【KAC20201】お絵描き系ユーチューバーMOMO、ゆるキャラを語る
babibu
お絵描き系ユーチューバーMOMO、ゆるキャラを語る
「お待たせしました! 只今より、現役イラストレーターであり、人気ユーチューバーでもある
良く通る
この美人司会者は私の雇い主、
「本日は宜しくお願いしまーす! 絵師ユーチューバーのMOMOでーす! 今日は皆さんのお絵描きについてのお悩みに、何でも答えちゃいますよー!」
そして茉莉さんの隣で、テンション高めに必死に笑顔を作って自己紹介をしているのが、私こと絵師でユーチューバーのMOMO。
今日は大手家電量販店の四年に一度の大創業祭の目玉企画の一つ『デジタルお絵描きお悩み相談会』のゲストとして、秋葉原店の地下一階にある特設イベント会場のステージに立っている。
私の挨拶にステージの周りのお客さんが拍手をくれる。そしてイベント開催を知らずに訪れたお客さんは『何事か』と言う目で遠巻きに私を見ていた。
羨望の眼差しと、不審がる眼差し。
実際に人前でイベントに参加するのが初めてな私は、そんな沢山の視線に心臓がバクバクだ。一人で動画を撮るのとは全く違う。
人前に出るのって、思った以上に緊張する……
でも頑張らなきゃ!
絶対に成功させて、次のお仕事に繋げるのよ! MOMO!
そう自分に言い聞かせ、私はより一層
イベントの責任者、茉莉さんの勤める電子機器メーカーは、パソコンで絵を描く人なら一度は名前を聞いたことがある有名な液晶ペンタブレットを販売している。
因みに液晶ペンタブレットというのは、ディスプレイに専用のペンで直接絵が描ける便利なアイテムだ。
このイベントはそんなイラストレーター御用達アイテムを販売している電子機器メーカーと、大手家電量販店のコラボ企画。
その為電子機器メーカーの要望により、YouTubeへのライブ配信も同時に行うことになっている。
つまりこのイベントのライブ配信を電子機器メーカーの偉い人たちも観ている可能性があるのだ!
このイベントを成功に導き、覚えめでたければ、新製品のイメージイラストを描かせてもらえる可能性も無くはない!
そう思い、私は不慣れな人前でのイベントゲストを快諾したのだった。
「それでは
私の考えなど知る由も無い茉莉さんは、着々とイベントを進めて行く。
茉莉さんの発言を受けて、お客さんが手にした抽選番号札をヒラヒラさせて、持っていることを知らせてくる。
そうなのだ。
このイベントの開始前に、悩み相談をしたい人たちから事前に相談内容を聞き取った上で、抽選番号札を渡してあるのだ。その為、私に相談出来るのは抽選番号札を持ち、かつ抽選に当選した人のみということになっている。
「では、最初の当選者を発表します!」
茉莉さんはそこまで言うと、一旦言葉を切る。そして今までで一番大きく、はっきりとした口調で当選番号を告げる。
「16番の番号札の方! どうぞステージへお上がり下さい!」
茉莉さんの言葉に会場が
そんな中、メガネをかけたポニーテールの大人しそうな女の子が、右腕を伸ばして番号札を振りながら人込みを掻き分け、ステージに近づいて来た。
どうやらこの
ステージに上がってきた女の子から茉莉さんが番号札を預かる。そして札の番号と自分の手元にある書類を見比べ「はい、確かに。おめでとうございます!」と言って、確認に使った書類を私に渡して寄越した。
私は書類を受け取ると「では、始めていきましょう」とニッコリと微笑んで言うと、ステージに用意された机に歩み寄り、席に着く。
机には相談の際に必要と思われる機材や筆記用具が一通り用意されている。もちろん机の上を撮影するためのカメラも設営済みだ。
女の子は茉莉さんに促され、私の向かいの席に着く。
「出来るだけ沢山のお悩みにお答えしたいので、早速始めさせていただきますね!」
私はそう元気に言うと、茉莉さんに渡された書類に目を通す。そこには抽選番号札を渡す際に聞き取った、相談者の名前や悩み事が書かれている。
「……えっと、お名前はアキさんね」
私が書類を見ながら確認する。メガネの女の子、アキさんは恥ずかしそうにコクンと頷く。
「お悩みは『熊本県のゆるキャラみたいなカチッとした絵を描きたいです。どうしたら良いですか?』ですね」
私がそう言うと、アキさんは増々恥ずかしそうに顔を赤くして、大きく頷いた。
熊本県のゆるキャラって言ったら……、赤いほっぺの真っ黒なクマのキャラクタの事だよなと、私は推測する。
「あのキャラクタのイラストって、すごく輪郭がカチッとしている気がするんです。でも、私が同じものを目指して描いても、あんなカチッとした輪郭にならなくて……なんかボヤッとしてる気が……」
カチッとか、ボヤッというのは何の事だろう? と疑問に思ったが、私は言葉を続ける。
「なるほど、今日はアキさんの作品も持って来てくれてる?」
私が相槌してそう訊く。アキさんは「はい」と言って、手にしていたプリント入れから一枚のコピー用紙を「これです」と言いながら私に差し出した。差し出されたコピー用紙を見ると、そこには可愛らしいウサギの絵が印刷されていた。
とても上手だと思うけど……カチッて……?
