骸骨兵士(3)
ズリ……ズリ……ズリ。
手前は樫木で作られた十字架を背負い、王都の目抜通りを這いずっております。石が投げつけられ、野次と罵声が聞こえました。
「悪魔だっ! 最後の悪魔が通るよ!」
ズリ……ズリ……ズリ。
両手は鉄杭で打ち付けられ、頭には棘の冠が乗っております。肋骨は砕け、身体中の骨という骨にはビビが入っておりました。
「骸骨兵士だ! ラスボスの悪魔があいつだったんだ。全部、あいつが陰で仕組んだんだ」
「死ねっ、卑怯で醜悪な魔物め。二度と甦れないように、自分で墓に入れっ!」
群衆は手前の行く道の左右にいつまでも、いつまでも続いております。彼らは何も知らないのです。決して悪気があるわけでは御座いませんので、許してくだされ。
ズリ……ズリ……ズリ。
これは手前が自ら望んで決めた結末で御座いますれば、何も同情は要りませぬ。手前は知りたいのです。
人々は何を見て心を病んでしまったのでしょうか。もとより病んでいたのでしょうか。憎しみと復讐が偽りだというなら、手前が全て背負ってみましょう。
手前にぶつけた怒りで、負の連鎖が断ち切れるなら、やってみたいと思ったのです。民衆は勇者を英雄だと信じて疑りません。
「あいつだ、あいつが勇者様を殺した悪魔だ」
「勇者様が死んでも……あいつに、もう悪さが出来ないよう魔法をかけてるんだ。なんて優しい勇者様だろう。なんて慈悲深いのだろう」
子供たちは、手前に石を投げつけ蹴り飛ばし、唾を吐きました。それでいいのです。時には、現実を打ち壊したくなるものです。
手前の後ろについている衛兵は剣闘士のマックス殿と老騎士ターネル殿で御座います。彼らは奇妙な遠い世界を見ているように無表情に徹してくれております。
ズリ……ズリ……ズリ。
息子は父親の罪に苦しまねばならないのでしょうか。憎しみはいつ、消え去るのでしょうか。
綺麗に水に流すべきで御座います。スルト殿の言葉なら、復讐心はドブに捨てろで御座いましたな。
ワンワン アンアン
ワンワン。 アンアン。
二匹の小型犬が手前にくっついて歩いております。雄と雌は夫婦で御座います。
「おい、骸骨。本当に逝っちまうつもりなら、止めとけよ。こっそり逃げだそうぜ。口裏ならあわせてやるよ。仲間だろ?」
『
クゥン……。
「なにが勇者様だよ。本当に世界を救ったのは誰だよ。餓鬼界の魔王ベルゼブブを倒して、災いを止めたのは誰だよ」
「そうだわ。本当の悪魔ラースを倒して魔物たちを解放したのは貴方なのよ」
『いいのです。アンナ様と皆を守りたかっただけで御座います。手前には痛みも苦しみも無いのですよ』
「そんな話があるかよ。こんな茶番、俺は認めないぜ、悔しいんだ。考え直してくれよ、後生だから」
ズリ……ズリ……ズリ。
猟犬が泣いているのが分かりました。彼は強く、優しい素晴らしい猟犬で御座います。きっと親友である手前のことを一番に理解してくれるはずです。
次に現れたのは黒革の服を着たグリフ殿と女中姿のパピィ殿でした。
「
「おらもだすよ。あんたとは、ずっと友だちでいたいんだす。死なないでくんろ」
『立ち入ったことを聞きますが、グリフ殿は子供が欲しいとお考えで御座いますかな』
ズリ……ズリ……ズリ。
「ここだけの話だすが、どんな手を使ってでもパピィを妊娠させたいと考えてるだす」
カタカタ
カタカタ。
『夫でなければ、相当危ないセリフですな』
「……勿論、愛と倫理が前提だす」
『いい父親になるでしょう。パビィ殿も、勿論素晴らしい母親になるでしょう』
「子供にとって平和な世界が必要だと言いたいの? 偽りの伝承で人間といい関係を築いたと知ったら、子供が泣くわ。少なくとも私の子供ならね」
カタカタ
カタカタ。
『あとは歴史が判断するでしょう。真実だろうと、偽りだろうと道は自分でお決めくだされ』
「……分かったわ。ペテン師」
ズリ……ズリ……ズリ。
彼女はずっとトラウマを抱えて生きてきました。誤解されやすい性格ではありますが、彼女には信念が御座いました。
手前はパピィ殿の信念が貫ける世界を見たいのです。ペテン師でも詐欺師でも構いません。さすれば、彼女は世界を変えるほどの力があるのですから。
