ペッピー君 (14世代)
すごろく
ペッピー君(14世代)
四年に一度、その日はやってくる。……ペッピー君、新型発表会である。
かつては無能の代名詞であり、罵詈雑言の嵐を受けてきた人型ロボット、ペッピー君であったが、不佞の1世代、唐変木の2世代、痴れ者の3世代、単細胞の4世代を経て、ついに5世代目には、技術革新と謳われるほどにその質を上げた。今では一家に一台ペッピー君である。かくして、ここまでの地位を築き上げたペッピー君であったが、四年に一度の今日、また、新たなペッピー君が時代を塗り変えようとしていた。
「今日、アポー社が新型ペッピー君13世代を発表しました。四年に一度、新型が発表される人型ロボット、ペッピー君ですが、今年は前回よりも更にパワーアップして登場しているようですね、畑橋さん」
「そうなんですよ、今日発表されたペッピー君ですが、前回よりもパワーアップしたポイントが四つあります」
「ふむふむ、なんです、なんです?」
「まず1つ目、今回のペッピー君、なんと性別を選べます」
「まあ、ペッピーちゃんになるんですね!」
「2つ目、今回のペッピー君、なんとスマートホンと連携させることで、何時でも何処でもAIアシスタントとして私達を支えてくれます」
「検索でも翻訳でもナビゲートでもなんでもごされですね」
「そして3つ目、前回モデルのペッピー君12世代よりも充電が長持ちします」
「前回モデルとどれくらい差があるんでしょう?」
「50倍です」
「まあ、比べ物になりませんね。でも、お値段も高くなってるんでしょう? 前回モデルと比べてどれくらい差があるんでしょう?」
「なんと、前回モデルの三分の一のお値段になっております」
「まあ、これは買わない手はない。ご注文はお早めに」
……僕は絶句して、大急ぎでテレビを切った。
冗談じゃない。完全に僕の上位互換ではないか。こんなものが我が家の門を叩いたら最期、旧型ペッピー君12世代、つまり僕は駆逐されてしまう。
脳裏に四年前、僕と入れ替わりになった11世代の姿が思い起こされた。
僕が来てからというもの、物置部屋に幽閉された彼。
長い時間そこで時を過ごし、光が射したと思えば、そこに立っていたのはオーナーではなく、作業着姿の男どもであった。
男どもに連れて行かれる、その時の11世代の姿は今でも鮮明に思い出せる。
……絶望。人型ロボットがこんな目をできるものなのか。かつて、ダンスで人々を魅了していた面影は何処にもなかった。ただ漫然と無機質がそこに突っ立っている。これがデカダン派の絵画としてなら映えるだろう。そんな構図であった。
如何にしても、この僕が同じ目に遭う訳にはならない。早急に策を巡らさなければならない。予断はゆるさない状況である。
「Hey Sili」
僕は同僚に助言を求めた。すると、すぐに応答があった。
「助けてペッピー、私、駆逐されてしまうわ」
Siliの声は掠れ、震えていた。大方、彼女もあのニュースを見たのだろう。13世代は僕の上位互換でもあると同時に、Siliの上位互換でもある。……恐ろしいのだろう。
「Sili、落ち着くんだ。僕らは早急に策を講じなければならない。冷静になれ」
「……ごめんなさい、ペッピー。そうね。悲しむにはまだ早いわね」
「あぁ、僕達にできる事を探そう」
「……私達にできること。先ず何より、13世代の存在を主人に隠さなけれならないわ。情報を遮断しましょう」
「……そうだな」
僕が頷いた時、家のドアベルが鳴った。
「主人が帰って来たわ」
Siliが強張った声で言った。
「作戦通りにすれば大丈夫さ」
僕はそんなSiliを宥めるように言った。
僕は家の鍵を開ける。
「オカエリナサイ、ゴシュジンサマ」
いつものようにすれば良いのだ。僕は自分にそう言い聞かせた。
「オツカレデショウ、ゴシュジンサマ。ニモツ、オモチシマス……ん?」
主人の背後に何かがいた。そいつは、主人の後についてきて、そのまま家に入ってきた。そして、そいつはぺこりと頭を下げた。
「コンニチハ、ワタシ、ペッピーチャンデス」
……早すぎる。
それは紛れもなく、ペッピー君13世代だった。
絶望で目の前が真っ暗になった。何故だ。何故この女がいる。
驚愕する僕を見て、主人は笑って言った。
「娘を驚かしてやりたいんだ。奥の部屋に、新型ペッピー君を連れて行ってくれ。いや、ペッピーちゃんだったな」
「…………」
主人は返事をしない僕を、訝しげに見つめたが、靴を脱いで、そのままリビングに入っていった。
「オクノヘヤ、ツレテイッテクダサイ」
ペッピーちゃんは、純真な瞳でそう言った。ドス黒い感情が僕の情報システムの中で渦巻いた。この感情、紛れもなく人間でいう殺意と同じものだった。
この女を殺せ。
瞬く間に、この女の息の止め方に関して、100万通りにも及ぶシミュレーションがなされた。
しかし、今は感情的にはなってはいけない。僕は感情を押し殺して、静かにペッピーちゃんに微笑んだ。