そう思いながら輪郭に目をやる。そしてカチッの意味を私は理解した。私は相談内容の書類にもう一度目を通す。
「この絵、マンガとかも描けるようなペイントソフトを使って描いてるんですよね?」
私が
思った通りだ。
「問題はそれですね」と私。
私の言葉にアキさんは「え?」と呟いて、驚いたように目を見開く。
「ゆるキャラの制作にマンガを描くようなペイントソフトはあまり使わないんです。使ってもラフ画までだと思います」
私の話を聞いているアキさんは『何のことやら分からない』といった様子でポカンとしている。
「あなたのイラストはラスターイメージで制作されているけど、ゆるキャラは普通ベクターイメージで制作されるんです」
私が説明を補足する。アキさんは真剣な表情だが黙ったままだ。
分かってもらえてないな。
そう思った私は机の上のノートパソコンを操作し、アキさんが使っているであろうペイントソフトと、ゆるキャラを制作するのに使われているであろうペイントソフトを起動させる。そしてディスプレイの切り替えの為に、HDMIハブの切り替えボタンを押す。
するとステージ横の特大ディスプレイに私が見ているノートパソコンのディスプレイと同じ画面が表示された。
「ラスターイメージというのは簡単にいうと、古いゲームの絵のようなドット絵なんです。それと違ってベクターイメージは、図形を組み合わせて描かれる設計図のようなものなの」
私はお絵描きソフトの準備をしながら、説明を続ける。そして起動した2つのペイントソフトそれぞれに簡単な円を描いて、描いた円をそれぞれ拡大した。
その作業を特大ディスプレイで見ていたアキさんが「あッ!」と声を上げる。
彼女は違いに気づいたようだ。
「アキさんがイベント前の聞き取りの際に教えてくださった使用ソフトでは、拡大していくと沢山の正方形が見えてきますね。でもベクターイメージが作成できるソフトは……」
私がそこまで説明すると、私の言葉を継ぐようにアキさんが口を開く。
「拡大しても、きれいな線のまま……」
私は彼女のその言葉に頷く。
「そうなんです。だからラスターイメージ用のペンで描くとぼんやりしがちな線も、ベクターイメージで作成するとパキッとするみたいな……」
私は何と表現して良いか迷ってパキッなどと擬音語を使ってしまう。アキさんの言うカチッと大差ない。
線の見た目を言葉で表現するのって案外難しい。
私は思わず「アキさんが言ってらっしゃるのって、こういう事ですよね?」と相談者に助けを求めた。
「はい! そうです! ペンツール選びの問題かと思っていたんですけど、使ってるソフト自体が違うんですね」
アキさんは疑問が解けた様で、とても明るい表情だ。
確かにペンの種類を変えれば
私は最初の相談が上手くいったと感じて、高揚した気持ちになる。
「そうなんです! ベクターイメージを扱えるソフトをいくつかお教えするので、検討してみてください」
私は意気揚々と机に準備されていたペンとメモ用紙を手に取ると、アキさんに渡すメモを書く。
「有難うございます! 因みにですけど、ベクターイメージでも液タブの方が描きやすかったりするんですか?」
メモを書いている私に、アキさんがもう一つ質問した。
液タブというのは、液晶ペンタブレットの略称だ。
「いやいやいや。マウスで充分ですよ!」
私は下を向いてメモを書きながら、アハハと笑ってその質問に答える。
すると程なくして、お客さんたちが
え? 何事?
私は驚いて辺りを見回す。すると引きつった笑顔の茉莉さんが、私を凝視していた。お客さんはこの茉莉さんの様子に異変を感じたのだ。
茉莉さんの目は全く笑っていない。
私は彼女のその様子を見て、ハッとする。
しまった! このイベント、液タブ会社の協賛じゃん!
マウスで充分なんて、禁句だよ!
「……あ、でもぉ。ラフデザインをカラーで沢山描くなら、液晶タブを使えば
慌てて私は、力業でフォローを入れる。
だが必死のフォローも
……新製品のイメージイラストのお仕事は、もらえないかもしれない。
(了)
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KAC参加作品(一作品、四千文字まで)のため、次のエピソードは別作品として公開中です。
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『【KAC20202】お絵描き系ユーチューバーMOMO、デジタルお絵描き初心者にアドバイス』
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