エピローグ

 その日、長い雨が降りました。その雨は国中に溢れていた怪我人や腫れ物に苦しむ人々を癒しました。


「見て、母さん。腫れ物がひいたわ」


「おお……おお……なんて優しい雨かしら。奇跡のようだわ」


「勇者様よ、きっと勇者様の力だわ」


 違います、手前で御座います。民衆は勇者の起こした最後の奇跡だと信じたように御座います。神の恵みはもう少しだけ続きました。


 癒しの雨に草木はしげり、川は澄みわたり魚や動物が戻ってまいりました。災いに苦しむ難民は皆、希望を持ち、立ち上がりました。


 そして、スルト殿の手足に契約者の腕や目も戻りました。グリフ殿には、漆黒の翼を。ハンス王子はパピィ殿に聞きました。



「こ……これは」


「勇者のみが使えると言われる完全回復魔法、アライズだわ」


 パピィ殿は隣ですんすんと泣き出した夫を抱きしめ、共に涙を流しました。気にしてらぬ素振りを見せても、やはりグリフ殿には空が似合います。


「ぐすっ……なんて憎らしい骸骨だす。おらは、何と言えばいいんだすか」


「有り難うでいいんじゃない」


「それは……しっくりくるだす」


 猟犬はベスを抱きしめたのです。おふたりは小型犬に擬態したままでおりますが、彼女の左右の頭であるミキ殿とマキ殿は戻っておいでで御座います。



 ワンワン

 ワンワン!


「ベス、そのままの姿でいいのか。ミキとマキがいるのに」


「大丈夫よ。二人は前からずっと一緒にいるんですもの。私の中に」


「俺ならまったく心配要らないぜ。三つ頭があっても、気にしない。三人を平等に愛する自信があるんだ」


「ぷっ……こっちには無いわ」


「どういう意味? ねえ、ベス。ちょっと待ってくれよ」


「あはははは。馬鹿ね、冗談よ」



 スルト殿は少々弱っておいでで御座いましたが、ゆっくりと歩きフレイ殿を固く抱きしめました。


「……おお……おお……勇者だけが使える回復魔法か。チートでさえ一粒の雫を生み出すのに莫大な魔力を擁するというのに、あいつは……ガイはどうやって」


 雨は涙になり、涙は川に流れました。涙はほんの通過点に過ぎません。手前はそう願いました。決して涙などでは終わりませぬよう。


「うん。骸骨兵士に聖なる魔法など使える訳がない。死を決して、その一粒を無限増殖したんだ」


「……なんてやつだよ」



 ベナール王は評議会なるものを設立し、何事も話し合いを持って決めるようにしました。魔物と人間、憎しみが簡単に消えるとは手前とて考えてはおりません。


 王家の椅子は取り払われ、円卓が設けられまして御座います。そこには魔王の娘ルシエル殿やラルフ神父の姿も御座います。


 はれて長きに渡る勇者軍と魔物の戦争は終焉を迎え、平和のための様々な条約が締結しまして御座います。


 それはそうと、剣闘士マックス殿とルシエル殿が婚約するとは驚きに御座います。何度か魔界と人間界を往き来するうちに、互いに惹かれあったようで。



 ハンス殿は王となったアーサー殿を生涯支え続け国民を愛し、国民に愛されました。


 スルト殿はジム殿や魔物と共に生き、港町ベルローやロザロの治安を守りました。



 街の風景は大分変わったように御座います。大工や漁師になった魔物たちが自由に街を出入りしております。


 魔物と人間は同じ店先で会話をし、食事や酒を飲んでおります。揉め事は絶えませんが、そこに差別や偏見はありません。

 

 パピィ殿はグリフ宅急便を経営しながら念願の薬屋を開いております。ハンス王子は毎日ここに来るのです。


 守護騎士フレイ殿と足しげく通いつめておりまする。魔獣や疫病がいつ襲ってくるか、認知症の魔物が人間を襲う事案から、雨で大量発生した新種の可食菌類の調査まで、話題には事欠きません。



