先輩と誕生日
不知火白夜
2月29日
高校一年生の男子、
先輩の名は
しかし一応同じ地区内であること、何故か龍次が敦貴をやたらと気にかけてくれることなどから、幼い頃から頼りにしている相手だ。
さて、その龍次がどのように変わっているのかというと、彼は、2月29日――敦貴の正式な誕生日を毎回豪勢に祝ってくれるといったところだ。
閏年以外も毎年3月1日にも必ず祝ってくれるのだが、その日だけは少し違う。例えばプレゼントが豪華なのだ。
たとえば、4歳のときは当時の敦貴が好きだったお菓子を。8歳のときは好きだった漫画を。12歳のときは本を。ただの「おめでとう」の言葉だけでなく豪華なプレゼントを渡してくれる。何故こんなにもプレゼントを贈ってくれるのか不思議に思っているが、貰えるならとありがたく受け取り、今に至る。
そして16歳の今回は、日付が変わったばかりに届いたメッセージが、プレゼントについての説明をしていた。
『誕生日おめでとう、
『なにか食べたいものや欲しいものがあれば教えてくれ。奢るし買ってやろう』
どうやら龍次は、敦貴に物品としてのプレゼントだけでなく、食事を奢る予定らしい。
夕方、敦貴が龍次と約束していた時間より少し前。敦貴が部屋で支度をしているとコンコン、とノックの音が響く。その後に聞こえた声の主は、敦貴の姉だった。どうぞ、と声をかけて、彼は財布を鞄に入れる。
「敦貴、準備できた? 龍次くん来たよ」
「分かった、すぐ行く」
「忘れ物ない?」
「うん、大丈夫」
予想外の早さに内心驚いた敦貴だが、落ち着いた様子で鞄を手にし部屋を出て、玄関に向かう。
普段そんなに履かないいい靴を履いて、姉に行ってきますと口にして玄関を出ると、冷たい風が頬を撫でた。
少し薄暗い空の下、門扉の傍でスマートフォンを見ていた龍次が白い息を吐いた。敦貴より小柄で
「龍次さん、お待たせしました」
「お、あぁ、敦貴。久しぶり。誕生日おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
声に気づいた龍次が、スマートフォンをコートのポケットに滑らせ僅かに口角を上げる。鼻の頭がほんの少し赤くなっていて、随分待たせてしまったような感覚になる。
――そういえば、龍次さん車持ってたよな……車で待ってたらいいのに。
抱いた疑問を口にすると、どうやら近所のスーパーに車を停めて歩いてきたらしい。なんでも、数分とはいえ家の前に車を置いておくのは邪魔になると考えたようだ。気をつかってくれているようで、そこはありがたいものではある。
「少し歩かせるが、悪いな」
「いえいえ、大丈夫ですよ。気にしません」
「そうか。……ところで欲しいものは聞いたが、食いたいものは聞いてなかったな。何が食いたい?」
「肉が食べたいです」
「肉か。なら、隣町の店にでも行くか。そのあとは本屋で、お前の読みたい本を買おう」
「ありがとうございます」
薄暗い中、スーパーまで二人で歩いて、彼の持つ白の乗用車の助手席に乗る。少し煙草のにおいが鼻につく車内で、二人で適当に話しながらステーキチェーン店へと車を走らせた。
「いらっしゃいませ、二名様ですね。喫煙席禁煙席どちらになさいますか?」
「喫煙……いえ、禁煙席で」
店員の案内に答えた龍次は、いつもの癖からか喫煙席と口にしたが、慌てて訂正して、案内された禁煙席に腰を下ろす。
メニューを開いて注文を済ませたあと、お冷をひとくち飲んだ敦貴は、龍次に目を向ける。
「龍次さん。改めてありがとうございます、食事、誘っていただいて」
「別にいい。僕が奢りたいだけだからな。存分に食え。そんで、改めて、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます。……ここまで来てなんですが、申し訳ないですね」
「気にするな。僕がお前の誕生日を祝いたいだけだ」
「あ、ありがとうございます」
礼を述べながら、敦貴は今になって思う。
――何故、龍次さんはこんなにも僕を祝ってくれるのだろう。
