四年に一度の星

四宮あか

四年に一度の星

 今から四年前、十歳の時――私は竜を見た。

 はるか上空を飛んでいるにも関わらず、圧倒的な存在感に私は息を飲み洗濯籠を放り出し竜を見上げ思わず走り出した。

 

 占い師のばば様に竜を見たというと、ケタケタとばば様は笑った。

「リタ。あんたはとってもついているよ。竜なんて普通に生きてれば人の一生で一度お目にかかれるかどうかなものさ。リタに天命がくだったのかもしれん」

 私のぼさぼさの赤毛をばば様は優しくなでてくれた。

「私すごいものを見てしまったのね」

「古からこの地ではこういわれている。竜を見たものは資格を得る。星降りの丘で星を拾いて竜に差し出せば竜と契約できる。なぁに、今夜がおそらくその四年に一度の日で近くを通ったのだろう。……竜は騒がしいのを嫌う、あまりこのことを言わないほうがいいぞ。下手をすれば権利を失う。なーんてな」

 そういって、ばば様はカッカッカと笑った。



『星降りの丘には四年に一度星が落ちる、だから夜遅くに家を出て遊ぶのは危ない』だなんて、これまで小さい子が夜家を抜け出さないようにするための大人が付く嘘だと思っていた。

 その日から私は竜と契約することを夢見た。




 そして四年後の今日。

 私は万全の準備をしていつもより早く寝どこについた。

 夕方まで降り続いていた雨は、不思議と私が食事を終えるころには止んだ。

 まだ地面はぬかるんでいるけれど、空には満天の星。



 今夜ならいける。

 私は髪を三つ編みで二つにくくると。

 弟の宝物の虫取り用の網をもち、毛布を首のところでぎゅっとしばりマントのように羽織った。

 そして、夜家を抜け出したことがばれないように、窓から外に飛び出した。

 頬に当たる夜風が興奮している私には冷たくて気持ちがいい。



 意気揚々と星降る丘に向かって進む私に声をかけてくる人物がいた。

「リタ……こんな夜更けに家を抜け出したりしたらおばさん怒るんじゃない?」

 まるで私が今夜抜け出すのを知っていたかのように、四年前から行商人見習いとしてこの村に度々やってくるようになった、一言多いおせっかいな友人テトが現れて声をかけてきた。


 テトは、私が竜のことを見たと知っている数少ない人物だ。

 行商人見習いであちこちに行く彼は、いろんなことを知っていた。

 テトに竜のことをしつこく聞く理由は何か? と聞かれたときに、他に理由など思いつかなくて、馬鹿正直に竜を見たからだと言ってしまった。

 その日からテトはいろんなことを教えてくれた。



 王都にも竜がいて、大きな式典の際には、民の前にも姿を現すことや。

 竜は二本の角があって、テトのような金色の瞳をしていて、全身が鱗で覆われていること。

 人語が話せることなど、この田舎では知りえなかったことを沢山、沢山。



「あーそうか。夕方までかなり雨が降っていたから、行商が今夜はこの村に泊まることにしたのね。ばれなければいいのよ。少し星降りの丘にいってもどってくるだけだもの一刻もかからないわ」

 テトは心配性なんだから。こーんなそばかすがあるぼさぼさ髪の女の子がどうなるんだと思うけれど、それを口にしたら怒りそうなので、そうは言わない。



「星降りの丘? なんであそこがああ呼ばれているか知ってるだろう。それにこんな時間に出歩いて魔獣と出くわしたりでもしたらどうするんだ」

「星降りの夜には、丘に竜が来るかもしれないからと魔獣が決して寄り付かないと教えてくれたのはテトでしょう。まぁ、星は降ってくるかもしれないわね。だって、それがあの丘の名前の由来だもの」

 私がそう答えると、テトは小さくため息をついた。

 そして、ため息のせいでずり落ちそうになった帽子を直し「しょうがないからついていく」と言い出した。

「まぁ、話し相手はいてもいいかもね」



 こうして、私とテトの星降りの夜が始まった。

「リタはどうして星を取りに行くんだ?」

「そんなの、他の人がとった星だと竜は契約してくれないと、ばば様が言っていたからよ」

「なるほど……じゃなくて、星を取るってことは、竜と契約したいってことだろ。どうして竜と契約したいんだ?」

 テトの言いたいことはなんとなくわかる。テトの話で、他に竜と契約した人物がすごい人たちであることを私は知っていたからだ。

 王様だったり、この国の重鎮だったり。竜と契約して力を得るということは、普通ではなくなるのかもしれない。

 でも、私がしたいことは、国が欲しいでも、魔導士として高められたいでもなく、かといって剣士として強くなりたいわけでもない。

「私は旅がしたいのよ」

「旅?」

「そうよ。竜の背に乗って世界を見たいの。でも、こんな片田舎の魔法も使えない、顔もこんなそばかすがあって癖っ毛の赤毛の女の子じゃ、都会で結婚するっていう夢すら見れないのよ」

