ゴーストデイ ~この日をきっと忘れない~

人生

 四年に一度、寿命が縮む日。




 俺に被虐趣味はないけれど、やはり実害のある方が記憶に刻まれるものだろう。


 人間というのは厄介なもので、楽しい想い出よりもつらかった出来事の方がより鮮明に記憶に残る。

 生憎と鮮明なのは情景でなく感情で、ムカついたとか悲しかったとか、そういう負の感情だけを際立って覚えている。


 しかしまあ、あれを負の感情といえるものだろうか。


 どちらかといえば「無」だ。あの頃の俺の心はただただ空虚、ムカつくことも酒をあおればただただ無と化した。


 しかしまあ、なんだ。

 まあ、人生っていうのは不思議なものだ。何が起こるか分からない、そんな言葉を信じていたのはガキの時分だけだったのだが、今はマジでそう思う。


 四年前の俺はきっと信じまい。

 社会の歯車としてきりきりサラリーしていたこの俺が、今やJIINを任された一人の『防主ぼうず』だなんて。


 しかも、書類上は子持ちである。


 これにはほんと苦笑いしかないのだが、きっと四年前の俺は無表情で、子どもの世話とか損得勘定に忙しく心を虚無らせるのだろう。


 まったくもって笑えない。

 四年で人は変わるものだ。


 ……ところで、なぜ一年前じゃなく「四年」単位で話しているかといえば――




                   ■




「明日はゴーストデイだよ、バッカスさん! 四年に一度、にちなんでお化けたちがパーリナイするJIIN大迷惑なクレイジーサンデー!」


 こういう横文字の殴打を受けると、サラリー時代のトラウマがうずいて仕方ない。


 頭の悪い上司が自分でも意味の分かってなさそうな英語をまくしたてていたのを思い出す。

 一方で頭の良い社長なんかは自然と出てきちゃうようで、一般ピープルな俺などは社長の演説の60パーくらいは脳内補完していたくらいだ。


「朝っぱらからうるせえな。明日の話なんかしてたら鬼に笑われるぞ」


「ずいぶんと気の短い鬼だね! 将来見据えて貯金するよりも、たまにはパーッと贅沢するべきだと思うけどなあたしは! 考えるのは明日明後日今月の生活費くらいでじゅうぶんなんだよ!」


 朝からきゃんきゃんうるさいこのクソガキは、たぶん書類上は俺の子どもということになるのだろう。


 実情を語るとめんどくさいが、こいつは俺の親父の養子で、親父が死んじまったために俺が引き取ることになったのだ。

 場合によると俺の〝妹〟なんてことになるのかもしれないが――ともあれ。


「ゴーストデイ? あぁ、うるう年ってやつか――」


 そんなもの、すっかり忘れていた。

 というかもう月末なのかというくらい、最近は毎日があっという間に過ぎて行く。


 ほんと、ちょっと前までの俺にとって、うるう年なんてのは月が一日長くなって迷惑で仕方なかったんだが――いや、そんなことも気にならないくらい、サラリーしていた俺は毎日忙殺されていた。社会に会社に謀殺されるのではというくらいに。


