獣人アンナ
コロッセオは日が傾き始めていたわ。五万の観客は勇者の登場に盛り上がりのピークを迎え、長い沈黙が過ぎた。
彼らの会話は観覧席までは届かなかったけれど、私には分かったの。通じていたから。勇者はガイが何者か見定める必要があったの。
「どういう事だよ、ぽん
『……貴殿は怪物で御座います。本物の悪魔と言えましょう』
胸が締め付けられるような乾いた空気。止まったままのふたり。最後の最後に現れたのは、アンデッドでも最弱に位置する骸骨兵士。
ブーイングに罵倒、気の抜けたムード。でも時代遅れの
「……出来ない。リセットが」
『はい。闇の魔力は無に返りました。もはや、やり直しは効きませぬ。つまり例え最強の勇者様であろうと、もう無敵では御座いませぬ』
勇者は、巌窟王スルトから得ていたはずの魔力がただの幻だったことを知ったの。
「はっは! 雑魚がぬかすか。もういい、お前を殺して王家の脳内物質を貰うだけのこと」
勇者は他の魔物たち同様、闇を光と信じたわ……スルトの術中に嵌っていたわけね。闇は決して光の代わりにはならない。
『ちなみにハンス殿とアーサー殿には、空間移動できるアンナ様が付いておられます』
私は闘技場の客席で二人の王子を掴んで、構えた。何時でも離脱出来る体制は伝わったみたいだわ。
「驚いた。あんた雑魚だから、ちょっと甘くみていたよ。スルトは……あいつは本気でロザロを壊滅させようとしただろう?」
『読んだので御座います。猟犬がベスを守るのを知っていました』
「なっ……なんだと? 十の災いは」
『むしろ、留めて居ります。彼は魔物の心が覗けるので御座います。自ら闇に落ちた魔物にも、人間を傷付ける行為は禁じておりました。全ては絶妙なさじ加減で、貴殿を信用させる為に成されたのです』
「分かんないね。そこまでする? 俺が何か悪いことしたか。まあ、したか……自覚は無いんだけどさ」
『魔王ルシファーを倒した後……国家が魔物討伐の方針を変えぬよう進言しましたね』
「まあ、冷戦状態? そのほうが緊張感があっていいだろ」
『スルト殿が立ち上がったときも、闇の魔物や災いが起きたときも、貴殿は何もせず傍観しておりましたね』
「ああ、この次もそうするだろうね。俺は政治には興味ないし、得にもならないことには手を貸さないことにしてるんだ。人は失敗する生き物だからさ、失敗したらやり直せばいいんだ。良いこと言うなぁ、俺は」
『ご存じでしょうが……魔物と人間が憎しみ合う構図を作っていたのは貴殿です。王妃を殺し、ベナール王をそそのかしたのも貴殿です。勇者軍という私兵を持ってデタラメの報告をしていたのは何故です? 何の為ですか』
「知ってるくせに。
勇者はまじまじと骸骨の表情を読もうと、顔を覗き込んだわ。彼に表情はなく、ただ歯噛みする骨の音だけがしたのよ。
ギリギリ……ギリ。
『怒りを覚えます。一つだけ教えてください。今一度リセットが出来たら、貴殿はその力を平和に使っては頂けませぬか?』
「プハハハ。なら、あのケモ耳の美少女を最初に仲間にするよ。俺の嫁にして、色んなプレイで飽きるまで楽しむわ。しばらくは平和になるんじゃないかな」
『……貴殿を倒す理由が今、はっきりとしました。いざ、尋常に勝負で御座います』
「ハハハ、武器もない骸骨兵士がたったひとりで何を言ってるんだ。瞬殺だろうけど、恨むなよ。あんた、ムカつくよ」
チートは聖剣の柄に手を掛けて一歩前に歩みでたわ。一瞬にして長剣の輝く鋭い刃がガイの肋骨を切り裂いていた。
