節目の日、四年後のわたし

大宮コウ

無題

 カシュ、とプルタブを開ける小気味いい音が鳴る。

 缶に口をつけ、傾けて、彼女は一言。


「お酒というのも、意外と、おいしいものですね」


 四条は自信ありげにいってみせる。しかしアルコール度数は3%。チューハイはほとんどジュースみたいなものだけど、気に入ったのならよいことだ。

 俺たちは大学生らしく、宅飲みをしていた。何も珍しいことではない。とはいえ、目の前にいるのは初めて一緒に飲む相手。

 四条華。大学一年生。二学年下で、二歳下の後輩。


「酒くらい、初めて飲むわけじゃなかろうし」

「初めてですよ。法令厳守です」


 彼女の表情はいかにも真面目だ。一方で、その顔は頬が赤く染まっていて、身体をゆらゆらと揺らしている。アルコールには、あまり強くはなかったらしい。


「お前、一浪してたんだな」

「そうですよー。先輩と一緒です」


 こいつに話した記憶はないのだが、おおかた、酒に酔ったときに話してしまったのだろう。

 四条とは珈琲研究サークルの付き合いだ。飲みサーは飲みサーでも飲む対象が違う。稀に企画される飲み会も、未成年に酒を勧める度胸のあるやつらもいない(俺も含めて個人個人は酒好きなので、後輩の前で勝手に飲んで勝手に潰れている)。


「未成年の同期の他の子たちと一緒に飲むわけにもいかないので」


 とのことで、ちょうどサークル棟で暇そうにしていた俺に白羽の矢が立ったのが一時間前。彼女の初酒購入をみてやって、つまみを作って酒盛りを始めたのがつい先ほど。

 四条はハイペースに飲んでいるが、ほどほどのところで止めてやるべきだろう。自分は止まらないが後輩は止める。珈琲研究サークルの鉄の掟である。


「四条」

「はい?」

「誕生日、おめっとさん」

「はい! ありがとうございます! 先輩、かんぱーい!」


 改めて祝えば、四条はご機嫌に缶と缶を合わせて鳴らす。これで二度目である。「先輩と乾杯って似てますよね」などのたまうし、ずいぶん出来上がっている。

 水道水を入れて渡してやれば、彼女は大人しく飲み干してくれた。


「にしても、今日が誕生日だなんて珍しいよな」


 今日は二月二十九日。四年に一度のうるう年。そんな日が誕生日なんて、狙ってもなかなか難しい。


「よく言われますー。結構気にしてるんですよ」

「そんなもんか」

「そんなもんです。うるう年じゃない時は二月末に祝ってもらうんですけど、やっぱり、ちゃんと自分の誕生日に祝ってもらえるのは嬉しいですね」

「もっと早くいってくれりゃ、なんか用意してやったのに」

「やだなー、先輩にそこまでの甲斐性は求めてませんよー。無理しないでください! それに、こうして祝ってくれてるんですから」


 ばっさりといわれてしまうが、彼女の指摘の通りであった。俺の基本的な口癖は「金がない」。今日だって、居酒屋で飲むのをケチって自宅で酒と飯を振る舞っている現状だ。バイトに追われるひとり暮らしは、とにかく金がないのである。

 宅飲みを提案したのは俺だが、受け入れたこいつもこいつである。一応男の一人暮らしに来るのはどうかと窘めたが「先輩にそんな度胸ないのは分かってます」と返された。

 腹いせに苦手だと話していたピーマンをつまみ代わりに出してやっても、うまいうまいと食っている。醤油で炒めて鰹節をかけただけのそれを一つ口に入れてみれば、我ながらよくできていた。


「誕生日って、やっぱり楽しいですね」


 なんの屈託もなく言う後輩。彼女を前にして、昔は自分もこうであったのかと思いを馳せる。

 二十歳の誕生日は特別だ。酒も煙草も解禁される。世間一般からは、より大人とみなされる。

 しかし二十二歳にもなれば、誕生日なんてただの日常の延長線上に近い。きっと、歳を取るほどにこの感覚は強くなる。

 二十歳というのは、きっと、最後の節目の歳なのだ。


 酒を飲んで話をするのを続けていれば、話題も尽きてくる。まだ二十二時、そろそろ帰れといえば、先輩はそういう人ですよね、と何故だか笑われた。


 四条を駅まで送った別れ際。


「次の誕生日には、何か用意してくださいね」


 四条はそういって、改札を早足に通り抜けた。

 酔っ払いの戯言だ。特に深い意図はないのだろう。

 夜風で冷えた頭で、四年後、まだ先のいつかを思う。

 彼女の正しい誕生日まで、果たして付き合いは続いているのだろうか。

 四年後の今日。彼女のことを思い出せたらいいなと願う。

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