生まれ堕ちて
鶴崎 和明(つるさき かずあき)
閏の知
一歳の時、私は自分の身体の刻印を明らかにされた
大学病院の地下室で
わんわんと泣き
無数の針で刺され
ハリネズミのように
モルモットのように
泣くより外に感情を持たず
私はわんわんと泣いた
母も心でわんわんと泣いた
五歳の時、私は人に好まれるということを知った
好きよ好きよとかしずかれ
いいわいいわとまとわれ
小さなナイフに刺されたオレンジを
小さな孔に押し込まれた
その時、私の身体の刻印は
免疫機構を惑わせて
消化の機序を逆転させ
その愛の結晶を机の上にぶちまけた
翌日、彼女は私を嗤い
取り巻きの一人へ転じ
取り巻きとともに私を苛め抜いた
五歳の時、私は人に虐げられるということを知った
九歳の時、私は仮初の平穏を知った
四年のいじめは一人の壮士の手に消えて
四年のいじめは私の心に重りを乗せて
私は仮初の平穏を知った
しかし、その平穏は地下に隠れた運動で
しかし、その平穏は雲に塗れた運動で
しかし、それは子供らしい残虐で
私は仮初の平和を知った
だから、団結というものに白い眼を向けた
だから、普通というものに白い眼を向けた
だから、同意というものに白い眼を向けた
私は仮初の平和を知った
私は母の懐の深さを知った
十三の時、私は人というものを知った
私に知恵があると見た人々は
私を笑い
私と距離を置いた
私に意志があると見た人々は
私を嘲り
私に暴力を奮った
私が奇異であると見た人々は
私を放任し
私の孤立を見守った
その中で得た友は
私を迎え
私の意志に頷いた
十三の時、私は初めて友を得た
十七の時、私は初めて溺れた
自らの理系の才能に溺れた
数学を解けば上位に在り
それを万能の力のように感じた
自らを別格と信奉し
誰よりも自分の在り方を愛した
裸の王様はその在り方を知らない
自らの文芸の才能に溺れた
我武者羅に文章を書き連ね
一心不乱に駄文を重ねた
その一編一編の評価を耳にし
その一編一編の批判を遠ざけ
誰よりもその在り方を愛した
偽物の道化はその在り方を知らない
俗物の英雄は大声で笑う
張りぼての英雄はからからと鳴いた
二十一の時、私は初めて人を愛した
周りは平凡な人だという
それでも、運命の歯車が回ったように感じた
日常に甘美が漂い
琥珀の酒場が彩りを見せた
微笑むだけで心臓が飛び出した
話すだけで脳髄が煮えたぎった
一緒にいるだけで浄土を覚えた
それでも、自分の想いは告げられなかった
私は小さな自負心を後悔した
私は後悔という言葉を辞書に加えた
二十五の時、私は自分の限界を知った
異郷で一人苦悩した
経験のないことにのたうち回った
肝臓がつぶれるほどに酒に溺れた
優しく迎えられた酒場を愛した
自分ができることなど小さいと知った
万能の自負心は微塵となった
自分の背に何もないことを知った
私は相談する母すらないことを知った
二十九の時、私は死を覚悟した
建物が脆いことを知った
大地が波打つことを知った
現代が星屑であることを知った
青春が輝かしいことを知った
死が隣で添い寝していることを知った
生が両手で必死につかむ物だと知った
冷蔵庫が愉しく跳ねるものだと知った
人がそれでも前向きに生きるものだと知った
今年、三十三となる
閏の度に物を知る
閏の度に我を知る
地球にとっての一拍の間に
私の苦悩と快楽は増していく
今年、三十三となる
立った今、私は何を見るのだろうか
生まれ堕ちて 鶴崎 和明(つるさき かずあき) @Kazuaki_Tsuru
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