「また新しい魔法が出来たらしいな」


「やっぱり私は天才だったわ。これでいつでもマイロやマリッサとも会話が出来ますわ。魔力なしで。でも、この発明が軍事利用されないか心配ですわね」


「心配はいらないんじゃない。パピィに決定権はないから」


「ぶっ……まあ、アンナ様。そうやってまた研究を学園に持ち込みなさるつもりですわね」


 これまた驚きで御座います。アンナ様は、教育の現場に立っておられます。人間と魔物が共に学ぶ学園で御座います。


 生徒を実験台にしてパピィ殿の発明品を検証するのが趣味になっておるようです。猟犬も学園のマスコットとしてアンナ様を手伝っておりまする。


 先日持ち込んだのは、新種の茸から作った惚れ薬で御座います。生徒たちはカップルだらけのパニックになりましたが、解毒剤にて事なきを得ました。


 ただひとり、猟犬は鏡の前に三日間、見とれた自分に愛を語り続けたようでしたが。



 翌年、フレイ殿とアンナ様は結ばれました。妊婦になったアンナ様は少し凶暴化したように見えました。


「夜中にごめんなさい」


「あ、アンナ。どうかしたのかい?」


「不安なの。お腹の子は人間と獣人の混血だから、獣人間じゅうにんげんって馬鹿にされないかしら。獣人人じゅうじんじんかも」


「きっと大丈夫だよ。言いづらいし」


「あ……お腹を蹴ったわ」


 フレイ殿はアンナ様のお腹に耳を当てました。生命の息吹を感じ、一筋の涙が溢れました。


「この子も大丈夫だって言ってるよ。ボクらの子だぞ、立派な人間に……立派な獣人人じゅうじんじんに育つに決まってるさ」


「あなたのお腹も蹴ってあげましょうか?」


 そして翌年、可愛い男の子が産まれました。久しぶりに揃った仲間たちが、祝辞を伝え、互いの幸せを噛み締めたのです。


「オギャア……オギャア……オギャア」


「まあ、なんて可愛いの」


 まさか、アンナ様が一番先に母親になられるとは意外な話と思うやもしれません。


 手前としては、遅すぎると言わざるを得ませんが。スルト殿は、父になった弟の肩を抱きしめ、聞いたのです。


「名前は決まってるのか?」


「ああ、もちろん。二年以上前から決まってるんだよな……ガイ」


 残念ながら、手前は聖人では御座いません。生と死、不気味な外見に隠された暖かい心。狡猾さがありながら愚直でもあり、剣の道を極めながらも、暴力は好みません。


 手前の性質は、ご説明するまでも有りませんでしたね。ご存知の通りかと思います。


 龍脈に流れる魔力を利用しない手は御座いません。そしてこの丘は勇者が転位した場所に御座いますれば……あとの説明は不要のことかと。


 手前はアンナ様と、フレイ殿の息子として新しくこの世界に生を受けました。手前の幸せは約束されております。


 骸骨剣を極めながらに、勇者同様の魔法が使えるうえ、膨大な魔力を持ちました。その上肉体まであるのです。


 少しばかり欲張り過ぎたやもしれませんが、そこはお許しくだされ。手前がこの力を誇示したり、無闇に使うことは決して御座いません。


 大切なのは“愛”の用心に御座いますれば。ではまた、いつか、どこかで。



「オギャア……オギャア……オギャア」


「ガイっ。今、皆と話してるんだから黙らないと首を絞めるわよ」


「……!」


「ガイっ。パパがビシビシ鍛えてやるから丈夫に育つんだぞ。働かざる者食うべからず。怠け者にミルクはないぞ」


「……!」


 はてさて。産まれてくる場所を間違えたかもしれません。


         完

 





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転生した骸骨兵士~猟犬と人面鳥しか仲間はおりませぬがご主人を守ってみせましょう 石田宏暁 @nashida

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