四年に一度の大決戦!!

ぎざ

僕の持てる力の全てを込めた、最大の一撃を

 僕が覚えている限り最初にその声を聞いたのは、僕が生を受けて4年目の頃だった。

 父さんの一撃に苦しむ魔物の叫び。その声はなんだか不思議と懐かしい気がした。


 父さんは勇者だ。魔物をすべて駆逐し、魔王城にたどり着いたが、魔王は戦闘の途中で絶対防御形態モードに移行した。


 なんと、4年に1度しか攻撃が通らなくなったという。


 父さんが僕を拾ったその日、最初の攻撃が入った。ただの通常攻撃だったという。

 世界中に、つんざくような悲鳴が轟いた。それは世界のちょうど裏側の町にも届く悲鳴だったという。しかし、その悲鳴はその後4年にわたり、轟くことはなかった。


 最初の攻撃から毎日、毎ターン、父さんは攻撃を続けた。まさか、4年に一度しか攻撃が効かないなんて思わなかったという。


 毎日、毎ターン攻撃を繰り返し、次にその攻撃が魔王に通ったのはちょうど4年後の今日、2月29日。以前聞こえた、世界を駆け抜ける悲鳴が聞こえた。あの特徴的な声は、父さんもよく覚えていて、その日付も覚えていた。2月29日。それからまた、毎日、毎ターン、悲鳴の無い、攻撃した手ごたえのない日々が始まる。


 8つの頃から、僕は父さんの旅に参加していた。父さんが魔物を残さず駆逐していたおかげで、幼い僕も父さんの旅に同行できた。魔王以外の魔物はすべて父さんが倒していたからだ。


 僕が生まれて8年目の時、絶対防御形態モードに対して3回目の攻撃のときだった。その時、父さんは32歳。武器は当初は片手剣だったが、両手剣に変えていた。一撃の重さを大きくするためだ。

 そして、その一撃を与えて、例の悲鳴が轟いたとき、確信したらしい。この形態モードの魔王にダメージを与えられるのは、4年に一度、この2月29日しかないのだと。


 絶対防御形態モードは4年に一度しかダメージを受け付けないという絶望的な能力だが、逆にその間魔王は一切の行動ができない。


 そして、勇者側は、4年に一度しか攻撃を与えられないからこそ、その一撃を研ぎ澄まし、大ダメージを与えられるように試行錯誤を重ねることになった。


 勇者は片手剣から両手剣、両手剣から両手斧に己を鍛錬し、装備できるように筋力を上げ、その一撃のダメージ量を増やすべく、修行を行なった。


 僕が生まれて12年目の日、4回目の攻撃時、父さんは36歳だった。軋むからだにムチ打ち、浴びせた両手斧の奥義、『ジェノサイドノーサイド』によって、過去最大のダメージを魔王に浴びせることになった。


 が、その攻撃を最後に、父さんは勇者を引退することになった。その後、僕が勇者を受け着いだ。


 一撃に最大ダメージを。連撃や追加効果付きの攻撃は一切意味がない。ただ一撃必殺に特化した攻撃を模索し、研究する日々が始まった。

 父さんのような歴史や鍛錬は僕には無かった。ただ、父さんが使えなくて僕が使える魔法の分野で、なんとか父さんが築き上げてきたダメージの壁を越えたかった。


 僕が独学で編み出した魔法と攻撃の融合。それに加えて魔法技術と武器の応用、魔法斧を完成させたのは、16になったときだった。


 魔法技術を使うことによって、さらなる攻撃力の増強と武器の軽量化に成功、魔法の詠唱も武器の中に組み込むことによって、ターン経過をほぼゼロにすることに成功した。


 実質1ターンで、魔法斧と魔法攻撃とを乗せた大ダメージを与えることができる。それを開発できたのは、父さんの力添えがあったからだ。


 父の若かりし頃の冒険、伝承として伝え聞く限りの冒険譚。それは一人の村人が、様々な人と助け合い、励ましあいながら作って来たコミュニティの輪、それがあるから完成したといっても過言ではない。


 世界屈指の武器職人、最硬度の鉄鉱石が獲れる危険地帯の鉱山の持ち主、魔法学の創設者にして、世界最高峰の魔術師、常識はずれの発明ばかりしていて敬遠されている孤高の天才、など。


 僕が普通の村人として、一生を終えるまでの間に出会えるかどうかさえ分からないような大人物たちは、皆、父である勇者に助けられて、力を貸してくれる同志だった。


 彼らの技術力、技、研究、その血と汗と涙の結晶が、この時の僕の攻撃力を作り出したといってもいい。この時、僕は4年前の父のダメージ記録を越えることができた。


 あと一撃を食らわせることができれば、魔王を倒せる。


 その後の4年の間に、僕はさらに成長を遂げた。


 魔王詠唱はコンパクトに、己の体に入れ墨で書き込むことによって短縮し、武器には攻撃力アップの呪文詠唱を別途書き込むことができた。

 魔力の無駄遣いも極力カット、魔法生成時にマナが使用ダメージに変換されない分が空気中にマナ漏れとして流出してしまう"マナ損失"を最小限に抑え、十二分にマナの力を攻撃力に変換できるようにマナをコントロールするすべを見出した。