空は雲っておりました。人もまばらになった時間にアンナ様とフレイ殿はやってきました。ふたりとも麻の身軽な服装でした。
「ベナール国王は魔力を使い果たし、昏睡状態だそうだ。まだ二人の王子には、この国を治めるのは難しいと思わないか」
ズリ……ズリ……ズリ。
『フレイ殿、知っておいでですか。ちまたではこの国に新たな英雄が生まれたと、大騒ぎで御座います。王子である二人の兄弟と、貧民である二人の兄弟です』
「ボクらのことか」
カタカタ
カタカタ。
『ええ。わだかまりを捨て……手を組んだ兄弟の絆に、民衆は何を見たのでしょうか。互いに認めあい、力を合わせる姿に』
民衆は四つの勢力が秘密裏に手を組み、諸悪の根元を炙り出したと信じております。そうして現れた手前を、勇者自らが討伐したと。
人間も魔物も御座いません。必ずや平和な世界を築いてくれる。誰もがそう感じたので御座います。
「だから平和になるとは限らない」
『ならないとも限りませぬ』
カタカタ
カタカタ。
フレイ殿は気を使ってか、少し距離をとって手前とアンナ様を二人きりにしてくれました。
ズリ……ズリ……ズリ。
「ガイは皆のヒーローよ。ううん、私のヒーロー。でも悲劇のヒーローにはなって欲しくないの。必ず……約束は守って」
『では……笑って貰えませんか。また会えると言って、笑って送り出して下さいませ』
手前があの丘に立つのは、二度と勇者チートのような転位者を出さない為で御座います。
アンナ様は前を歩き、赤い髪をなびかせてくるりとまわりました。二、三歩前を歩くアンナ様の後ろ姿はとても綺麗でした。
「ふふふ。泣いているって思う? それとも笑ってると思う?」
『手前には……分かりません。アンナ様は振り向かず、そのまま歩き続けるからに御座います。そして手前は、ずっとアンナ様の後ろを歩いております。これまでも、これからも、いつまでも、いつまでも一緒におります……』
「ばびがどお、ガイ。ぼんどうじ、あびがどう……だいでだいんだがら……ぐすっ、ばたじば……だいでだいんだから」
カタカタ
カタカタ。
『ええ、ええ。そうでしょうとも』
王都の魔力が集まる龍脈。五番目のエレメントで勇者に繋がって初めて知りました。別々の世界にある聖地が重なりあうとき、転位は希に起きる現象で御座います。
ギィ……ギィ……ガタン。
十字架が丘に真っ直ぐに建てられると、朝日が眩しく手前の顔を照らしました。
狂おしいほど独りぼっちの少年でした。手前が今まで見てきた酷いこと。今までやってきた酷いこと。酷い言葉、酷い過ち。
一つ残らず持って行きます。勇者の秘密と共に、永遠に……。
皆が見守ってくれています。アンナ様にフレイ殿。猟犬にベス殿。パピィ殿とグリフ殿。板に乗ったスルト殿と魔物たち。
ハンス殿とアーサー殿。ベナール王と老騎士ターネル殿。ラルフ神父とマイロ、マリッサ殿。マックス殿にレオ殿、リーバーマン殿。
魔王ルシエルとジム殿。彼らは言いました。共に旅が出来て本当に楽しかったと。
カタカタ
カタ……
カ………。
………。
『……有り難う御座いました。手前こそ、とても楽しかった』
妻とスカル師匠が見えました。手前は驚きました。あの日のまま、若く美しい妻で御座いました。
やっと会いに来たわね。
随分と遠回りしてしまいました。
踊ってくれない? 一緒に。
ダンサーのように上手には踊れませんが。
かと言って、おしゃべりも面白くないでしょ、あなた。
あははは。
うふふふ。
カタカタ。
では……皆様さようなら。手前の話はこれで終わりで御座います。長らくお付き合い頂き本当に有り難う御座いました。
なんですと。まだまだエピローグを所望されますか。欲しがりますな。いえいえ、決して面倒だなどとは思ってもおりません。
手前のような語り部が、それに相応しいかどうかを迷っておりました。少しだけ時間をくださいませ。うまく話せるかどうか……。
では次回の最終回でお会いしましょう。
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