骸骨兵士(2)

 客席からの喚き声が消えていました。溢れかえっていた観客の姿はなく、日暮れの闘技場に響いたのは……。


「………!」


 勇ましい掛け声。鎖帷子、革の鎧、銅板の兜。どうりで盛り上らないわけです。そこにいたのは様々な武具をまとった騎士たちで御座いました。


 飛蝗を次々と駆逐する剣闘士の姿がありました。ひときわ派手に炎を纏いながらクルクルと回る棍は剣闘士マックス殿でした。


 如意棍接にょいこんせつ、火炎大車輪。


「ひとりで良い格好はさせないよ。骸骨ちゃん。闘技場は僕ちゃんの場所だ。皆が来ているぜ」


 率いるはレオ殿に、リーバーマン殿、戦場の踊り子殿や、共に餓鬼界で戦った剣闘士たちで御座います。


「一匹たりとも、逃がすんじゃない!」


「ロザロ! ロザロ! ロザロ!」

「我ら剣闘士、骸骨兵士と共にあり!」


 火だるまになった飛蝗が闘技場の壁を崩し、焼けた草のような匂いが辺りに広がりました。這い上がろうとする飛蝗の頭に木槌ガベルが叩きつけられました。


 ワンワン!

 ワンワン!


 飛び散る飛蝗の手足や、身体の残骸。猟犬が率いるはロザロの守護騎士シティガードで御座いました。ネルソン隊長と、自由騎士、浪人騎士を引き連れ、闘技場を包囲しました。


「ファイアーウォール!」

「ファイアーウォール!」


 バサバサと、火の粉の舞う空から飛蝗が落ちてまいりました。日の沈みかけた空には、パピィ殿の率いるグリモールやリフィルの魔物部隊で御座います。


「グリフ宅急便の皆さん。空は私たちが守るのよ。配達員の力を見せてやるのよっ!!」


「おおおっ!! おおおっ!!」


 熊と一角獣の紋章を中心に、紋章騎士の部隊もおりました。駆けつけてくれた数えきれぬ騎士の中心でシオン殿は叫びました。


「今さらながら加勢します。飛蝗を街に出すなっ! 魔法使いは次元の裂け目を狙って」


 守護騎士プリンセスガードは冷気を集め、集団で絶対零度の氷晶を黒い渦へと撃ちこんだので御座います。


 渦から這い出す飛蝗は、破裂しバラバラと砕け散りました。ですが黒い球体に変化は御座いませんでした。

 

