骸骨兵士
手前の四本の腕は、加速と減速を繰り返し魔剣や盾、あるいは短剣やツルハシ、鎖鎌や投げ槍を繰り出し勇者に襲いかかりました。
ドガガ……ドガガガ。
勇者が聖剣のグリップを握り込むと同時に、武器は手首ごと闘技場の砂の上に放り出されました。
ドガガガガガガ………。
鋼がかち合い火花が散りました。攻撃の手数では決して負けておりませんが、聖剣の一振りを受けるには四つの盾が必要でした。
バキャ!!
手前は新たな腕と新たな武器を次々と生み出しながら、ジリジリと前へと歩み寄りました。ですが、勇者には傷一つ与えられなかったので御座います。
ドガガガ……ドガガガ……ドガガガ。
連撃は止むことなく続きました。闘技場の砂にはあらゆる戦士の武器や神器、魔法の盾が散乱していきました。
ドガッ!!
その刃が閃くと、のけぞった手前の体が溶けていきました。勇者は突き上げた聖剣を激しく地面に刺し、怒号をあげました。
「……くそっ! また消えやがった」
※
白く霞ががった空間、『神棚』には父であるスカル師匠がおりました。手前は両腕を貸して頂いたお礼を言ったのです。
ここでは時間が緩やかに流れますれば、父君と手前はがっちりと抱きあったので御座います。よもや、再会出来るとは思ってもおりませんでした。
『息子よ。骸骨剣、
あらゆる魔力の
そこに死はなく、そこには誰も居なくて何もないが、皆がいるのです。裏切りや別れや悲しみも無くて、始まりも終わりもないのです。
『儂がいるということは……つまりは骸骨剣、最終奥義を自分のものしたということか。大したもんじゃ』
カタカタ
カタカタ。
「スカル師匠、もとい父君。実は手前が編み出した技には御座いません。アンナ様の力を借りて御座います。ちなみにアンナ様はこれを『愛の用心』と呼びますれば……」
カタカタ カタカタ
カタカタ。カタカタ。
『アンナ様らしいの。しかし、あの速さで長剣を取りまわす人間がおるとは驚きじゃわい』
「……ええ、手前の予想を遥かに越えてくるのです。弱音は吐きたく御座いませんが、あれ程とは」
『ならば幸せじゃろう?』
カタカタ カタカタ
カタカタ。 カタカタ。
「はてさて。こんな時に父君はまだ、感傷に浸って居られる様子で。幸せとは何で御座いましたでしょうか」
『そんな事も、忘れたのか。変わってしもうたのぉ。いや、儂が変わらんだけかも。もともと儂らは金も地位も、名誉も何一つ持って居らんかった。食事もほとんど要らんし、贅沢なお宝も服すら要らんかったのぉ』
「……え、ええ」
『お前がまだ子供だったころ、儂は剣の道を教えたのぉ。お前はただ、夢中になって剣の腕を磨いたもんじゃ』
「ええ、ええ、ええ」
『あの頃は友達も、恋人も、仲間も居らんかった。だが、無我夢中に打ち込めるものが、儂らにはあった。惨めで貧しく、不幸だったかな?』
地獄でした……とは思いませんでした。手前は古く、くたびれたショートソードを取り出しました。刃はこぼれ、グリップには血の跡がこびりついていたのです。
「とても楽しかったのを思い出しました。手前は父君を心から尊敬し、毎日のように剣を振りました。それは……」
『本気で打ち込めるものが、あるのは幸せじゃろうよ。儂には行く場所も、帰り道も、未来も、選択肢も、何も無かったが、お前が居った』
「手前は……手前は何も要りません。本気で打ち込める相手が、目の前にいるのです。これは、幸せで御座いますな」
カタカタ カタカタ
カタカタ。 カタカタ。
『やっと思い出したか。やはり儂の息子じゃわい。ああ、あと一つ。儂には何時でも会えるから、無理に愛の用心は使わないでよい』
「ええ、ええ、分かっております。父君は手前の中にいたのですね」
カタカタ カタカタ
カタカタ。 カタカタ。
『さあ、行こう。思う存分、打ち込み、高みを目指そうではないか』
※
手前は本気で打ち込みました。父君と磨き上げた剣技を余すことなく折り込みつつ、足並みは踊り子のように優雅に軽く。
嬉しかったので御座います。剣士の中でも、その頂点を極めた勇者と真っ向から戦えることに、喜びを感じていたのです。
ドガガガ……ドガガガッ!