ガイは飛び散る骨を物ともせず、流れるようにクルリと身を翻しながら何もない空間から
勇者は背を反りギリギリでそれをかわし、そのまま地に手を着き、身軽に後方へ跳んだ。回避しながらの魔法攻撃が始まる。
『骸骨剣、土の用心』
勇者の巨大な
「……!?」
きっかり五秒。
首から三センチ……ふたつの半月刀が一本の剣でうまく止められていた。聖剣が輝き、ガイの腕ごと半月刀が火花を散らして宙に舞うのが見えた。
よろよろと後退したのはガイの方だったわ。溶けた両腕が付け根からポロリと落ちると、勇者の追撃の刃が光ったわ。
「……また、消えたか」
神棚に避難して、また五秒。警戒した勇者は、聖剣を突き上げ、火柱を巻き上げた。黒い煙を突き破るように飛び出してきたガイを、待ち受ける勇者。
「あんたの攻略法、分かっちゃった。出てきたところを待ち伏せして……ドンだっ!」
グシャ……。
潰れていたのは、空っぽの魔装の鎧だった。勇者は軽く舌打ちすると、
「タイミングが悪かったかな。四、三、二」
地鳴りが響き、闘技場の砂が舞い上がった。やむことなく、無数の光の線が地面を叩き続ける。骸骨兵士には絶大な効果のある魔法だった。
「ま、まずいわ。ガイが……戻れない」
「大丈夫じゃ」
ベナール王は私に笑いかけた。両手をあげて光の雨を止めていたわ。それは丸い水滴になり止まっていた。そして、一気に天へ吹き飛んでいった。
「すまなかったな、アーサー、ハンス。それにアリシアよ。儂は不甲斐ない父だった。決断出来なかった」
王家伝承秘術、
「奴の魔法は儂が、打ち消してやる。アーサーよ、この国に大僧侶、賢者と呼ばれた男がおったじゃろう。それは誰じゃ?」
「……父上です」
「ハンスよ、ヴェルファーレ戦記で百鬼のオーガを制したのは誰じゃ?」
「ち、父上です」
「アンナよ、あの気の強い王妃アリシアを妻に娶った色男は誰じゃ?」
「あ、貴方です……よね」
「儂が自ら力を貸す。勇者の使うフィールド系魔法は全て打ち消してみせる。単体のやつは無理じゃぞ」
ベナール王はニヤリと笑いながら詠唱を始めたの、この先には。
復活の瞬間を待ち構え、聖剣をクルリとまわす勇者の姿。四角く金に縁取られた大盾が現れたかと思うと、砂煙をあげ斬りかかる。
真っ二つに割れた盾の先には、何もなかった。少し先に膝をついたガイがいた。
「まずい、ダメージを受けてるわっ!」
聖剣は無惨にガイの頭に振り下ろされたわ。追撃の
待ち構えたように魔剣を天へ突き上げたガイが闘技場の真ん中に立っていた。勇者は斜めに向きを変えて雷を放った。
三本目の腕が丸い盾をかざして、ガイの頭部を守っていた。煙りの中から、たわんだ盾が放り投だされ、腕は……四本に増えていたわ。
上段からの魔剣は素早さを増し、隙のない四連撃に、勇者は溜まらずに後退りしたわ。
ズザザザザザ……。
「あんた……何者だ?」
彼は薄汚い世界でたったひとり、勇者に立ち向かう本物の英雄よ。その背中は広く暖かく、神々しい孤高の戦士だと思ったのよ。
惨めな屍の姿だけど、極めたのは時代遅れの骸骨剣だけど、いじけた素振りは少しもなくて、堂々としていたわ。
本当にカッコよくて、凛々しくて、紳士で思いやりがあって、優しくて……あなたみたいになりたいと思ったの。
『手前はガイ! 害は無いっ、ナイスガイっで御座います』
「………」
カタカタ
カタカタ……。
「………」
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