第7話
日曜に笹崎さんとデート(?)に行った翌日、笹崎さんはいつにもまして元気だった。ずっと笑顔で、クラスの子に頼まれたことを全て引き受けていた。
そのせいで僕は笹崎さんに声をかけるタイミングを失っていた。
「なんか、今日の委員長、はりきってね?」
「うーん。そうだね」
「なんかあったんか? もしかして、告った?」
「言ってないよ!……まだ」
「そう? じゃなんであんなにはりきってんだ?」
日下部くんの言うように、笹崎さんはいつも以上に張り切っていた。
僕は少し気になったので昼休み、声をかけた。
「どうしたの遠部くん?」
「いや、元気すぎて、逆に心配になって。何かあった?」
「あははは、なにそれ~心配しなくても大丈夫だよっ。任されていることが多くてはりきってるだけだよ」
そういって先生に呼ばれているからと職員室へ向かった。
ポツンと僕はその場に残された。なんだろうこの疎外感。
「やっぱ委員長は頼りになるよね~」
「うちのクラスでよかったって思うよね!」
「頭いいし、運動もできるし、美人だし、そんでもって彼氏いるしね~」
クラスの人達の会話の一部が僕の耳に飛び込んできた。
彼氏が、いる?
ハッとあの時コンビニで話していた男性のことを思い出した。
でも、あの人結婚がどうとか……。
「笹崎さんって不幸とか無縁そうだよね」
「ほんと、いつも笑顔で幸せそうだもん」
「悩みとかなさそうだし」
「ほんとそれ~」
クラスの人たちは本当に笹崎さんの何を見ているのだろう。
笹崎さんが幸せそう?
笹崎さんが悩みなさそう?
不幸と無縁??
ふざけるな! んなわけないだろう!
僕は感情的になって近くにあった机をバンッと大きな音で叩く。
クラスのみんなが静まり返り、僕を見る。
「そんなことない、笹崎さんはそんな完璧な人間じゃないよ!!」
今まで出したこと無い大きな声で僕は言う。
「え、急にどうしたの?」
「遠部くん、もしかして委員長のこと好きなんじゃないー?」
「だめだよ遠部、あいつには彼氏いんだから」
「てか、遠部みたいなやつにいわれなくても俺らわかってるし」
悔しい。僕の気持ちがみんなに届いていない。笹崎さんの気持ちも。
僕はまた大きな声で叫ぼうとしたら、日下部くんに止められた。
「おい、落ち着け。すまん、みんな」
日下部くんがみんなに謝る。
「ちょっと、頭冷やしてくる」
僕は日下部くんに言う。
みんなあることないことを本人のいないところで言う。それがとても悔しい。
僕は二階の渡り廊下で外の空気を吸う。
あんなに大きな声でみんなの前で叫んだのは初めてだった。
中学の時だって僕のことで笑い話されていたときですらそのままスルーして、聞いてなかったことにした僕なのに、我慢できなかった。
「遠部、大丈夫か?」
あとをおって日下部くんが来てくれた。
「うん。ごめん。急に大声だして…」
「そんだけ委員長のこと好きなんだろ?」
「……うん」
「たしかにな、委員長てさ、人の顔色伺いながらその人にあわせた対応してるとは思ってた。自分がないっつうか、どれが本当の委員長なんだろって」
「日下部くん?」
「でもお前は本当の委員長を知ってるんだろ? それで十分だと思うけど」
「どういうこと?」
「だからー。本当の委員長を知ってるのはお前だけでいいんだって。他の奴らは知らなくていいんだ。言わせておけ。で、優越感にでも浸っとけ」
日下部くんが僕の頭をワシャワシャする。
「あ、ありがとう。てか髪の毛が…」
「何があっても委員長が戻ってこれる場所になってやればいいんじゃね?」
「?」
「俺にとって楓はそういう存在。だからお前もそういう存在になれるよう努力すればいい」
「日下部くん…」
「ま、お前にとって俺はそういう存在であってほしいってのも本音だけどな」
そういって背伸びをしながら先に教室へ戻った。
日下部くんが友達で本当に良かったと僕は乱れた髪の毛を直しながら笑った。
教室に戻ったらみんな何かを話していたが、無視をして僕は席についた。
