最終話

僕に初めて彼女ができた。はっきりいって自覚がない。実感がない。

隣に弥衣さんがいてくれることに実感がない。

いつもと同じ帰り道なのになんだかキラキラしてさえみえる。

これが恋というものなのだろうか。


「ねぇ、徹くん。あの喫茶店にいかない?」

放課後、僕たちは一緒に帰ることになった。

あの後、彼女は母親に本音という本心をぶちまけたらしい。

自分を偽っていい子でいるより僕と一緒に過ごす方をとったのだとか。

そんなことをスラスラ言われるものだから僕は照れる余地がなかった。

「そんなわけだから、徹くんは結構笹崎家では重要人物なのよ?」

なんていう設定にしてくれたんだ。僕は純粋に君が好きなだけなのに。

でもいいようになっているなら良しとしよう。

「いいよ、今日は持ち合わせあるし。おごるよ」

僕たちはもうクラスメイトではなく彼氏彼女なのだ。

ここは僕が払わなくてはいけない。

「ふふふ、ありがとう」

喫茶店に到着した僕たちは前と同じ席に座る。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

とてもきれいな黒髪を1つに結び、穏やかな声で僕達に聞いた。

どうやらこの喫茶店のバイトさんなのだろう。

僕達より年上にみえるし何より綺麗だった。

「徹くん?」

「え、あー、あとで呼びます」

「かしこまりました」

断じて見惚れていたわけではない。何処かで会ったことあるような見かけたことがあるような気がしたので見つめていた。

「ふーん」

少しため息をついた彼女は顔をメニューで隠し、注文するものを選んでいた。

「どうかした?」

「徹くんは、特別だと思えるものってなんだったの? 例えば男は世界に三十五億いるって芸人がいってたけど、その三十五億の中で一人だけ特別ってなんなのかな?」

突然、メニュー表を机に広げ、腕を組み、僕を少し睨みつけながら彼女は僕に言う。

この姿を僕はだと感じた。というかこれはもしかして…。

「その答えは全人類の男に会わないと分からないと思う。たとえばまだ出会ったこと無い異性にあったとして、今僕にとっての特別を越える人がいたら迷わずその人を特別だと思うよ」

彼女はまだ【怒り】を出していた。むしろ倍増している。

「でもさ、今は君が特別なんだよ。全人類は広すぎるから僕らの教室、クラスの中を一つの世界に例えたら、君はそれこそ特別だよ」

腕を組んで【怒り】を出していた彼女の顔は目を潤ませて赤くなっていった。

「ふーん」

「だって弥衣さんだってそうなんでしょ?」

負けを認めたくないのか、すぐに返事はしなかったが、顔でわかった。

「で、何頼むの? 徹くん」

「チョコレートパフェを」

「ふふふ、お子様ね。私はストロベリークリームパフェにしよっかな」

どっちがお子様だろう。彼女の頼んだほうが生クリームが大量のパフェだ。

甘党なのは彼女のほうだった。

先程のきれいなお姉さんを呼び出し、注文をした。

「それではごゆっくり」とニコリと、いやニヤリとして厨房へと向かった。

「何あの人、私達のこと悟ってない?」

「悟ってるって、そりゃわかるんじゃないの?」

「ふーん。でも私のほうが綺麗だし美人だし可愛いとおもうよね?」

頬杖をしながら片手ではお冷のコップをもち、中にある氷をコロコロ転がしている。

「も、もちろんだよ」

ごもってしまった。ここははっきり言わないといけないところだった。

「ふふふ、ごめんごめん。冗談よ。試すようなこと言ってごめん」

クスクス笑いながら僕をみた。

「試してたの?」

「ほんというとまだ不安なのよね。人はいつか自分から離れていくという感覚がまだ染み付いてて離れなくて。信じてないわけじゃないんだよ徹くん。ただ、私の気持ちがまだ自覚していない感じかな」

「それは僕も同じだけど」

「そうだよね、私達まだ恋人らしいことしてないもんね」

「??」

今こうして喫茶店に二人できていることは恋人らしいことなのではないだろうか?