思い返せば、敦貴が幼稚園児の頃から龍次は面倒を見てくれるし、何かしら祝ってくれる。小さい頃は親があまり家にいないことも関係し、とてもありがたかったが、段々単純に疑問に思うようになっていた。
この際、聞いてみようかと敦貴は考える。嘗ては、姉に気があるのかと邪推したこともあるが、姉への態度はあっさりしたもので、どうもそんなふうには見えない。となると疑問だ。
その頃、目の前にジュウジュウと音を立てたステーキのセットが置かれた。敦貴には分厚い肉と添え物の野菜が盛り付けられた熱い鉄板のプレートと、スープやライスのセット。龍次の方はハンバーグと野菜が盛られたプレート単品。自分が高いものを頼んだから、その調整かと思ったが、彼は元々少食気味であったことを思い出した。
「ほら、食え。遠慮するな」
「あ、はい。いただきます。……美味しいです」
「ならよかった」
分厚い肉にナイフを通して頬張った。美味しい。ソースと絶妙に絡み合った柔らかい肉を堪能していると、龍次が口を開く。
「学校はどうだ。楽しいか」
「えぇ、まぁ。勉強もなんとかなってますし、楽しいですよ。友達もそれなりにいますし、部活も楽しいです」
飲み下して返答すると、龍次は少し安堵したように表情を緩めた。
続けて彼は家族とのことも訊ねる。両親との関係を心配しているらしいが、最近は特に問題もない旨を伝える。龍次は少し心配そうに顔を曇らせたが、何かあったら頼れるかもしれない相手がいるのは安心できる。
他にも龍次の仕事のことなんかをある程度聞きながら、話が落ち着いたところで気になっていたことを聞くことにする。
野菜まで綺麗に食べきったプレートにフォークを置いて、お冷で口直しをして小さく名前を呼んだ。
「龍次さん」
「なんだ」
「龍次さんは、どうして、毎年誕生日を祝ってくれるんですか。しかも、2月29日には、他の年より豪華ですよね」
「……誕生日はめでたいし、しかも2月29日生まれなんて、珍しいじゃないか」
「それはそうですけど、でも、こう長年に渡って祝われてると、珍しいからだけではない気がするんですよね」
「……なにか、ちゃんとした理由がほしいのか」
「多分、そうです。年も結構離れているし同じスポーツクラブだったなんてこともない。なのに、こうして気にかけてもらって、交流があって、四年に一度こんなふうにプレゼントなんて貰ったりして。……変わってますよ」
「……そうか」
添え物の野菜を綺麗に食べきった龍次は、途端に真剣な顔つきで黙り込む。眉間に皺を寄せて悩む彼は、理由か、と呟いて小さく唸る。腕を組んで、首を傾げて、煙草を手にしようとして慌てて辞めて。たっぷり時間をかけて悩んだ龍次は、はぁ、と短く息を吐いて、憂いを帯びた様子で言い切った。
「悪い、言えない」
「え?」
分からないではなく言えない。予想外の返答に面食らったが、言えないと言っているものを無理矢理言わせるつもりは、ない。
龍次は、意志を口にしたあとも不安げに目線を泳がせている。ハッキリと理由を言えないことも、その後の敦貴の反応も気がかりなのだろう。これはいつまでもぽかんとしている訳にもいかないと、グラスを手に喉を震わせる。
「……そう、ですか。なら、仕方ないですね」
「は」
「言いたくないなら、仕方ないです。気になりますけど、いつか言う気になったら、言ってください」
「……あ、あぁ」
敦貴の返答に、暗かった表情が俄に明るくなる。安心したように口元を緩めた彼の心情を無理に暴くなんて、流石に嫌だった。いつか言ってくれるのならば、それを待ちたいし、言ってくれなくても誕生日を祝われるのはとても嬉しいことなのだから。
そしてそれから四年後。二十歳になった誕生日に、意外な理由が明かされるなんてことは、全く予想だにしていなかったのだが――それは今の敦貴にはどうにも分からないことである。
先輩と誕生日 不知火白夜 @bykyks25
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