笹崎さんも席についていたが僕の方は見なかった。
授業のさなか、僕のスマホが震えた。笹崎さんからラインだった。
「放課後、残っててほしい」
たったその一行だけ。
さっきのゴタゴタについて何か言われたのだろうか、僕はすぐに返事をした。
放課後、あの時の勉強会のように僕たちは教室に残った。少し懐かしい。
つい最近のことなのに。
「今日、昼休みに、教室で叫んだんだってね」
「うん」
「ありがとうね。フォローしてくれたんでしょ? でもね、いいんだよ。遠部くんが何か言うことも、何かすることもないんだから」
なんだろう。なんか僕の気持ちが晴れない。
「これは私が作った私なの。みんなに好かれる委員長。先生に頼られてみんなに信用される優等生。そんな存在を自分で作ってるの。だから、本当のこと言うとフォローはいらない」
まるで僕が言ったことは間違っているといいたいのだろうか。
「私のことは心配ないし、大丈夫だし、そこまで弱くないし。遠部くんが何かすることなんて一つもないから。だからホント、気にしないでね」
笹崎さんは笑った。この場面で笑うのはおかしいと僕は思った。
いや、僕がおかしいのか。
「……なんでそんなこというの? 本当はそんな自分が嫌なんじゃないの? 任されている自分が嫌なんじゃないの? 楽になりたいんじゃないの?」
「えー? そんなこと、思ってないよ」
「嘘だ! 弥衣さんだって、本当はみんなともっと素で楽しみたいって思ってるはずだ! みんなの持っている印象とは違う、本当の自分でいたいはずでしょ?!」
「私の家、母子家庭なの」
突然的の外れた話をし始めた。
「だから、なに?」
「お母さんは遅くまで働くことがあるから、家事全般は私がやらなくちゃいけないの。もちろん成績もよくなくちゃいけない。お母さんが大手企業の社員だから。有名な大学も卒業しているの。そのせいもあって、私は成績を落とすわけにはいかない。委員長でいなければいけないのも内申点を稼ぎたいから。みんなに優しく、先生に信用される、それも内申点を稼ぎたいからよ」
僕は黙って彼女の言葉を聞く。
「小さい頃はね、何もできなかったからお隣に住んでる幼六つ上の幼馴染のお兄ちゃんと一緒に妹たちの世話をしていた。お母さんに怒られながらも、お兄ちゃんがいれば私はなんだって頑張れるって思ってた。それがだんだん恋心に変わって、好きだって言ったこともあった。結局振られたけど、幼馴染という特別枠を持っていたから大丈夫だと思った。でも、お兄ちゃんが結婚するって言われて、彼女連れてきて紹介されて、私の支えだったものが取られたって思った」
笹崎さんの目が潤んでいた。
「でも、自分で大丈夫だって言い聞かせて今までやってきた。なのに、遠部くんは、こんな私に優しくする。優しくされたら、私またそれにすがってしまう。すがってしまって、それをなくした時、もう戻れなくなる」
下を向いてギュッと手を握る。
「笹崎さんなら、大丈夫だよ」
そういうと笹崎さんは大きなため息をついた。
「遠部くん。今まで話した話、ちゃんと聞いてた?」
声が震えている。僕は動揺した。
「うん」
「………ってないよ」
「え?」
「遠部くんは、何もわかってないよ!」
目に涙をためていた粒が周りに飛び散って、彼女は教室を出ていった。
僕は何が起こったのか状況がわからず立ち尽くした。
僕は彼女の何を見ていたのだろう。
思い出すのは笹崎さんの笑顔だった。よくよく考えたらさっきみたいに泣いているところは見たことはない。悲しそうな泣きそうな顔はあるけど、涙まで流すことはなかった。僕はどこかで笹崎さんは強い
そんなの、しなくていいのに。僕はそう思って彼女追いかけた。
全力疾走した。早く笹崎さんに追いつきたい。弱さを全てさらけ出して受け止められるだけ受け止めたい。そして、笹崎さんにも幸せを感じてほしい。
廊下を走っていると担任に「おい、遠部も! 廊下ははしるな!」といわれた。
も?
