骸骨兵士

『骸骨剣、水の用心!!』


 手前は、勇者の聖剣エクスカリバーをすり抜け距離をとりました。凄まじい剣圧に御座います。


「どうやってるんだ? 足の裏……水の膜を造って体を浮かしてるのか。どっかで聞いたことがある原理だな、免許センターかな」


 勇者チートは別の次元から来たといいます。その魔力、剣技とも次元を越えた強さだと云われております。


「タイヤがスリップするやつ……ハイドロプレーニング現象。ぷぷぷっ、あんた笑わせてくれるなぁ。オリジナリティあるよ」


 カタカタ

 カタカタ。


『はて……手前には、貴殿のツボが分かりませぬが、父が何十年もかけてあみだした骸骨剣を笑うのは、お止めください』


 ガキィ―――――――……ィン。


 『骸骨剣、火の用心!!』


 魔剣が煌めき、エクスガリバーとかち合う音が響きました。勇者は軽々と手前の剣を受け流しました。


「ほう……魔法剣じゃないのに、どうして火花が散るんだ? ああ、魔法は反対側に使うのか。そっちに、貯めたエネルギーを滑車の理論で前に出すんだ。すごいなっ、ほとんど魔力を使わないんだな。アッハハハっ、やっぱり面白いよ、あんた」


 カタカタ

 カタカタ……。


『笑って欲しくありませぬ。不愉快で御座います。ちなみに手前は笑っておりませぬ。顎に筋肉が御座いませぬので、カタカタと鳴ってしまうのです』


「アハハハハハ! 何もかも貧乏臭いんだなぁ。笑うなってのが、また笑える」


 闘技場の中央に立ち、勇者チートは蒼い鎧兜を取りました。白い肌に黒い髪をした二十代の若者で御座います。


 柔和な印象はありますが端正な顔立ちで御座います。客席から悲鳴に似た歓声が沸き起こり、彼を称えました。演者は叫びます。


『な……なんという展開でしょう。ついにこのコロッセオに本物の勇者が降り立ちました。対するは、対する魔物は骸骨剣士スケルトンです』


 カタカタ

 カタカタ。


 と、呼んででいただけますと光栄ですが。やはり手前のような雑魚魔物をそう呼ぶのには抵抗が御座いましょう。


「まだあるんだろ? 見せてくれよ、ポンコツ兵士」


 勇者チートは動きました。スルトが倒れるや否や、闇の魔力を喰らいに闘技場へと飛び出したのです。


 ついに手前は、世界最強の人間と対峙するはこびとなりました。すべてアンナ様とパピィ殿、猟犬のおかげで御座います。



         ※


 数分前―――手前どもはラースを倒し、魔法障壁を失ったコロッセオに空間移動しました。まずはベスの契約者探知で、スルトの魔物を排除していく計画に御座います。


 アンナ様の魔力枯渇問題は、解決しております。この場に現れた瞬間に、手前は理解したのです。


 直ぐに『神棚』から複製した守護騎士の指輪を取り出し、アンナ様に渡しました。白き炎が灯ると……魔力を得たアンナ様は皆の救出へ向かったので御座います。


 触れた魔物と共に空間を跳躍ジャンプするのに、時間は掛かりませんでした。以心伝心、まさに各人がすべき事を黙々と実行致しました。


 言葉は、必要ありませんでした。意志は通じ合い、集中力は増し、神の領域のように仕事をこなしていきました。


 この建物の一番高い大塔に、パピィ殿は魔方陣がを作りました。グリモール殿とリフィル殿も手伝いました。その牢に閉じ込めておりますは、目の契約者と腕の契約者の三方に御座います。


「キエエエ---ッ!」


 捕らえた魔物を威嚇するパピィ殿が見えます。隣に、なだめているグリフ殿の姿も見えました。ふたりとも大分傷付いておりますが、無事で何よりで御座います。


 アンナ様が地下の五層へ飛んだとき、既にグリフ殿はルシファーの娘とその従者キメラと和解したように見えました。彼は臆病者で戦うことは出来ないので、話し合うしか無かったといいます。


 それこそが、真の勇気なりますれば。グリフ殿と話していると不思議な感覚になります。先の先を行ってしまうからでしょうか。


 魔王の娘ルシエル殿は、魔物評議会の席に戻り、手当てを受けておるのが見えました。貴女は配下の魔物に怒鳴っております。


「お前らは、操られていたのだっ。そうだ、ラースごときにそそのかされおって。アンナ殿がわざわざ教えてくれたわっ!」


「も、申し訳ありません」


 緑色の外套を着た男たちが、膝をついておるようです。あの巨体のキメラも擬人化して戻っております。魔王の血をひくルシエルは、手前どもがラースを倒したと聞き、意を決しました。