 武器も斧ではなく、槍に変更した。斧が一番攻撃力を乗せる武器であるとされてきたが、攻撃も魔法詠唱も一点集中させるほうがより一撃にダメージを付与できるという研究が証明されたためだ。斧よりも槍の方が一撃の面積が少なく、突撃の力をもダメージに付与できるとされたためだった。


 唯一欠点は命中率が左右されることだが、相手は身動きをしないため、命中率は100%だ。


 鉄鉱石の研磨技術も改良され、槍の頭部分の鉱石はドリルのような加工を施した。より深くより傷つき、ダメージ量を増やし、身を抉るように改良された。返しをつけて、そのダメージから逃れることもできないようにした。

 従来の槍の形だと、刺した攻撃の勢いによって、魔王の体が後方に逃れてしまう。それを抑えるための返しだ。



 魔科学は魔王を倒すため、その一撃の一日を目指し、進歩を続けていった。



 そして、僕が生を受けて20の年。僕は魔科学の粋を集めた、攻撃力のすべてをぶつけ、今、魔王の命を狩り取ろうとしている。


 父さんは、僕の後ろで僕を見守ってくれている。父さんももう50歳だ。僕がこの世に生を受けて6回、たった6回目の攻撃。


 この攻撃で僕はすべてを終わらせるつもりだ。魔王を打ち滅ぼし、僕の父さんの、勇者という役割を引退させてあげる。世界を平和に変える。

 魔物は今やこの、何もしてこないだけの存在感だけはある塊、魔王だけだ。


 既に魔法詠唱は終わっていて、身体にセットされている。あとは、その発動起爆呪文を一言唱えればいいだけだ。


 魔法槍と、筋力と、魔法詠唱と、科学技術の極み。

 そして、父さんの想い。全世界の人間の想い。

 そのどれもが僕を支え、僕を励まし、僕の背中を押してくれている。


 魔王を倒す。


 僕は一撃を繰り出した。


 4年に一度、今までで最大の、大ダメージを。


 魔王の6回目の悲鳴が、まるで僕を祝福しているかに聞こえた。魔王はやぶれたのだ。



 その厚い皮を


 真の姿を表した。



「おやおや、坊や、大きくなって」


 中から出てきた真の魔王の姿に、僕は不思議に懐かしさを覚えた。


「0歳の時を除いて、5回、2月29日を迎えたのだから、坊やは20歳ね。おめでとう。私の声は聞こえたかい?」


 なんと、4年に一度の轟く悲鳴は、僕に向けた「誕生日おめでとう」の声だったという。彼女は僕の母さんだと。


 母さんである魔王は、絶対防御形態になって、厚い皮の中でじっと回復をしていたのだった。と同時に、下界に産み落としてしまった僕を憂い、僕の誕生日だけ防御を解いて、「誕生日おめでとう」を伝えていたのだという。


 あの悲鳴にどこか懐かしさを感じたのは、母さんの声だったから、とでも言うのだろうか。


 父さんが勇者。

 母さんは魔王?


 僕は最初、どうしていいか分からなくなった。


 父さんも、同じ気持ちだったのか、でも不思議と満ち足りた顔をしていた。これが熟練の勇者の落ち着きなんだろうか。


「お前が魔物の子だと言うのは気づいていた。魔王城のすぐ近くに残されていたし、肌の色も違う。角も、尻尾だって生えているじゃないか」


 僕が必死に隠していた事実、とっくに父さんは気づいていたみたいだ。


「お前が4つの頃だったかな。頭を洗ってやっていた時に、小さい角に気づいた。しかしその時にはもう私は、お前の父になっていた。お前を手放せなくなっていた。お前が魔物の子だとわかっていても、俺を父と慕うお前の成長が、俺の心の支えになっていたんだ」


 僕は、涙が止まらなく溢れだしていた。


「だから、いつかこんな日が来るんじゃないかと思っていた。人間側、魔物側、どちらに付くかはお前が決めていい。20歳なのだから、お前が決めるんだ」


 父と母、種族の違う二人に挟まれ、僕は決断をした。





 決まってる。

 僕は魔王を倒すために、研鑽してきたんだ。

 槍を構えて、母と向かい合う。


「良い目をしている。良き父を持ったな」魔王は言う。


「こいつは心が優しい。母の元に返すのが筋だとも思ったが……」


 心の優しさは父譲り、目の色は母譲りだ。


 僕は魔王を見据える。決意は固い。


「いいだろう。20年分しっかり休んだからのう。坊やの全てを、受け止めてやろう。来い!!」


 僕は魔法槍に再び力を込めた。


 見ててくれ、父さん。

 母さん。僕のすべての力を、見せてやる。


 受け止めてくれ。



 僕の持てる力の全てを込めた、最大の一撃を!!!





 そして、夜は明ける。


 完



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