お前の心臓を寄越せ

白里りこ

星が降る日のおまじない


 この星には四年に一度、彗星が来る。

 その日は、まじないの力が一番強くなるとされる日だ。


 夜が来た。


 祈り続けること約五分、待ちに待った大豪雨がやってきて、彗星はたちまち黒雲の向こうにかき消えた。そこで私は傘もささずに都会の真ん中を駆け抜けて、川へと向かった。


「天の神様ァ!!」

 橋のど真ん中で、私はおふだを握った拳を振り上げた。

「私の願いを聞いて下さい!!」


 ピシャッと辺り一帯が眩しくなったかと思うと、私の脳内に囂々と野太い声が響き渡った。


「この愚か者がァ!!」


 私は少しも怖くなかった。むしろ嬉しかった。神下ろしのおまじないがうまくいったのだ。


「よっしゃ! 天の神様、聞いて下さい!」

「何じゃァ!」

「私の元彼の脳の機能を停止させて下さい!」


 二度目の雷が落ちてきた。


「そんなことでこのわしを呼び出しおったんか!! とんでもない娘じゃな!」

「大事なことなんです!」

「バカやっとらんで新しい彼氏でも探しておれ!」

「いや私の命がかかっているんです。アイツが私の心臓のドナーに最適って占いが出たんですよ」


 三度目の雷は何だかズッコケた感じで弱々しかった。


「もっと他に、まじないのやりようがあるじゃろがい。何も、元彼とやらをそなたの生贄にするために、病身をおしてこの雨の中を出てこなくてもよかろう」

「だって、人形に杭を打ち込む呪いなんかやったら、アイツの心臓が駄目になるじゃありませんか!」


 人を安全に脳死させる呪いなど見つからなかった。いや、無くはなかったが、今の私には到底できないことだった。こうなったら神頼みするのが手っ取り早い。

 そこでこの町の風水を調べまくり、病院を抜け出しては各地にお札を貼って、この橋を中心とした五芒星を作り出したのだった。


 天の神様は唸った。


「まぁコレがそなたなりの答えであることは認めよう……」

「じゃあ」

「しかし、何故わしが、そなたの命のためにそなたの元彼を殺さねばならんのだ?」

「脳死ですからあなたが直接手を下すわけじゃないですよ」

「結果的には同じことであろうが。わしにはそなたの命を優先する理由が無い」

「そのことなんですよ!」


 私は地団駄を踏んだ。


「アイツったら本当に許せない」

「これ、暴れるでない。体に障るぞ」

「聞いて下さいよ」

「聞いておるがな」

「アイツ、私の家に上がり込んでグウタラするばっかりだったくせに、いざ私が入院したら、一度も見舞いに来ないで、浮気のために私の貯蓄を空っぽにした挙句、家からありったけの金目のものと個人情報を盗んで逃げ出したんですよ!」

「何ィ本当か!?」

「神様なら本当かどうかくらい分かって下さいよ」

「ちょっと待って今調べる……ふむ、本当のようじゃな」

「あんな奴に恋してたなんて! ウギャー腹立つ! 可愛さ余って憎さ一兆倍! 死をもって償って欲しいですよね!?」

「気持ちは分かったからそう激するな」

「ぷんすか!」


 私は腰に手を当てて雨雲を仰いだ。


「正直、自分の心臓とアイツの心臓と取り替えるなんて真っ平御免! と言いたいところですが、アイツが生き延びて私が死ぬなんてもっと嫌です。だから何が何でも合法的にアイツに心臓を差し出させたいんです。協力してくれますよね?」

「……」

「ね??」

「……わし、これ以上ここで雨を降らせる力が残っとらんから、この話は後で……」

「だぁーっ!」私は橋の欄干から身を乗り出した。「私があなたをここに呼び出すのにどれだけ苦労したか分かってます!?」

「いやマジでヤバいんじゃって」

「私の命の方がヤバいですって!」

「分かった、協力するから今は勘弁してくれ」

「約束ですからね!」

 私は喚いた。

「明日までに殺ってくれなきゃ、闘病ブログにあなたの悪口を書いて投稿しますからね! あなたへの信仰心を薄めてやるっ!」

「本当にとんでもない娘じゃな!」

「そうでしょうとも。それが嫌なら……」


 続きを言おうとしたのだが、突如私の視界は真っ暗になった。

 どうやらぶっ倒れたらしい。


 ──で、それから、どれくらい経ったのか分からないけれど。


「おめでとうございます、手術は無事に成功しましたよ」


 外科医の声が聞こえたので、私は満足したのだった。


 四年に一度の大チャンスを、私は掴むことができたのだ。

 四年後にまた彗星が来たら、またおまじないをやって、神様にお礼を言わなくちゃ。



 おわり

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