『なんと……なんと礼を言ってよいか。我々はラースに操られ、弱みを握られていたのだ。本来なら我ら評議会がしなければならなかった戦いを……ありがとう。魔王軍は壊滅してしまったが、獣人アンナ殿の功績は素晴らしいものだ』……と言って。



「王家とは私が話をする。評議会が操られていたのなら、当然だな?」


「は、はい」

「そのようで……」

「分かりました」



 そうは言っても、誰もが大怪我をおっております。何があっても手前への手助けは無用と頼みました。


 回復魔法、それは言い伝えほど便利にはできておりませぬ。無茶な回復で連戦などしようなら、すぐに廃人同然になるでしょう。


 エリクサー等も、所詮は薬物でございますから、発作や中毒症状、幻覚などの後遺症も御座います。


 ワンワン!

 ワンワン!!


 猟犬わんこが尻尾を振っております。こんな時に不謹慎なバカ犬……では御座いますが、スルトに残留している闇の魔力を振り払っているので御座います。


 彼の甘噛みで操られていたキメラも我に返ったようですし、闇を祓う尻尾を持っているのは、大変好都合で御座います。

 

 隣にいるのはベスで御座います。猟犬の有能さと魅力に気付かれたようで御座いますな。見た目以上に猟犬はダメージを負っておられるようです。


 彼は手前の大事な友人なれば、猟犬を宜しく頼みましたぞ、ベス殿。



 ハンス殿とアーサー殿は、アンナ様と共に闘技場内のベナール王陣営におり手前の方を見ておりまする。熊の守護騎士と老騎士ターネル殿も居りました。


 国王は息子たちに回復魔法を使い、操られていた臣下を解放したようです。


 二人の王子は、共に力を合わせ首の繋がった国王を支えました。王家は手前を応援してくれています。


 フレイ殿は手足を失ったスルトに肩を貸して、手前を見ております。なんと闇の魔力が抜けているように御座います。それは、それは美しい姿ではありませんか。


『骸骨剣、風の用心!!』


 勇者の剣は、手前の剣を潜り抜け二つの剣が右手に飛びました。すかさず彼は雷の魔法を使い、後方へと跳躍しました。


 あまりにも速く稲妻がきらめいたので、手前の丸盾は細かい飛沫しぶきとなって雨のように飛び散りました。


 手前は勇者を真似るように後方へ跳躍し、対角に構えました。聖剣エクスカリバーと魔剣レーヴァテイン。


 剣技だけでも敵わぬというのに、魔法を織り交ぜてこられると、その差は歴然と言えましょう。気骨が折れそうに御座います。


「極少の圧縮波で……スリップストリームと爆風で武器を跳ばすか。全部合わせてもMP1消費しない感じかな。鍛練ありきの貧乏技だ、まじで笑える」


『何もかも、お見通しのようで』


 聖剣はくるくると輝く水車のように頭上をまわり、勇者の元へ帰って行きます。身をひるがえし剣を取る姿も絵になっております。


 客席からは、武器を持った勇者と剣も盾も失った手前が圧倒的に不利に見えたようで御座います。


「わあああああっ!! 殺せっ! 殺せっ! 殺せっ! 殺せっ!」


「勇者さまああっ!! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」


 手前はうんざりで御座います。客席の民衆にでは御座いません。このような独りよがりな舞台を生み出した勇者チートにです。


 貴殿が何処から来たのかは知りませんが、もう終わりにしようではありませんか。



「……ああ、笑っちまうよな。期待されても俺はお前の血など欲しくない」


 蒼き鎧に、黒髪の勇者は薄笑いを浮かべ言いました。手前に血はながれておりませぬので、何かの例えで御座いましょうか。


「貧民の兄弟と、王家の兄弟。英雄は俺一人で充分なのにさ。わざわざ異世界からやってきたのにお前らみたいな脇役になるのはゴメンだよ。どっかから、やり直しだな、やり直し」


『出来かねます。勇者様の最大にて最強の能力〝〟でしたら』


「――はあ!?」


『勇者様ほどのお方が、スルト殿の策略を見抜けませぬとは、はてさて。何もかもお見通しかと思っておりましたが……』


「笑えないね、あんた」

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