七星剣に草薙の剣、デュランダルとミストルテイン、距離があけばアポロンの弓を放ちました。伝説の武器を惜しみ無く使いました。
聖剣に対抗するにはやむ無きことに御座います。しばし膠着すると、勇者チートは口を開いたのです。
「……ふうっ、楽しんでやがるのか? 狂気の沙汰だな」
カタカタ
カタカタ。
アンナ様に集められた三人。パピィ殿は学問へのただならぬ情熱が御座いました。猟犬は遊びや結婚に夢中で御座いました。
それが何であるかは問題ではありませぬ。音楽でも絵画でも、漫画や小説でもいいではありませんか。
手前らにとって無我夢中になれることは、最高の至福で御座います。手前には、この剣で御座います。
『その速さで、あの角度から長剣を繰り出すとは。その上あらゆる魔法を使いこなし、詠唱にも全く隙が御座いません』
常識では考えられない強さで御座います。手前は四本の腕に、あらゆる神器を使って戦っているというのに。
『礼を言わせてください。この時間は、手前にとってかけがえのないものに御座います。さすがは勇者殿と言わせていただきたい』
「俺にとっちゃ悪夢だよ。あんたの剣技には殺意がない。つーか、こだわりとか執着みたいなもんがない。だから読めない」
見抜いておりましたか。父君の二本の腕には殺傷能力はありませぬ。もとより訓練用オートマタで御座います故。
『提案で御座います。純粋に、剣技だけで戦って見ませぬか。魔法も、神器も増やした腕も邪魔で御座います』
「ほほう、面白い。その離脱と再生も無しにして貰えるならアリだな」
カタカタ
カタカタ。
『名誉に御座います』
手前は腕をしまい、武器を捨てました。死神の鎧に、ただのショートソードと丸盾。勇者チートには、ロングソードを差し出しました。
使い古したショートソードは、どんな武器より手に馴染みました。グリップはまるで骨に合わせて形を変えたようにピタリと馴染んだので御座います。
「………」
闘技場には大塔の影が落ち、不吉な沈黙が御座いました。吉とでるか凶とでるか、
「仕切り直しとしよう。この聖剣エクスカリバーは……ぷっ、フハハハ、フハハハ、このひと振りで終わりだっ!」
手前が抱きつつあった、感謝の気持ち、畏怖の念は取り払われました。火の灯った客席からは悲鳴がこだましました。
聖剣エクスカリバーは震え、赤い夕焼けの光を切りました。そのひと振りが次元の壁を裂いたのです。
黒い渦が宙に浮かんでおりました。禍々しい球体からは……わらわらと悪魔の群れが沸きだしたので御座います。
『……!!』
身長二メートルはあろうかという
トゲばった前肢は半透明で斑点があり、後ろ足は斑点がなく、ほぼ透明に見えました。様々な色、くすんだ黄色にオレンジ、バラ色、ブラウン、ブラック、ピンクの物もおりました。
首と頭には鎧兜のような厚い甲殻を持ち、長い触覚と巨大な複眼、そして割れた口角には鋭い牙が幾重にもあり、ちいさく
ガサゴソ、びょんびょんと跳ね回る飛蝗が客席にまで飛び込みました。二、三匹は羽を広げ茜色の空へ去って行きました。
『……なんと!?』
「フハハハ……ヒャハハハ、剣技だけなら、あんたを認めてやる。どんな神器だって聖剣エクスカリバーの足元にも及ばないんだからな。だがな、勝負は俺の勝ちだ」
手前には分かりませんでした。これ程の腕を持ちながら、執着する勝ちの先に勇者は何を見ているのか。
『……ま、周りの民を巻き込みますか。そんな勝利に意味が御座いますか。何故、何故っ』
「舌を慎め、雑魚野郎。
何もないはずの肋骨の奥に寒気が走りました。手前があのかわいらしい無邪気で小さなアンナ様を片時でも忘れたことがあったでしょうか。
『やめてくだされ』
「黙れ死人……プハハハ、死人は黙ってるのが普通だよな」
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