「す、すみません。笹崎さん、走っていきましたか?」
「ああ、注意しようと思ったが、何かあったのか?」
「僕が泣かせてしまったので」
「遠部が、か? そうか。それだけ笹崎はお前に心を許してるんだな」
「え?」
「とりあえず、追いかけてこい! あ、でも廊下は走るんじゃないぞ」
「はい!」
先生は事情を知っているのか知らないのか、的確な事を言われて、僕は少し勇気をもらった気分になった。笹崎さんが僕に対して心を許しているのなら、僕も本音をぶつけないといけない。僕の気持ちを、伝えないと。
下駄箱まで辿り着いたが、そこにはいなかった。周りを見たけど誰もいない。
もしかしたら二階の渡り廊下かもしれないとふと思い、僕はまた二階へと上がる。
二階へ上がり渡り廊下の入り口にたどり着いたら、ちょうど廊下の真ん中あたりで壁に持たれて座っていた。隠れているつもりなんだろうか、体育座りをして小さくなっている。
「弥衣さん」
ビクッとして、笹崎さんは顔をあげる。髪が乱れて顔もぐちゃぐちゃだ。
こんな姿、他の生徒がみたら、幻滅するだろう。
「バカ…とおるくんのバカ」
「うん。バカだよ。だから、分からなかった。ごめん」
僕は笹崎さんの隣で体育座りをした。
「みんな言うの。委員長なら大丈夫だろうって。笹崎ならなんとかなるだろうって。私だって人間だし、完璧じゃない。「~なら」って言われてできなかった時が怖い」
「うん」
「だから頑張ってできるようにしたし、努力もした」
「うん」
「でも、褒めてはくれない。だって当たり前だから」
「うん」
「その当たり前が本当に当たり前になって、もう失敗できない」
「うん」
「……さっきから、相槌しかしてないんだけど」
「いま、本音言ってくれてるんでしょ? ちゃんと聞くから」
「そんな自分が時々苦しい。こんな生活は幸せとは程遠いって思う」
「うん」
「だから、私はもう幸せになれないのかなって思った。完璧なロボットみたいな生活が私の生活なんだろうって思うときもあった」
「うん」
「そんな時、遠部くんと話す機会ができた。本当は気になってたんだよ? 君はいつも日下部くんとしかいないけど、幸せなんて感じることあるのかなって」
「うん」
「でも、違った。遠部くんはそんなこと考えずに生きてる。今生きていれたらそれでいいって、この人は自由なんだって、思った。憧れていたの」
「……」
「その気持ちに気づいた時まずいなって思った。私、遠部くんにすがってしまうんじゃないかって、甘えてしまうんじゃないかって。今まで自分で支えてきた強さがなくなっちゃうんじゃないかって気づいて、私は君にとってのただのクラスメイトに戻らなきゃいけないって思ったの」
今まで笹崎さんに出会ってから、どこかしらにサインはだしていた。なのに僕はそれに気付けなかった。いま、笹崎さんが話してくれたから僕はやっと気づけた。
「弥衣さん。今から言うことは僕の本音で真実。だから信じてほしい。突き放さないでほしい。僕の本当の気持ちをちゃんと受け入れてほしい」
僕は笹崎さんを真っ直ぐ見る。
顔が赤く、泣いた目は赤く充血している。
ぼさぼさの髪が居たたまれなくなって僕は撫でながら整える。
「僕は弥衣さんが好きだよ。今までの話しを聞いても僕はそれでも好きだよ」
愛おしいという気持ちがあふれる。
この気持ちを言葉以上に伝えたい衝動に駆られる。
「だから、すがっていいし、甘えていい。なにがあっても僕がいるから」
止まっていた涙がまた溢れてボロボロ流れた。
「……いいの? こんな……わたし……めんどくさい私なのに……」
「……いいっていってるんだけど」
僕はふてくされた顔をした。信じてもらえないのはなんだか嫌だ。
笹崎さんは涙をふいて僕に抱きついてきた。
「!!」
「うん。私も…好きだよ。とおるくん」
僕は笹崎さんを思いっきり抱きしめた。
愛おしい気持ちとこの鼓動がどうか彼女に伝わりますように。
「ねぇ、とおるくん。質問があるんだけど」
「何?」
「もし、私が教室で素の私をだしたらどう思う?」
「うーん。嫌かな」
「な、なんで?」
「だってそれを知っているのは僕だけでいい」
「!!」
そんな他愛のない話をしながら僕たちは手を繋いで帰った。
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