「ふふふ、恋人らしいことってどんなことだと思ってる?」

両手で頬杖をしながらニコニコしながら僕に問う。

「そ、それはこうやって一緒にいて、一緒に帰って、手を繋いで…」

「それだけ?」

「??」

「手を繋いだ後は、何?」

「何かあるの?」

「ふふふ、徹くん面白いね」

何が面白いのかわからなかった。

「でも自分で分かってもらわないと困るんだけどね」

頬杖していた両手を机においてさらにニコリと笑う。

僕には何がなんだかわからず、考えていたら注文した品がやってきた。

「お待たせいたしました」

二つのパフェがやってきた。とても美味しそうだ。

「ごゆっくり、甘いひとときを」ニコリと黒髪の店員はいう。

「ご心配なく。もうすでに甘々ですので」ニコリと彼女は言う。

「ほら、食べよう弥衣さん」

僕たちはお互いのパフェをシェアしながら食べた。

とにかく最後まで甘かった。



食べ終わり、だいぶ外も暗くなってきたので、帰ることにした。

「家まで送るよ」

僕はそういうと彼女は嬉しそうに笑った。

「ありがとうっ。お母さんと出くわしたら一声よろしくねっ」

なんというハードルだろうか。僕は彼女の母親の敵になっている。立ち向かえる勇気はまだないが、でもそれでも僕は彼女との時間を大切にしたいし、彼女自身を守りたいと思っている。その気持ちは揺るがないし、誰にも譲れない。たとえ親でも。


僕たちは手を繋いで帰った。

嬉しいのかはしゃいでるのか彼女は繋いでいる手をぶんぶん前後にゆらした。

「どうしたの?」

「別に~こういうのもいいなっておもって」

そういいながら笑う。僕も笑う。

そういえばさっき喫茶店で彼女が言っていたことを思い出した。


「手を繋いだ後は、何?」



「手を繋いだ後のことを」

僕は繋いだ手を絡めた。

「ふふふ、その後はなーんだ」

「もったいぶらないで、教えろよ」

「女の子に言わせないでよ~」

「だから、なんなんだよ……」


そういいかけての口は塞がれた。彼女の口で。


「!!」

「こういうことじゃないの?」

至近距離で彼女と目があう。僕の心臓はいつもの倍脈を打っている。

「だからいったのに。女の子からいわすものじゃないって」

そしてさっきの立ち位置に戻る。

僕は唖然として足を止めていた。反対側の手で自分の唇を触る。

柔らかくて温かくて……甘い。


ぶわっと身体が熱くなる

「ねぇ、徹くん。これ、ファーストキスってやつかな?」

さらに身体が熱くなる。言葉にされて初めてさっきのそれが「キス」だと気づく。

「そ、そうかもしれないけど! 弥衣さん! こういうのは! もっとこう!」

僕は興奮しているのか混乱しているのか動揺しているのか、とりあえずどれでもあった。余地もなく予言もなくにキスをされたのだ。

「徹くんは、嫌……だったの?」

「い、いやなわけないじゃん! でも、それはそれでこれはこれで、ていうかタイミングがあって!!」

「タイミングっていっても私がしたかったんだから仕方ないじゃん」

彼女は全然動揺していなかった。顔は赤かったが、いつもの笑顔だ。

いや違う。絡めている手が少し震えている。

自分の震えかと思っていた、これは違う。

「……私だって緊張してるんだよ? フ、ファーストキスなんだから」

彼女は下を向いた。照れている。僕達は今同じ気持ちで照れている。

「だったら、もっとこう、雰囲気とか場所とか、あるじゃん」

「でも、したかったんだもん」彼女はふてくされた。

それを可愛いと思った。いや、愛おしいと思った。

なるほど、彼女は最初からしたいと伝えていたじゃないか。

今更気づいた僕が悪かった。

手を繋いだ後にする恋人らしいこと、それは

「キスに決まってるじゃん」

僕はこの手に疎かったのでそれが常識だとは思わなかった。

「ごめん。今度はちゃんと僕からするから」

「ほんと?? いつ? いま?」

さきほど照れていた彼女は一瞬にして消えてしまい好きなおもちゃを買っていいといわれた子供のようにはしゃいでいた。

「さぁ? いつでしょう?」

「ずるい~~」

こんな会話をしながらの帰り道を僕は幸せだと思う。

彼女もきっと、そう思ってくれているだろう。だとしたら僕は嬉しい。


「弥衣さん、今幸せ?」

「もちろんだよ~幸せの答えは今ココにあってずっとココにいてくれる」

「うん」

「幸せの答えははっきりしないって思ったけど、うん。はっきりしてた」

「好きな人の存在イコール幸せなんだねっ」


僕は野村さんが言っていたこと、日下部くんが言ってたこと、いま分かった。

「そうだね」

僕たちはお互い笑いながら笹崎家へと向かった。

敵に会いませんようにと少し願いながらも僕たちは浮かれながら帰った。

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優等生の憂鬱 稚明 @cak018

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