第6話

あの後家に帰って笹崎さんからラインが来た。

『弥衣です! よろしく』

可愛いスタンプも添えて。

『こちらこそよろしく』

この流れでデート、というか水族館に誘おうを思った。

『笹崎さん、今度の日曜日空いてませんか?』

すぐ既読になり、返事が来る。

『空いてるよー! どうしたの?』

『遊びに行きませんか? 二人で』


そう送った後、少し間があって

『もう一人追加しちゃだめ?』

『いいけど、誰を追加するんですか?』

『妹の沙月―! そうしていればあの人に言い訳たつし♪ てかなんで敬語?』

『なるほど。了解です』

『いやいやなんでそんな堅苦しいの? もっと気楽に送ってくれていいよ?』

『了解です』

そんな他愛もないトークが続いた。

今日。日下部カップルが言ってた。幸せはどこにでもあるんだよと。自分で気づかないだけで、気づいたらいろんなところにあるんだよと。

僕はこんな他愛もない会話すらも幸せだと思えるようになった。

笹崎さんも同じ気持ちだといいな。そう願った。



翌日、日曜日。

水族館へ遊びにいくことが決定し、現地で待ち合わせすることになった。

僕はいつもながら気合をいれた服装をしてきた。


(今日は笹崎さんに自分らしさのでる時間提供をしてあげよう!)


