四年に一度のログインボーナス

椎慕 渦

四年に一度のログインボーナス


 「お誕生日おめでとうっ!でんしくん!

 すぺしゃるなボーナスがあるよっ!

 ”マイ画面”から受け取ってねっ! 

               ~ インフィニオン E子 ~ 」


短いバイブと共にスマホ画面に浮き上がってきたメッセージに、

この僕「位信伝史(いしん でんし)は困惑した。なにこれ?


インフィニオン・・・? 

E子・・・?

1分考えたら・・・あ!


あ~!これ!思い出した!


4年前、初めて買ったスマホに夢中で、いろんなゲーム

(いわゆるソシャゲ)に手を出した。

パズル、アクション、カードバトル・・・

無料プレイをいい事に、IDを作りまくったっけ。

その一つがこのRPG「インフィニオン」だったんだ。


ゲーム開始時、自分のプロフを入れるんだけど、

住所氏名年齢携帯個人番号そして・・・誕生日。

実は僕2月29日生まれなんだよね。閏年の。

他のゲームは2/28とか3/1に”誕生日イベント”が来てた。

だけど、このゲームってば律義に4年目の2/29に「お誕生日ボーナス」だって?

全然忘れてログインしてなかったのに?

てかまだやってたのかこのゲーム!


・・・・・・行ってみるか。


スマホの奥の奥の奥~の階層に隠れていた「インフィニオン」のアイコンを叩き、「login」ボタンを押す。


すると


「ひっさしぶりぃ~!待ってたよっ」吹き出しと共に

画面の外からぴょこんと顔を出す奴がいる。

タンポポみたいに広がる黄色の髪に新緑色のレオタードみたいな服、

腰の周りにフラフープみたいなリングが浮かんでいる。


「E子はいい子!とってもE子!マジメで誠実!うそつかない!」


なんかテンション高い。これがE子?。


「こんな奴いたっけ?てか中世RPGなのに未来っぽい見た目だな。世界観ちがくね?」僕がつぶやくと

「ひっど!言うかなソレ!女の子に!」ほっぺを膨らませて言い返してきた!

スマホの中のキャラが!「へげ?聞こえてる?」

「あ~知らなかった?アップデートVer7.1以降、

音声認識機能とリンクしてプレイヤーさんと

お話しできるようになったんだよっ」


「そ、そうなの?まあいいや。じゃ~くれよ”誕生日ボーナス”」

するとタンポポ頭の表情が曇った。「それが・・・」


「ないの」

「なんだよそれ!」


「奪われちゃった」

「誰に?!」


「最後の竜”ジエンド”に」

「ラスボスじゃん!」


「取り返さないと」

「無理!僕無課金プレイヤー!LV1!HP5!」



「でも倒さないと手に入らない」

「じゃいいよ!どうせろくに遊んでないゲームなんだ。

”誕生日ボーナス”ったって、大したもんじゃないんだろ?いらないよ」

すると

「だめ!これはでんしくんにとってすごく大切なもの。

絶対に取り戻さないと!」ひどく慌てている。

「・・・わかったよ。どうすりゃいい?。

僕”始まりの宿”からろくに冒険出てないけど」


「”マイ画面”に。そこにジエンドは来てる」

「近いな!てかなんの装備も無いんですけど!」


僕は画面の”もう一人の僕”を眺めた。

パンツ一丁の裸の少年が突っ立っている。

(恥ずかしい気持ちを掻き立てて有料アイテムを買わせようって腹だな?

そうはいくか)と貧乏中学生の僕が断固無課金を貫いた結果の姿だった。

まあ、まめにログインしてミッションこなしてれば

それなりの服も武器も貰えたろうけど・・・。

ふいに画面の端からE子が顔を出した。

真顔だ。


「急いで。世界は閉じかけてる。E子がサポートするからっ!

がんばれ!でんしくんっ!」


閉じかけてる?世界が?どういう意味?訳が分からないがとにかく僕は自キャラを操作して”マイ画面”の中に入っていった。そこは・・・


異様な光景だった。そこは本来ならバトル画面でも何でもない、僕自身のステータス画面のはずだ。だが、


名前 でんし

職業 せんし

年齢 16

住所・・・そこに噛り付いているドット絵の怪物がいる。

どす黒い紫色の体に大きな翼、その表面を稲妻がのたくっている。

牙だか歯だか区別のつかない汚い、だが恐ろしげな口を開いて

そいつは僕の”住所”欄をむしゃむしゃと喰らっている。


”最後の竜”ジエンド。


なんだか知らんが、自分のステータスを食われているのは

気分のいいもんじゃない。素っ裸の僕はジエンドに近づいていった。

するとジエンドはこちらを振り向いた。「よこせ」口から

稲妻のような炎が漏れ出す。「お前の すべてを よこせ!」

青白い爆炎が僕を包む!死んだ!当然だ!LV1のHP5なんだから!

だがその時!


「チートアクセル”防御”!」


吹き出しと共に画面に飛び込んできた奴がいる。

タンポポのような頭と服はドット絵になっても相変わらずだ。


E子だった。腰のリングを新体操のように振りかざし

僕に光を当てている。ジエンドの炎は何度も僕に

浴びせかけられるがHPは5のままみじんも動かない。

何かの魔法をかけてくれたのか?

「大丈夫!勝てるよ!でんしくんっ!勇気を出して!」

言うやE子はもう一度リングを振った!