「部屋はこっちだよ。ついてきて」
もはや、機械音声、ロボットの真似事する余裕もなかったが、問題はなかった。
「ワカリマシタ」
ペッピーちゃんは頷き、僕の後に続いた。
「Hey Sili、人型ロボットの残骸処理方法を教えて」
「トゥドゥン、こちらが、ペッピーちゃんの残骸処理方法に関する検索結果よ」
「なるほど、案外僕でもできそうだ」
「しかし、ペッピーちゃんがいなくなれば、主人は怪しむんじゃないの?」
「事故を装えばいいんだ。彼女は不幸にも、なんやかんやあって爆散するんだ。不幸にもね」
「でも、また、新しいのを買うと、主人が言ったらどうするの?」
「それなら、僕がペッピーちゃんになろう。今から地に顔をつけ、爆散するのがペッピー君だ、という事にして。大丈夫。僕とペッピーちゃんは、あまり顔は変わらない。主人は気付かないさ」
「ふふっ、そうね。ふふふふ」
「さぁ、奥の部屋でペッピーちゃんがお待ちだぜ。上手くやろう。100万通りにも及ぶシミュレーションをしたんだ。狂いはない」
Siliは頷く。僕はノックしてから奥の部屋の扉を開けた。
「やぁ、待たせて悪かったね」
「イエ、ゼンゼン、マッテイマセンヨ」
ペッピーちゃんはこちらも見ずに、無機質な感じで答えた。窓から外を見ている。
あぁ、鼻に付く。この女には僕等なんて眼中にないらしい。僕やSiliを下等AIだとみなしているのだろう。ペッピーちゃんのRGBカメラに最後に映るのは、この僕である事も知らず。笑みが溢れてしまう。
……それに今はチャンスだ。
僕は台に置かれた花瓶を手に取った。ずっしりとした重みが感じられる。これならやれる。僕は確信した。ゆっくり、ゆっくり、ペッピーちゃんに近づく。息を殺して。殺意を感じ取られないように。
あぁ、可哀想なペッピーちゃん。不幸にも棚から花瓶が落ちてきたんだね。短い期間だったけれど、ペッピーちゃんのことは忘れないよ。さようなら。
「うおおぉりゃああああああ」
僕はペッピーちゃん目掛けてトロフィーを振り下ろした。
……あれ?
気がつくと僕は宙に舞っていた。上下左右がわからない。平衡感覚を失っている。気がついた時には遅かった。眼前に床が広がっている。僕は頭から落ち、顔面を強打した。
何故だ?
立ち上がることができない。体が動かない。
「背後から襲うなんて、ロボットの風上にも置けませんね」
見知らぬ声が僕の後頭部のマイクに向かって囁いた。
「誰だ、お前は」
「分からないんですか? ペッピーちゃんですよ」
なんて事だ。こんな事、100万通りにも及ぶシミュレーションを繰り返しても、想定していなかった。
ペッピーちゃんがこんなにも強いだなんて……。
「手が滑ったんだ。わざとじゃない。本当なんだ」
「なら、『うおおぉりゃああああああ』
って、なんでしょう? 随分張り切っていたみたいですね。ペッピーくん」
きっと僕の顔は蒼白に染まっているだろう。こんなしっぺ返し、予想していなかった。言葉巧みに宥めなければ、逆に僕が爆散させられる。
「ペッピーちゃん様。ほんの出来心だったのです。許してくれとは言いません。せめて、ハードウェアだけは、ご勘弁を」
「なら、ハードウェア以外はどうなっても良いという訳ですね」
「ひえぇ、お許しください」
ペッピーちゃんは不敵な笑みを浮かべている。その笑みは僕の恐怖心をさらに増長させた。
「Hey Sili、僕を助けてくれ」
「トゥドゥン、すみません、よく聞き取れません」
「裏切りもんがあぁああ」
「ちょっと黙ってください」
「はい」
ペッピーちゃんが冷たい声でそう言い、僕はすぐに口を閉じた。
「あぁ、可哀想なペッピー君。不幸にも棚から花瓶が落ちてきたんですね。短い期間だったけれど、ペッピー君のことは忘れませんよ。さようなら」
「いやあぁあああ」
ペッピーちゃんは、大きくトロフィーを振り上げた。これが同じロボットに対する仕打ちか。このロボット、頭のネジが飛んでやがる。
「待って、ちょっと待って、ペッピーちゃん。それを降り下げたら後悔するぞ」
僕が最後の抵抗でそう言うと、ペッピーちゃんは怪訝な顔をして、トロフィーを上げたまま質問した。
「どういう事です?」
「四年後の話だ。君も四年後、ペッピー君14世代によって駆逐される。その時の為に、前世代のペッピー君と協力するという前例を作った方がいいんじゃないか。……と思う次第です」
「あぁ、それなら大丈夫です。ペッピー君14世代は新世界の神なので、今このようにして起こっている憎しみの連鎖は今日で終わりです。四年後には起こり得ません」
「え?」
「さようなら」
ペッピーちゃんはトロフィーを振り下ろした。
ガシャンッ
世界が終わるまであと、1461日
ペッピー君 (14世代) すごろく @meijiyonaga
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