ペトロ
鳳ウサギ
今日という日に
とうとうこの日がやって来た。
待ちに待った打ち上げ日だ。
結果がどうなるかはまだ分からない。
だが、出来ることはすべてやった――。
試行錯誤した日々がもう既に懐かしい。
一番苦労した資材のやりくりから、最後の実験まで、あっという間だった。
雨が降っても、風に吹かれても、めげずに実験を繰り返し、時には挫けそうになったこともあったが、何とかここまでたどり着くことが出来た。
それも偏に、彼女のおかげだ。
君への感謝の気持ちを込めて、今日の打ち上げに臨もうと思う。
テーブルに広げていた手紙を手に取る。
それはひと月前に、遠くに住む彼女から送られてきたものだ。
そこには可愛らしい文字でこう書いてある。
『――パパおたんじょーびおめでとー! そっちでもいっぱいがんばってね!』
その下には可愛らしい絵を添えて近況報告が。
『このまえママとペットボトるロケットをやったよ』
そして最後はこう締めくくられている。
『――つぎはわたしのたんじょーびだよ! よんさいになるよ!』
×××
雲一つない快晴。
絶好の打ち上げ日和だ。
俺はひと月かけて完成させたそれを持って、最寄りの海岸に繰り出す。
浜辺に到着すると、凹凸の少ない場所を選んで発射台の設置に取り掛かった。
「……こんなもんかな」
発射台の設置が完了する。
「頼んだぞ」と心の中で声を掛けると、「任せとけ」と聞こえた気した。
そして、視線は水平線のさらに向こうへ。
君たちのいる場所へ向かっていく――。
ねえ、知ってるかい?
こっちの世界は案外良い所なんだよ。
君たちと離れ離れになってからもう一年が経つね。
寂しくないって言ったら嘘だけど、こっちもけっこう楽しくやってるよ。
高い所から落ちても怪我一つしないし、水の中でもずっと息をしていられるし、って、そりゃあ当然か。
もう死んじゃってるもんね。
そうそう、この前君の手紙が届いた時に近所の親切なおじいさんが教えてくれたんだけどさ。
大切な人の誕生日が近づいてくると、こっちの世界とそっちの世界の結び付きが強くなるんだって。
だからちゃんと君の手紙も読むことが出来たよ。
今度は俺が送る番だね。
さて、今日は君の誕生日だ。
ペットボトルの側面にメッセージを書いておいたよ。
俺の想いを乗せたこのペットボトルロケットが君に届きますように――。
それじゃあ、打ち上げようか。
「よいしょ、よいしょ……」
ペットボトルロケットに空気を詰め込んでいく。
だんだんとボトル内の気圧が高くなる。
そしていよいよボトル内部の気圧が限界値に達すると。
――ヴァッシュウゥゥゥゥゥゥゥゥ!
と、勢いよく水を噴出しながら、そいつは大空へと駆けて行った。
だんだんと小さくなっていくその姿を見つめながら想う。
「届くといいなぁ」
×××
「ねえねえママー」
「なーに?」
「パパはいつ帰って来るの?」
「そうねぇ、八月の中旬くらいかしら」
「はちがつの、ちゅーじゅん?」
「そうよー。年に一回だけこっちに帰ってこられる日なの」
「そーなんだ! じゃあまたお手紙書きたい!」
「そうね。また書こうね」
「うん!」
「アヤちゃん。今日は何の日か知ってる?」
「わたしの誕生日!」
「おっ! 流石だねー。ということで、ケーキを買って来ましたー。ジャジャーン」
「おお! 朝からケーキ!」
「そう! 朝からケーキ!」
「やったー!」
「ジュースもあるからねー」
「ジュース飲みたーい! コーラ! コーラ!」
「急がなくてもコーラは逃げませんよー、って、こんなラベルついてたかしら」
「なーに?」
「アヤちゃん、ここなんて書いてあるか読める?」
「んんーっとねぇ――」
×××
『アヤちゃん、お誕生日おめでとう! パパより』
ペトロ 鳳ウサギ @ohtoripyon
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