要は気晴らしだ。教室でも家でも優等生をしていなくちゃいけない笹崎さんに少しでも気を緩められる時間をあげたい。そう思った。

水族館の入口前で笹崎さんたちを待つ。

緊張しているのか、凄くドキドキしていた。

「とおるくんー! おまたせー!」

ふと横に目をやると手を降りながら小走りでやってくる笹崎さんと妹がいた。

「ごめんね~沙月が服選びに悩んでて」

「おにいちゃん、きょうはいちにちおねがいします」

妹は可愛らしくお辞儀をする。

「じゃあいこっか」

笹崎姉妹はとても楽しそうに僕の後についてきた。

「水族館なんて何年ぶりだろう~。沙月は初めてだっけ?」

「うんっ! イルカさんいるかな?」

「いるんじゃないかな? 時間が合えばイルカショーもみれるよ」

「わーい!」

姉妹でバンザイの姿をする。なんだかかわいらしい光景だ。

日曜日だからか、家族連れやカップルが多かった。妹が迷子にならないように笹崎さんは妹の手をしっかり握っていた。もう片方はもちろんカバンを持っていた。

中に入った途端圧倒される大きい水槽が目の前に現れ、いろんな魚が泳いでいる。

「きもちよさそ~」

ふたりして水槽の壁にへばりついて目を輝かせてみている。

少し微笑ましい。

クラゲコーナーや深海魚コーナー、ペンギンコーナーを経て、出口に差し掛かるところだった。

「本日のイルカショーは、あと10分で開始しまーす」

アナウンスがかかり、妹が僕の服を引っ張る。

「おにいちゃんおにいちゃん!」

行きたいのだろう、今すぐに。ふと笹崎さんをみると、同じ顔をしていた。

「いこっか。席開いてるかな?」

三人でイルカショーの客席へと向かう。お客さんがたくさん座っている。

「とおるくん! あっこあいてる!」

ステージからはだいぶ離れていたけど、そこでもいいと姉妹たちはいう。

「わーおっきいプール! イルカさんまだかなー?」

ワクワクする妹をみて僕たちは笑う。

「楽しみだね沙月っ」

「うんっ」

僕はふとおもった。まるで家族みたいだなと。僕と笹崎さんがもし将来結婚して、子供ができて、大きくなってこうやってイルカショーを見に来る。そんな想像をした。

いや、妄想だ。僕はとてもくすぐったい気持ちになった。



『自分の心がポカポカと暖かい気持ち、あの気持ちに名前をつけるなら幸せです』



ふと、野村さんの言葉を思い出した。

僕は胸に手を当ててみる。いつもより少し鼓動が早い。

でも苦しくない。とても暖かい。

そうか、これが……。

「どうしたの? とおるくん?」

「ううん。幸せだなぁって思って」

そういった僕をみて、笹崎さんはキョトンとする。

「え、あ、なんか変なこと言ったかな?」

「う、ううううん。いやぁ~とおるくんもそんな顔するんだな~と思って」

ニヒヒっと笑いながら笹崎さんはいう。その言葉をきいて妹も僕を見る。

「おにいちゃん、うれしそう! イルカさんにあえるから?」

「え、あ、うーん。そうかも」

笹崎さんはクスクス笑う。本当は違うって分かってるんだ。

「みなさーんこんちにわー! それではイルカショーを開催しまーす!」

観客全員の拍手が湧き上がる。

「登場してもらいましょー ピー」

専用の笛を飼育員が鳴らした後、イルカがやってきた。

「イルカさんだー!」

妹は興奮気味で立ったままみている。

僕も久々に見たので少し興奮した。気持ちよさそうにジャンプし、気持ちよさそうに泳いでいる。羨ましくも思った。

ふと、笹崎さんも楽しんでいるだろうかと目を横にした。

笹崎さんは羨ましそうな顔をしていた。そうだな、あんなに自由に泳いでいるんだ。もしかしたらイルカになりたいなとか思っているのだろう。憶測だけど。



イルカショーはものの二十分で終わった。

「あっという間だったね」

「うんっ! さつき、イルカのぬいぐるみほしい!」

「沙月、お母さんに内緒にできる?」

「できるっ!」

笹崎姉妹がお土産屋さんの前で話す。

ほしいもの一つですら親に内緒じゃないといけないのか。

「とおるくんは何かほしいものある? 今日誘ってくれたお礼したい」

「いや、いいよ、僕は」

「ふーん。いらないんだ」

笹崎さんはふてくされたようにお土産屋さんの中にはいっていった。

「おにいちゃん。そこはすなおにほしいっていったほうがいいよ?」

的確なコトを妹に言われた。侮れないな、笹崎さんの妹は。

「な、なんでそう思うの?」

「おねえちゃん、きっとおそろいのものがほしいんだとおもう」

「おそろいのもの?」

「とくべつ、だよ!」

ニコッと笑って妹は笹崎さんのもとへと言ってしまった。

なるほど、おそろいのもの……。たしかにほしいかもしれない。

僕と笹崎さんだけのもの……。



お土産を買い終えた笹崎さんたちと合流した僕はカフェでお茶をすることにした。

「今日はありがとうねっ沙月があんなに嬉しそうな姿を久々にみたよ」

「ううん。僕も楽しかった」

「今日はね、何もかも忘れて遊ぼうって決めてたの。でも忘れるどころかはっちゃけすぎて私自身を見失いそうになったよ」

それはきっといい意味でなのだろう。笹崎さんがとてもうれしそうだ。

「うん。それも踏まえて今日誘ったから」

「ふふふ、本当にとおるくんは、優しいね。ありがとう」

少し顔が赤くなっていた。それをみて僕も赤くなる。

「さつき、さっきのおみやげやさんでぬいぐるみみてくるねっ」

「ちょ、沙月??」

「だいじょうぶ! すぐそこにいるから!」

そう言って妹は突然お土産屋さんに行ってしまった。

「もしかして、空気呼んだのかな?」

まさかと思い僕は笹崎さんに聞く。

「かもね」

クスッと笹崎さんは笑う。

「どうして水族館に誘ってくれたの?」

「え?」

「誘うなら他にもあったのに、なんで水族館なのかなーって」

「弥衣さん、海好きでしょ? だから」

「え、私そんなこといったかな? 確かに好きだけど」

「だから気晴らしになるなら水族館かなって」

「ほんと、とおるくんは優しさでできてるね。私に優しくしたって何もでないよ?」

「僕を頭痛薬みたいに言わないでよ。あと、見返りとか求めてないから」

「ふーん」

「僕は、弥衣さんが楽しんでくれるならそれだけでいい」

僕はポケットから小さな紙袋を一つ取り出した。

「これ、あげる」

それはお土産屋さんで密かに買ったイルカのキーホルダーだ。

「え、いいのに! そんな!」

「僕があげたいからあげるんだ。もらってよ。それに、ほら」

僕はもう一つ小さな紙袋を出して中身を出す。

「おそろいにした」

また笹崎さんがキョトンとする。おそろいとかまずかったか?

「な、え? とおるくん、そんなキャラじゃないじゃん…。おそろいとか、そんなの買うような、キャラだっけ? わーどうしよう…」

さっきより顔が赤くなる。目も潤んでいるように見える。

「だって、僕の特別は笹崎さんだから」

「……ありがとう!」

満面の笑みを見せた。僕、本当に笹崎さんのことを…。

「もうおわった?」

「うわっ!!」

タイミングよく、妹が僕達のところへ戻ってきた。

「沙月、みてみてー! いいでしょー? おにいちゃんに買ってもらっちゃったー」

笹崎さんは妹にキーホルダーを見せて自慢する。

「よかったねっおねえちゃん」

妹も笹崎さんに負けないほどの満面の笑みを浮かべた。

これを幸せと言わないでなんというのだろうか。

でも笹崎さんは気づいてくれているだろうか。これが君のほしいものだって。

君の望んているものなんだって。

そう言いたかったけど、僕は言わないでいた。

だってそれに気づくのは自分次第だって、思うから。

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