「で、〝ぱーりない〟ってなんだ。方言か」


「えーっ!? バッカスさん知らないの? このJIINの子でしょ? 四年に一度のゴーストデイ! お化けがお墓を荒らすんだよ!」


「あぁ……そういえば……」


 俺がまだ社会に出る前、それこそこのクソガキくらいの頃だ。いやもっと前か? まあいいか。ともかくそんなガキの頃、このJIINで起こった事件を思い出す。



 ある朝、JIINの敷地内にある墓地がぶっ壊されていたのである。



 それは三月一日の出来事で、事件自体はその前日、つまり二月の二十九日に起こったと思われる。


 いったいぜんたい何が起きたのか、とある墓標を中心に、他の墓石が砕かれていたり吹き飛んでいたり、芝生が軽く焼け野原になっていたり。

 本当に何が何やらな大事件はその年だけに終わらず、その四年後、また起こったのだ。


 たぶん、毎年――うるう年のある四年ごとに、その事件は起こっていたのだろう。

 それは俺が久々に帰省したJIINが監視カメラやら人感センサーでハイテク化していたことからも窺える。

 俺は社会に出てJIINとはまったく縁を切っていたから、今の今まですっかり忘れていたのだが――


「そうか、明日がその日なのか……」


 ごくり、と固唾を呑む。


 四年に一度起こる、謎の大量破壊――それは、サラリーマンしていたのが馬鹿らしくなるくらいのJIINの稼ぎに、帳尻を合わせるに足る大損害をもたらす。


 まるで防主としての稼ぎは全てその日のためにあったのではないかというほどの大赤字――あぁ思い出した、親父が血の涙を流しそうなほど壮絶な顔をしていたこと。


 いったい何者の仕業なのか、どうやら未だに明らかになっていないらしい。


「あたしが拾われたのがゴーストデイがある年の一月だったからさぁ、先代バッカスさんいっつも言ってたよ、『お前は疫病神だー』って」


「まったくもって同感だ」


 そんなヘコみそうなことをひょうひょうと語れるあたり、親父とこのクソガキの間柄が垣間見える。


「というか、お前じゃあ何歳だ? 四はねえから、八歳……」


「十二だよ!」


「一桁台の見た目してるけどな」


「きーっ!」


 まあ十も十二も大して変わらない。俺にとっちゃ十代なんてどれも同じガキだガキ。


「次のゴーストデイなったら、あたしだってもう結婚できる歳なんだからね! 一国ひとつくに憲法じゃ立派なレディーなんですー!」


「へいへい、さいですか。来年どころか四年後の話なんて、鬼も大爆笑もんだわな」


 まったくもって笑えない。こいつが結婚? マセてんじゃねえよ。


 まったくもって……想像できねえな。


「四年後ねえ……」


 先を思うとずいぶん遠くに感じるが、これまでの四年は振り返ると本当にあっという間だ。

 それだけ、何もなかったからだろう。繰り返しの、社会の歯車として忙殺される日々。無感情に機械的に、ただ机の上で書類やパソコンの画面を睨んでいたり、たまに人に会ってはその顔色を窺っていた。


 だけど、この一年は違う。いろんなことがあった。

 いろんな人に会って、いろんな経験をした。

 やはりつらい記憶ばかりが身も心も苛むが、それらを「過去」にするくらい、今がとっても輝いている。

 特に目標ノルマがある訳ではないが、それでも日々を頑張れる。


 そんなことを思い出したきっかけはあれだが、たぶんそういうことでもない限り、四年後だとか四年前だとか、人生について考える機会もない。

 日々に忙殺され、俺にとって自分の誕生日なんて平日か休日かの違いでしかなかったし、このクソガキも自分の誕生日なんて知らないから、俺たちのあいだに記念日といえるようなものはない。

 毎年とか定年に決まって行われる行事なんてものにも興味はないから――記念日といえるようなものじゃないが、このゴーストデイというのは一つの良い契機ではあるのだろう。


 まったく、四年前の俺は人生損してたよな。

 昨年はケーキを喰ったぜ、塩辛かったけどな。


 いや……これまでがあったから、きっと今、この喜びを噛み締めているのだろう。


 ……なんてな、きれいごとだ。




                   ■




 ――あぁまったく、ほんとにきれいごとだよ。


 翌日。


「はあ……!? なんで監視カメラに何も映ってないんだよ! つーかこれ絶対何か爆発とかあっただろ!? どうしてその音で目覚めなかったんだ俺たちは!? というか昨日の朝からの記憶がない!?」


 そして俺の中のサラリーマン(経理)が目を覚ます。この修繕費、いったいおいくら億円するんだ!?


「先代バッカスさんも言ってたよ、監視カメラのコードはいつも切られてるって……だけど今年は安心してバッカスさん! こういうこともあろうかと、あたし、カメラ仕掛けてたんだ!」


「あ? どこに――」


 焼け野原と化した霊園の、恐らくは爆心地――ひっそりと佇む、泥と花びらに塗れた一つの墓標。


「このお墓だけは核シェルター並みに毎年無事だから、墓石に穴開けてカメラ仕込んどいたんだ!」


「仮にもJIINの娘がすることか!? いや、でかした! これでこんなことした犯人に積年の損害賠償請求をしてやれる――密かに街の平和を守る〝防主〟のJIINに手ェ出したこと、後悔させてやらあ――」


 俺たちはカメラの画面を覗き込む。

 そして揃って悲鳴を上げた。



 巨大な瞳が、俺たちを見返していたのだ。



 ――その日、俺の人生にまた一つ、新たなトラウマが増えたのだった。



 怒り、そして「無」――四年後も同じ思いはしたくない、と。

 四年後もまた、思うのかもしれない。



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