「チートアクセル”攻撃”!」


僕の素手が光りだした。これで殴れと?

僕は効かない炎を吐き続ける竜に近づき、攻撃アイコンをタップする。

進み出た自キャラが竜の腹を殴ると・・・

信じがたい事にその一撃で巨大な竜は吹っ飛んだ!


激突したステータス画面の縁が歪んで表示が崩れている。

まるで異常を起こしたパソコン画面みたいに。

吹っ飛ばされた竜はのたうっている。僕が殴った部分は

どす黒い紫から灰のように白茶けた色に変色している。

「超効いてるじゃん!」僕は思わず声を出した。これなら余裕超楽勝!

だがしかし!


手負いのジエンドは、とどめを刺そうと近づいた僕ではなく、

その後ろでリングを振るE子に炎の照準を合わせている?まずい!

「E子!避けろ!」叫ぶ僕の傍らを稲妻色の炎が駆け抜けた直後に

「きゃんっ」小さな悲鳴が聞こえた。振り向くとリングを取り落と

して倒れているE子が見えた。(僕に魔法をかけたぶん自分が手薄になるんだ)


復活した”最後の竜”がその口から炎を溢れさせながら近づいてくる!

どうする?僕は決心した「E子、魔法を解いてくれ!」

煤だらけの顔が驚いた表情で「それじゃジエンドには」

「防御はいらない、攻撃だけでいい、僕よりも自分を守れ!」

「駄目だよっ 君は無課金プレイヤーでLV1でHP5」

「攻撃食らわなきゃ関係ないさ、やってやる!」E子は唇をかんだ後、

ふっと笑った「信じてるよ でんしくんっ」リングを振り上げる。


「チートアクセル”防御”解除!」


スマホを握る手が汗ばむ、指が滑ってうまく操作できない。見た目は変わらないが今の僕に魔法の盾はない。

LV1のHP5、炎どころか撫でられただけでも即死。それでも!


ジエンドはとうとう僕の”なまえ”欄をかじりだした。

(いい加減にしろよこの野郎。人のステータスを)

だが今なら射程内まで近づける!僕は光る拳を握りしめ

貪り続ける竜に近づいて行った。ふいにジエンドがこちらを振り向く!

目が合ってしまった!くそっまだ遠い!ここじゃ拳は届かない!

開いた口から炎があふれ出す!畜生!ゲームオーバーか!

その時!


背後から「こら~!ボケ竜!こっち向け!」

見るとタンポポ頭のレオタードがリングを振り回しながら

ぴょんぴょん跳ね回っている。それにジエンドがわずかに気を取られたのを

僕は見逃さなかった。

すかさず懐に潜り込み、無防備などてっぱらにパンチを叩きこむ!


一撃!

二撃!!

三撃!!!


今度は竜は吹っ飛ばなかった。ただ殴った後から灰化する部分がみるみる広がり、煙を噴き上げながら枯れ木のようにやせ細っていく。やがて崩れ落ちた。


勝った。


でもおかしい、奴を倒したのにステータス画面は元に戻らない。

それどころか画面表示の歪みはどんどん広がりだしている?


「やったne でんしkuん」E子の声

「なんだ?文字がバグってるぞ」


「言った@deしょ?!¥ この世界はもうXX さ@すぐに{}&脱出」

リングを地面に立てた。

輪の向こうが白く輝いている。


「待ってよ。”誕生日ボーナスは”?ここまで苦労したんだ!よっぽどいいものだよな?」

「Aとde必zuわた#! 早+&*」


背中を押された僕は「え?E子!君は?」

「E子wa平気!心配無yo!」タンポポ頭はにっこり笑うと


「間に合ってよかった。ホントによかった。さよなら、でんしくん」


僕を光の中に押し込んだ。


次の瞬間、スマホ画面は真っ暗になり、アプリ

”インフィニオン”は消滅した。


呆気に取られて立ち尽くす僕の目を覚ますように短いバイブが鳴り、

何かメッセージが届いたことを告げている。僕はスマホを叩いた。


”ハッピーバースデー!でんしくん!君の個人情報を守ったよっ 

                  ~ E子のお誕生日プレゼント ~”


「・・・・・・なんだこりゃあぁぁ!」

衆目を集めるのもかまわず、がっくり膝をついて、僕は叫んだ。







「・・・リジェクト完了しました。」

「危ない所だったな。”インフィニオン”は無料を餌に集めたプレイヤーの個人情報を密かに外部へ流出させる悪質アプリだった。サービスは3年前に摘発、関係者も逮捕されているが、登録プレイヤーの個人情報は本人自らが削除しなければ逆に外部放出が始まる仕掛けになっていて我々では手出しができなかった。”彼”以外は処置が完了していたが、まさか閏年生まれだったとは。だがこれで終わりだ。”インフィニオン”を完全閉鎖した。E-coのおかげだな」

「主任!E-coの網に反応です。コード5neak、”振り込め詐欺”だと」

「着信元へE-coをコンタクト、警戒を促せ、それと・・・」





─ 20XX年。進化するスマートフォンとネットワークの裏で、同じように増加する悪意アプリからユーザーを保護するため、ニューロンOSの開発元は全アプリを監視、時に介入できるAIを組み込んだ。そのAIの名は ─





   「E子はいい子!とってもE子!マジメで誠実!うそつかない!」







おしまい



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四年に一度のログインボーナス 椎慕 渦 @Seabose

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