変わらない日。

椿 千

変わらない日。

朝起きて、いつも通りの日常が始まると思っていた。

だけど朝ごはんを作り、弁当を三つ用意したところでバタバタと慌ただしい音が近付いてくる。

高校生になった弟は、最近オシャレに目覚めたのか、このところ朝早く起きていたが、まだ姿を見せないということは寝坊して慌てて降りてきたのだろう。

そう思っていたのだが、リビングに現れたのはボサボサ頭の父だった。


あれ?たしか今日は遅番でまだ寝ていると思っていたのだけど。


消防士の父は学生の私たちとは生活リズムが少し違うから、今日の予定はどうだっただろうかと確認するようにカレンダーを見ようとしたところで、父が焦った顔で叫んだ。


「太陽が!いないんだ!」

「はい?」

「まだ起きてないっぽかったから起こしに部屋に行ったら、いなくて・・・!!」


どうしよう、どうしよう、とオロオロしている父に弟も高校生なんだからそんなに慌てなくても大丈夫だと、少し落ち着けと言おうとして気付いた。

カレンダーにでかでかと赤い丸がついていることに。


・・・・・・あぁ、そうか。今日は2月29日。


母の命日だ。


それと同時に弟がいなくなった理由も気付いてしまった。

「お父さん」

「やっぱり警察か?警察に・・・っ」

「お父さん!!」

「っ!な、なんでしょうか・・・?」

相変わらずオロオロとしていた父を強めの声で呼び、とりあえず朝ごはんを食べろと指示を出し、私は弁当作りに戻る。

「ひ、ひなたさん?太陽が・・・」

「太陽なら、ちゃんと帰ってくるから」

「で、でもっ」

「でもじゃなくて、太陽が帰ってくるまでに早くご飯食べて」

「・・・・・・はい」

まだ納得はしていない様子だが、私の声に怯えるようにもそもそとご飯を食べる父にため息をひとつ。

この父は私たちに対して少々過保護だが、変なところで抜けている。

「お父さん」

「・・・・・・なんでしょうか」

「カレンダー」

「え?」

「今日は、なんの日」

「・・・・・・・・・・・・あっ」

きっと完全に忘れていた訳では無いのだろうが、弟がいなくなったという事実に頭が真っ白になり、気付けなかったのだろう。

世間一般の閏年、四年に一度のこの日、今からちょうど八年前に、母は病気でこの世を去った。

少々天然で、子供みたいなところがある人だったけど、誰よりも私たちを愛してくれた大切なお母さんだった。

本来であれば毎年命日にお墓参りに行き、花を備えたりお線香を上げたりするものだろうが、母は亡くなる前にそれを拒んだ。

拒んだ、というかちゃんと自分の命日に逢いに来て、と言ったのが正しいのだけれど。


『悲しい日にしないで』


この日を悲しい日だと思わないで、と。

毎年悲しい顔で逢いに来て貰っても嬉しくないわ。みんな笑顔で逢いに来て欲しい。だから四年に一度、それくらいが丁度いいのよ。きっとその頃にはたくさん新しい思い出が出来ているはずだから、母さんにいっぱい聞かせてね。

それに四年に一度なんて、オリンピックみたいでワクワクするじゃない?


なんて、よく分からない母の持論を病室で展開されて、私の頭の中は何それ、意味わからない、と母の言葉を否定したかったけど、あまりにも母がいつもと変わらない顔で笑うから、嗚咽を漏らしながらも必死で頷いて約束したのだ。


そして今日がその日だ。

だから弟がどこに行ったなんて、考えなくても分かる。前の閏年もそうだったのだから。

弟は、私よりも母の記憶が少ない。それでもお母さんっ子だった弟は、母が亡くなってから酷く落ち込んでいたが懸命に泣くのを耐えていた。多分慣れない家事に奮闘していた私の負担にならないように弟なりに考えていたのだと思う。

それから成長し、私よりも大きくなって一人で行動できるようになった弟だが中身は大して変わってない。

甘えたがりだし、不器用で今だに弁当は私が全部作っている。それでも一丁前に自尊心は育っているので、姉の私の前では泣こうとしない。前の母の命日の時だって、母の遺言もあるからだろうが私たちに見られないように弟は朝早くから姿を消して一人で泣いていた。

それを私が知っているのは、弟がいたのが昔私たちが秘密基地として使っていた場所にいたからだ。

『探してくるからお父さんは家にいて!!』

今日のようにいなくなった弟を探して、思い当たる場所をひたすらまわっていれば、見覚えのある背中を見つけた。

『おか、っ・・・さっ・・・!』

ひたすら小さく背を丸め、誰にも見られないようにしながら母を呼ぶ姿は、小さい頃と何一つ変わっていなくて昔したように抱きしめようとしたけど、必死で涙を止めようとしている姿を見て私は背を向けた。

今ここで私が出てしまったら、弟の努力を無駄にしてしまう気がしたから。

だから代わりに私はそわそわと待っていた父を急かして料理を手伝わせ、大量の甘い卵焼きを作って迎えてやった。

母と同じ味がすると言った、それは弟の大好物だと知っていたから。

何食わぬ顔で帰ってきた弟の目が赤くなっていても、卵焼きを食べた弟の顔がくしゃくしゃになっても、私は何も知らないフリをしてお弁当を作って渡した。もちろん中身は弟の好きなものを詰め込んでやった。


「お父さん」

「ん?」

「私の卵焼き、美味しい?」

「ひなたの作るものは全部美味しいぞ!」

「そう」


きっともう少しすればあの時と同じように目を赤くした弟が帰ってくると知っているから、弟用に甘くした卵焼きを作る為に卵を取り出しておく。それと少し考えてから、もう一つ弁当箱を取り出してみんなと同じおかずを詰めていく。

「ん?父さん、今日仕事夜からだから晩御飯はいいぞ?」

「知ってる。これはお母さんの分」

「お母さんの?」

「うん」

記憶の中に残る母の料理にはまだ及ばないだろうが、それでも昔に比べたら成長したと伝えたいから。

きっと母なら上出来よ!と笑顔を向けてくれるはずだ。

そんなことを想像しながら、私は出来たお弁当を母の遺影の前に供えた。


「・・・・・・ただいま」


そうしていれば、バツが悪いと思っているのかこっそりと開いた玄関に弟が帰って来たことを知らせてくる。


「おかえり」


玄関に出て声をかければ、怒られると思っているのか顔を逸らして俯く弟の頭に私は手を伸ばし髪を混ぜた。

「う、わっ」

「ほら、早く手洗っておいで」

「・・・・・・ねぇちゃん」

「お腹すいたでしょ?ご飯にしよ」

ほら早く、学校遅れるから、と言えばようやく動き出した弟の頭を今度は軽くを叩いた。

「帰ってきたら、一緒にお墓参り行こう」

「!う、ん」

「今日は卵焼きだよ〜〜って、お父さん食べ過ぎ!」

「だって、美味しいんだもん!」

「おっさんがもんとか、キモッ」

「こら、事実でも言ったらダメでしょ太陽」

「ひ、ひどい・・・・・・っ」

メソメソと落ち込んだフリをする父を横目に、私は卵を一つ手に取った。

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変わらない日。 椿 千 @wagajyo

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