお見せいたします」

「ではリーボさん」

「人間の力をお見せしましょう」


 二人の宣誓に続けて、歓声が沸き上がった。

 だが盛田のそれに比べ、リーボ君のそれはめちゃくちゃにでかい。


 盛田に声援を浴びせるのは、いかにも身内めいた白衣を着た皆様と、お年を召したお方ばっかり。一方でリーボ君には若い男からだけじゃなく黄色い声援まで飛び交っている。これが人気投票だったらこの時点で試合終了だ。

 若いっつー事で言えば、四十路ぐらいの母親と中学生の男の子って母子は盛田に熱烈な声援を送ってる。毎年毎年同じように盛田を応援し僕をにらみつけるあの子のために、盛田は戦っているのかもしれない。今年はどこか弱かったけど、それは僕が傍観者になっちまったせいだろうか。




「では参ります!三本勝負、二本先取!ファイト!」


 アナウンサーの声とともに、色違いの同じキャラが飛び回る。リーボ君が激しく目を血走らせてコントローラーを握る一方で、盛田は今さらする事などないと言わんばかりに画面を見ようとさえしない。



「まずは一本取ったのはリーボ選手です!リーボ選手、次は」

「あー厳しかったですね、できれば二本で決めたいんですけどね」

「それで盛田選手」

「体力を見ればわかるようにほんの僅差です。まったく悲観していません」


 で、結果は盛田の負けなんだけど口調だけ見るとどっちが勝者かわからないほどに盛田は平然としていた。毎回毎回、ずっとそうだ。

 最初の頃ならともかく五連敗もしておいてまだ勝てると言う根拠がどこにあるのか、聞ける物ならば聞いてみたいぐらいだ。




 で、第二試合。コントローラー音が激しく鳴り響く中、盛田は相変わらず画面なんか見ていない。左目であの親子を見ながら、右目で僕の事を見ている。どっちに対しても、ものすごーく優しそうな目をして。


「これもうリーボ君の勝ちで決まりですね」

「おーっとタカシ選手ここで勝負あったと断言!ああどうやらその通りになりそうです」



 でもそれは、盛田は昔から変わっていないくそ真面目なガリベン君のまんまだってことを証明する目付きだった。


 この六年間だけじゃなく、高校時代からずーっとそのまんまっつー事。


 ただただゲーム機に引っ付いていた僕だってそれなりに変わったって言うのに、何も変わらない奴が勝てるわけがない。







「今年も人間が勝利しました!仙道リーボ選手に拍手を!」


 で、案の定半分以上の体力を残して、リーボ君は盛田のプログラムを打ち破った。

 僕以上の完勝と言ってもいい結果だ。


「盛田さん、コメントを」

「いずれは皆様のため、勝利をお届けしたいと思います!」


 ああ立派だ、実にご立派だ。盛田は声を張り上げながら僕らを口惜しげににらみつけるが、あの子と違って迫力は全然ない。あくまでもいい子ちゃんのする、びた一文の悪意も感じられない低レベルな挑発の真似っこだ。


「それでタカシさん、人間はあとどれだけAIに勝ち続けられますかね」

「そんなのわからないよ」




 盛田が代表である限り大丈夫だとは言わない。油断したくないから。

 無理だとも言わない。盛田の夢を壊したくないから。二人とも実に立派で、実に素晴らしい夢を持っている。


 でも僕の夢だって、まだ守りたい。

 僕は盛田が初めての対決の時に寄越して来たの以外ネクタイの一本もない家に帰宅するとすぐスイッチを入れ、コントローラーを握りしめた。

 自分のためにも、盛田のためにも。


 そして誰より、かつて自分が人生を奪った彼とその家族のためにも。

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