四年に一度のエイプリルフール
山本冬生
あなたと私のひとつの約束
四年に一回だけ、嘘をつく決まりを作りました。
「大好きよ」
『僕も──だよ』
彼と私の絶対ルール。これを破ることは絶対に許さない、暗黙のルール。
「好きよ、あなた。大好きだよっ」
『僕も──だよ』
周りの催促に嫌気が差した私たちは形だけの夫婦となった。お見合いによる偽装結婚、仮面夫婦も楽じゃない。だから、周りへの仲良しアピール兼本音暴露大会。四年に一回だけの、エイプリルフール。そのルールを破ることは、許さない。
「あなたの優しいところがすごく好き」
あなたの冷たいところがすごく嫌い。
「たまにお仕事から早く帰って来て温かいご飯を嬉しそうに食べてくれるのを見るのがすごく好き」
毎日毎日、仕事で帰って来ないから冷たいご飯を作り置き。美味しくなさそうに食べる姿を想像するだけですごく嫌。
「こんなに大好きなのに」
こんなに大嫌いなのに。
「こんなに寂しくて辛い思いをするくらいなら」
こんなに賑やかで楽しい思いをするなら。
「あなたと結婚、しなきゃよかった」
あなたと結婚して、本当によかった。
リビングに置かれたイスとテーブル。あなたと決めた、落ち着きのあるテーブルクロス。イスに腰掛け、私はそこに座っていた。向かい側には誰もいない。
ポツンと置かれたボイスレコーダー。繰り返される、レコーダーに刻まれた『僕も──だよ』という台詞。あなたは何を伝えたかった?
「好きよ。本当に、大好きっ」
『ジジジッ……僕も──だよ』
私の耳にはノイズ音が響いて何を言っているのか分からない。
「会いたいよ」
会いたくないよ。
『ジジジッ……僕も──して……ジジッ……るんだよ』
聴きたくない聴きたくない。私には何も聴こえない。
「うそつき」
正直者。
『僕も──愛してるんだよ……』
「愛してるなんて、少しも思ったことないくせに」
四年に一回だけの約束の日。その日以外出るはずのない台詞。それを約束の日が来る前から言うなんて、酷いルール違反。でも……。
「許さないわ」
許してあげる。
だって私もうそつきだから。約束の日までまだ時間があるのに、うそを重ねる私が、一番のうそつき。
「ずるいひと……」
真面目なひと。
「どうか無事で、帰ってきて……」
仕事に行ったまま帰って来れないあなた。私はひとり、待つことしかできない。あなたの無事を願いながら、うそをつく日がうそだと気づかないように、今日もまた遅くまで起きてうそをつく。
そのまま突っ伏して眠ってしまったのか、体が寒い。でも目を覚ましたくない。あなたがいない現実に耐えられそうもないから。いつの間にかボイスレコーダーも止まってる。電池切れかしら?
ふわりと頭に乗せられるタオルケット。
「寝るならせめて、髪を乾かしてからにほしいな」
帰って来たあなた。
ふと時計を見ると、とっくに日付が変わってる。
ふたりで決めた約束の日に、あなたは帰って来た。それなら約束の日のルール、スタート。
「お帰りなさい。今日も帰って来ないから、心配したのよ?」
「ただいま。僕だって心配したさ。可愛い奥さんがこんなところでまた髪も乾かさずに寝てると知っちゃったからね」
「あら。帰ってきてすぐお説教?」
「風邪を引いてほしくないんだ。苦しんでる君を見るのはすごく辛い」
「私だってあなたに倒れてほしくないわ。こんなに愛してる夫が仕事に出てから帰って来ないんですもの」
「すまなかった」
「いいわ。許してあげる。その代わり、キスして?」
「はいはい。分かりました」
約束の日の名前はうそをつかない日。四年に一度のトゥルーエイプリルフール。この日以外、たくさんうそをつき続ける私のために作った日。あなたとたくさんお話をして、本当のことを伝える日と、あなたと私で決めました。
「大好きよっ」
「僕もだよっ」
四年に一度のエイプリルフール 山本冬生 @Fuyutoyuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます