最終話
俺が寝具を取り出すと、クトゥルーが怪訝な声で俺に聞いてきた。
『これは一体……?』
「クトゥルー用に用意させてもらった。星御門謹製の寝具だ」
『我にそのようなものは不要だが……』
「いやそうじゃない。これは星辰が今のような配置になり、覚醒しそうな時であっても熟睡できる寝具だ」
『申し訳ないが、人間がそのようなものを作れるとは思えない……』
クトゥルーの言いたいこともわかるが、実際あるんだから仕方ない。
「この寝具は、代々木がクトゥルーを覚醒させようとしたものを反転させたものだそうだ。もとはヨグ=ソトースがもたらした技術だと聞いている」
『なんと……しかしどう見てもこれ人間用の寝具に見えるのは我だけか』
「概念だかららしいぞ。寝やすくするということにするなら寝具というわけだと」
『ま、まぁ気持ちだけは受け取っておく』
受け取ってくれるだけいい
『よし』
「何が起きている?」
『ヨグ=ソトースの断片と人間を切り離す。あの人間はもうあちら側に取り込まれてしまったから、どうにもならないがな』
「あの人間?あぁ、代々木のことか。あんだけのことやらかしたんだから仕方ないな」
『そして、この世界から我の概念を分離することにする』
分離?どういうことなんだそれは。
『我らはこの世界にはいなかった。そういうことになる。ほとんどの人間には記憶にすら残るまい』
「なんだと?」
『あの鉄の船もそれぞれの出発したところに戻す。……お前も出発地点辺りに戻す』
「そうか……船で数十日はしんどかったから助かる」
『そう言ってもらえるなら助かる』
目の前には、消えゆくヨグ=ソトースと、代々木の姿があった。俺が手出しするまでもなく消えてゆくのだろう。決着をつけたかった気もするが。
『……宇宙卵とも分離しないといけないな、お前は』
「元々そんなものがあるとか知らなかったからな。別にいいさ。意外に美味かったぞ」
『美味かったのか……』
クトゥルーに半ば呆れられたような気がするが、どっちにしろそれでもいいだろう。
『さぁ、お別れだ。我はこれからそちらからしたら永い眠りにつく。もう会うこともあるまい』
「人類が迷惑をかけたな」
『それだけでもないがな。寝具の作り手によろしく言ってくれ。では……さらばだ』
意識が薄くなっていく。これで、全ておしまいだ。
次に目を覚ました時、俺は横須賀の浜に打ち上げられていた。隣にはソトース氏もいた。どうやら宗教団体に拉致られていたのを俺がなんとか連れ出した、ということになっているらしい。そして俺の手元には、何故か刀があった。……桑名打ちである。物言わぬ魔剣でない桑名打ちの刀を俺は持っていた、ということになっているようだ。
俺の冒険活劇は、邪神がらみのところがばっさり落ち、宗教団体から女の子やソトース氏を助け出した正義のお巡りさん。ということに落ち着いた模様である。そりゃね、邪神が絡まないとなるとね、そうなるな。
星御門は俺同様記憶を残していたようだ。星御門以外で記憶を残していたのは、トーラスたちくらいである。他の人間は全然記憶がなかった。長門や鳳翔も動かしたことになっていないようで、御隠居もすっかり邪神の記憶を無くしている。
俺はそのまま、警察の仕事を続けることとなった。地方の駐在の仕事をして回ることになる。しばらく帝都とはお別れである。
「色々世話になった」
「こちらこそ」
「サビシくなりマスね」
というわけで、俺は星御門とトーラスに別れの挨拶をしている。朝早いうちに発つことにした。湿っぽいのはごめんである。
「クトゥルーの力で、邪神に関する記憶は人類のほとんどで封じられています。稀に記憶が戻る人間もいるかも知れませんが……」
「夢でも見たと思うんじゃないか?」
「そうかもしれませんね。もし何かありましたらまたお手伝いします」
「多分、もう必要無いと思う」
クトゥルーがきちんと仕事をしてくれているはずだ。一仕事終えてぐっすり寝ていることだろう。おやすみ、クトゥルー。
「そうですか……また帝都に来られたら是非いらしてください」
「それは喜んでそうさせてもらう。それじゃな」
俺は星御門邸を後にした。妙だな。いつもなら姦しい子たちが出てくるはずだが。まぁいい。さっさと目的地に向かうとするか。そう思っていると……
「待ってくださーーーい!!!」
「霧島さん!?それにその車は!?」
TT型フォードが俺の後ろから走ってくるじゃないか。思わず俺は駆け出していた。
「寺前様がどこ行くにしても着いて行きます!」
「婚約相手が居なくなるのは困ります!」
「全く……この子達と来たら。しょうがないので付き合ってあげるわ」
霧島さん、五條、八木までそんなこといつてやがる。当然運転は。
「ってちょっと!寺前さん!なんで走って逃げようとしてるんです!?」
「冗談じゃない、本気で着いてくるのかみんな!?」
「当たり前じゃないですか!!」
うっそだろおい、おかしいと思ったんだ。なんか居ないから。とにかく走って逃げるしかない。
「来るにしても誰か一人にしてくれぇ!」
「なんで一人に決めなきゃいけないんですか!?みんな着いて行きますよ!!」
「重婚は犯罪だぞ!」
「そんなのどうとでもなるわよ」
「おいいいい!!ふざけんなよ!!」
なんだってこんなことになってんだ、クトゥルーは記憶消し忘れてんじゃないのか?こうなったら逃げ切ってやる!
「畜生逃げ切ってやる!」
「そうは行きませんよぉ!恋する乙女を舐めないでください!」
帝都の桜の舞う道を、俺とTT型フォードはどこまでも競争を続けていった。
邪神斬舞 -完-
……以上をもちまして、邪神斬舞は閉幕とさせていただきます。お帰りの際にはくれぐれも、昏き者どもには十分ご注意願います。本日は誠にありがとうございました……
邪神斬舞 とくがわ @psymaris
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