「……ど、どうやってふさぐんだ!?」


 広がりつつある裂け目を球体に留めていたのは、たったひとり、ベナール王で御座いました。僧侶の使用する封印術でしか、裂け目を塞ぐ手立ては御座いません。


 太陽は完全に沈んでおりました。コロッセオ全体が火で燃えているようでした。赤い炎は生きたようにパチパチとはぜ、空に火の粉を吹き上げておりました。


 飛蝗の群れは無限と思われるほど、止めどなく姿を現しました。動揺した騎士の血がほとばしり、兜をかぶった頭は現れたと同時に消えました。


「くっ……」


 ふたりの王子は顔をしかめ、父の魔法を補助しました。祈るように封印術を詠唱しておりました。彼らから血の気が失せたように見えました。


「神々よ、あの裂け目を閉じてください」


「まずいぞ、数が多すぎる。騎士を……騎士たちを救わねばならん」


「国王様。ここは、僧侶の役目ですね」


 ベナール王の傍らから複数の影が動いておりました。ラルフ神父と教会から僧侶や修道士たちが集いました。


「うむ。みな……よく来てくれた。だが、一体どうやって来たのだ? ラルフ」


「通じていたのです。みな準備はとうに出来ておりました。そこに現れたのは獣人ジムと名乗る老フォックスピッドでした」


 第五のエレメント“空”を操り、僅かな時間で客席の群衆を移し、援軍に替えたのです。


 勇者は自分の置かれた状況に驚きを隠しきれぬようでした。怒りの悲鳴を噛み殺すような表情を浮かべ、アンナ様に向けて走ったのです。


「貴様っ! 空間移動で仲間を集めやがったのかっ! 許さん、許さんっ、許さんぞっ、皆殺しにしてやるっ!!」


 左右から飛びかかる浪人騎士を押し分け、両断し勇者は進みました。剣闘士の“地獄の三天使”は一斉に斬り込みましたが、身を翻した瞬間に肉と筋肉と骨を切り裂かれました。


「貴様の仕業かっ、アンナとやら。待っていろ、今すぐ首を跳ねてやる」


 チートは叫び聖剣を両手で振り上げ、闘技場をまっすぐ進みました。守護騎士キングガードのひとりは踏み込む前に頭を仰け反らせ、倒れました。


 長剣とは思えない速さのため、頭は破裂したように見えました。蒼の鎧は赤い血で染まりましたが、彼自身の血ではありません。


「逃げても、犠牲者が増すだけだ。反逆者は、ひとり残らず殺してやる。貴様も地の果てまで追い詰めて、血祭りにあげてやる」


「………!」


 アンナ様は冷静で御座います。二人の王子と共に、空間移動するでしょう。この地で犠牲者が幾ら出ようが、それは変わりませぬ。


 ですがその心……恐怖に怯え、傷つく騎士の悲鳴、悲しみの感情は、耐え難く胸を締め付けるので御座います。


 手前は通じていたのです。そしてついに、奥義を会得したので御座います。


『骸骨剣、愛の用心』


 無意識のうちに飛蝗の群れと、飛び散る飛蝗の手足をすり抜け勇者の前に跳躍ジャンプしておりました。


 聖剣エクスカリバーの軌道が読めました。長剣の懐に入り丸盾を突き上げ、蒼の鎧の隙間にショートソードを差しました。


「ぐっ、ぐぶっ。てめぇ、雑魚のくせに」


『はい。現実とはこういうもので御座いましょう。名も無き下級騎士の手にかかり、勇者は死ぬのです』


 ギャギャギャギャ……ガチャ! 

 

 押し合う剣が滑るように交わると、その刃先が手前の片腕を切断しました。同時に勇者の両目の間へと、ショートソードが付き出されておりました。


「ひっ……!」


 寸前でかわした勇者の片耳が取れ、血が吹き出しました。片方の腕を耳にあてた勇者は、もう一方の腕で横に剣を凪払いました。


 流れるように、それをかわし振り向きざまショートソードは勇者の腕を切り裂いたので御座います。


「……あ……あ……あっ」


 喘ぎながら勇者はゆらゆらと後退りしました。腕からは血が吹き出し、聖剣は地面に落ちました。ぶらりと革一枚で繋がっていた右腕を庇うように掴みました。


「……完全回復魔法アライズ!」


『さ、再生はアリで御座いますか?』


「くっ、くふははは。そんなルール関係ないわ。馬鹿が……剣じゃ俺は殺せないんだよ。お前に魔法は無いものな。今は退いてやる。だがな……覚えておけ。これで終わると思うなよ。直ぐに殺しに来てやるから、二度と眠れると思うな」


『……もとより』


「ちっ。ファイアーストーム!!」


 空高くまで炎が渦巻き、黒煙が舞いました。手前の足元は熱でグニャリと溶け、退くしか御座いませんでした。


 一陣の熱風と赤い煙が波のように押し寄せました。手前は再度、神棚への避難を余儀なくされたのです。


 勇者チートに空間移動魔法は御座いませぬが、地面を突き破り地下の迷宮へ降りるのは容易いことだったのです。


 薄青く光る地下の一層に、勇者は降り立ちました。地下の空気は冷たく、静かでした。視線の先には木こりの姿をした老人。


「あっはは……やっと来てくれたか。遅かったじゃないか、勇者チート」


「はあ? お前は誰だ、爺い。獣人か」


「私は誰でもいい。来ないかと思って心配したじゃないか。やっと骸骨兵士とアンナ様に恩返しが出きるよ。じゃあな、さよなら」


「……?」


 広い道には弩弓が設置されていました。それがカチンと鳴ると同時に獣人ジムは空間移動魔法で、この場から姿を消していました。


 巨大な魔物の咆哮が聞こえました。ハンス王子とフレイが造り出したプラズマ光球が発射されたので御座います。


 ドドドドドド……。


 勇者チートの体は塵一つ残さずに吹き飛びました。爆発音と地盤沈下により王都全域を揺るがすほどの地鳴りが響きました。


 カタカタ

 カタカタ。


『手前にも魔法は御座いましたようで』


 次元の裂け目が閉じ……しばらく経ちました。地下へ続く穴を覗きこんだアンナ様に手前、獣人ジム殿は顔を合わせました。


「ぐすっ。やっと、やっと、勇者を倒したのね。有り難う、ガイ。有り難う、ジム」


「いやいや。私はほんの少し手を貸しただけです。自分の過ちの償いになればと……それで許されるとは思いませんが」


 カタカタ

 カタカタ。


『許されますとも。これは心が通じておりまする皆の勝利に御座いますれば』


「それがね、ガイ。王家の皆が次元の裂け目を封印したとき、五番目のエレメント“愛”も使えなくなってしまったの」


『……魔力が枯渇した為で御座います。プラズマ光球が無くなり、莫大な魔力の供給が止まった為に御座います』


 それで良いではありませぬか。手前らは昇る朝日を共に見ていました。美しく輝く優しい日の光を眺め、手前はそう思いました。


 わああっと歓声があがり、勝利の雄叫びがそこらじゅうから上がりました。フレイ殿とハンス王子が駆けつけ、手前を抱いたのです。


「終わったんだな、骸骨ガイ。有り難う、本当に有り難う。休んでくれ、祝宴の準備をさせよう」


『ハンス殿、祝宴はまだに御座います。まだ処刑がなされておりません』


「……!! なっ、何を申すのだ」



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