 すでに行商人見習いとしてあちこちに行くテトにはわからないことよね。

「そんなの、竜と契約しなくても好きなようにすればいいじゃないか」

「女でそれも美人でもない私が別の土地で生きていくのは、きっとすごく大変だってこの年でもわかることよ」

 私はそういってテトを笑った。

 テトは男で自由な行商人見習いだけあって、村のことなどちっともわかっていない。



「村から出て旅をすれば、家族に今のように会えなくなるぞ」

「だから、竜と契約したいんじゃない。竜の背に乗れば、あっという間に千里をも駆ける。そしたら、旅の途中で寂しくなっても、つらい思いをしても、すぐに村に帰ってこれるもの」

「竜の飛行をそんなくだらないことに使うのか!」

「くだらないかどうかを決めるのは、テトじゃないわ――竜よ。そして、私の願いは私自身から見るとくだらないものじゃないわ。ほらみて、もうつくわよ」

 雨が降っていた道はぬかるんで何度も転びそうになるけれど、それでも私は星降る丘を目指した。

 丘へと続く少し足場の悪い道を渡りきると、そこは一気に開けて遠くまで見える。


 私は網を握りしめると、空を見上げた。

「さぁ、いつでも落ちてきなさい」

「そんなへっぴり越しじゃ無理だろ。第一、体に星が当たれば大けがするぞ」

「毎回一言余計なのよ。チャンスってものは、リスクなしには手に入らないものなのよ。ダメでもともとやるわよ」

 くるっと振り返ってテトに偉そうに言ってみる。

「無理だってわかっているならなんで……」

 私の回答を聞いて、テトは不思議そうな顔になった。

「テトにとってはくだらないことでも、それが私にとっての夢だからよ。私に権利が本当にあるなら、それこそ、何度だって挑んでやるわ」

 自由なテトには私のしがらみなどちっともわからないだろう。



 その時だ。流れ星が頭上でいくつも流れ出した。

 十や二十ではない、百、二百……いやもっと……、数えきれないほどの星たちが一斉に流れ出した。

『天命がくだったのかもな』というばば様の言葉が脳裏によぎる。

「テト、どうしよう。本当に星が落ちてくるかもしれない」

 流れ星に願い事をすれば叶う。その迷信を信じて、私は小さなときから部屋の窓から夜空を見上げてきた。でも、こんな風に数えきれないほどの星が流れたのを私は一度もみたことがない。

 思わず緊張で手が震える。

「何をいまさら、ここは星降りの丘。星が落ちてもおかしくないんだろ? 当たって死ぬなよ」

「縁起の悪いことを言わないで。私は星を捕まえて旅をするの」



 後はなんとなく、今だって思い私は思わず走りだす、首に縛った毛布がたなびいた。

 キラキラと光の粒がこぼれながら、落ちてくる星。

 ぬかるみに足を何度もとられながらも、私は落ちてきた星を取ろうと上を見上げて網を伸ばした。



 でも、本当は知っている。

 こんな速さで落ちてきた星など、竜の加護でもない限り、あっさり私が持っている網を突き抜けてしまうことを。

 それでも、私は目いっぱい腕を伸ばし星を望んだ。




 ずしっとリンゴほどの重さが網にかかった。



 私の持っていた虫取り網の中にはキラキラと青色にきらめく、ばば様の占いの館に並んでいる、どの鉱物よりも美しい大人の拳ほどの塊が入っていた。

「し、信じられないわ。テトどうしよう……。私星を地面に落とさずちゃんと取れてしまったわ。見てちゃんと輝いている。あーでも、どうしよう。星が本当に取れるだなんて考えてなかった。これっていつまで輝いているのかしら。竜と契約するには、きっと輝きが消えるまでに竜と出会わなきゃだめよね?」

 きらめく虫取り網に入った星を見て興奮しながら私は後ろを向いた。



 そこには、見慣れたテトが立っていた。

 だけど、帽子を脱いだ彼の頭には2本の見慣れぬ角があった。


『星を取るのは命懸けだ。ずるをしないか竜は傍で見守る。だから、権利がないものが星を買って竜の主になることはない』

 ばば様が教えてくれた言葉だ。


 竜には二本の角がある。

 竜の瞳は金色……

 ばば様に続いて、テトが教えてくれたことが、ゆっくりと思い出された。

 テトの姿が揺らいで、どんどんどんどん、大きくなる。

 全身を覆う鱗は、私が捕まえた星のようにキラキラと青色に輝いていた。

 大きな爪のある手が伸びで、星の入った私の虫取り網を掴んだ。

 


 そして、金色の瞳でじーっと私をみてこういったのだ。




「――――さぁ、契約をするのかしないのか?」

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