第伍拾玖話



 直刀の、淡く白く輝くその刃……俺も魔剣もその刃の前に威圧されてしまった。ありえないと言いたいが、ありえないものが目の前にあるとして、実際にどう勝負をすれば良いか。


「魔剣、本気でそれを言っているのか?」

『……一度だけ見たことがある。間違いない。壇ノ浦に沈んだはずなのに……』

「草薙の剣だと……神器勝手に私物化すんじゃねぇぞ代々木のど畜生!」


 これまでありとあらゆる刀になり、持っただけで人を斬りたくなるというろくでもない魔剣だったが、それが欠けるという事態、そんなことを引き起こせるのは尋常の武器ではないとは思ったが。


「水の剣相手にここまでの力を発揮出来るとは……勝てる!勝てるぞ!」

「……冗談はそこまでにしろ代々木ぃ!星辰!一刀流!零しゅ「遅い」」


 何が起きた!?移動先に見えない何かを感じて俺は零縮を止めたが、また魔剣が欠けた。ここまでとは。


『力の差があるな……絶望的に』

「……そのようだな。魔剣、何か手段はあるか?」

『……ない』

「ないか……」


 このまま一方的に叩き殺されるのは勘弁だ。しかし……打開策が、思いつかない。魔剣の刀身が欠けてゆく。俺の身体にも無数の傷ができる。ここで、死ぬのか……。


 急に、刃の嵐が収まる。


「何だ」

「手こずらされたな、お前には……」


 急に何を言い出すんだ代々木の奴は?


「危うく様子見で死ぬかと思ったからな、前回は」

『やはりそうだったか!トドメ刺せば良かった!!』


 魔剣のいうことももっともだが、それができたら俺たちはここにいない。


「だが、今の私は素晴らしい力がある。この力を持ってすれば、クトゥルーの覚醒すら不可能ではないだろう」

『簒奪者が聞いた風な口を』

「そして宇宙卵をその身に宿したお前が来てくれた。これで我が力は神をも凌ぐことになる。私が宇宙になる」


 意味不明なこと言い出したぞ代々木の野郎!単に頭がおかしくなったのならいいが、本気でそんなことができるのならもう誰も手に負えないだろ。邪神ですらも。


「代々木」

「何だ」

「神をも凌ぐとか言ってるが、邪神をも凌げるとでも?」

「当たり前だな」

「なら何故クトゥルーの復活にこだわるんだ?」


 闇が、笑ったように見えた。


「我が糧にする為だ」

『本気で狂ってやがるぞこいつは……』


 魔剣の言わんとすることもわかる。だが狂ってるだけならまだいい、代々木こいつはその狂った発想を実現できるのだ、おそらく。このままだと俺はおろかクトゥルーもこいつに喰われて、挙句全人類二十億の命の灯火も消える。


「さぁ、我が糧となれ寺前無明!」

「ふざっけんな馬鹿野郎てめぇなんぞに喰われてたまるか喰い殺すぞ畜生!!」


 俺に闇が覆いかぶさろうとしている。このまま一方的に喰われるのか、俺も。ふと、闇の背後を見ると、妙な機械のようなものがある。何だあれは?その機械に更に何かついている。こっちは人間が付けているように見える。


「うおおおおぉ!!!おらぁっ!!」

『なっ!?何だと!?』

「何いっ!!??」


 俺は魔剣を機械に向かって投げつける。魔剣と代々木が驚きの声を上げる。あの機械はなんだかわからんが、人間が付けてる方は正直本来の目的に不要なんじゃないか?そんなことを瞬時に思ったから、即実行した。


「あ、あああ……クトゥルーの復活の鍵が……貴様ぁ!!」


 なんか知らんが代々木の野郎が苦しんでやがる。糞野郎が苦しんでいるということは、間違いの行動ではなさそうだ。


『お、思いつきで行動するな!!』

「すまん」

『……無明よ。どうやらここまでのようだ我は』

「は?」

『……思い出した……我の本来の姿を』


 何だと!?そりゃ確かに桑名打くわなうちにしちゃちょっと斬れるなとは思っていたんだが。


「本来の姿だと!?」

『星々を駆ける船と共にあった我らは……そうだ。今はまだ目覚める時ではない、そうだろうクトゥルー!』

『星辰、未だ満たず』


 その声の主は、五感を揺るがせる程の存在感を感じさせた。目の前の代々木が矮小に思えるほどの絶望的な力がそこにはあった。


「な、何故だ!?私は確かにヨグ=ソトースの力を!!」

『故、歪曲された事象の修正を開始。……警告、歪曲により現在地上に存在する全生命が絶滅する可能性あり』


 クトゥルーが言っていることが直接脳内に入ってくる。霧島さん達を介すれば可能なのかこういうことも。突然、代々木の動きが止まった。


『歪曲事象の修正速度を相対的に最速化するため、本地点の相対時間を極大化』

「どういうことだ!?」

『……クトゥルー様!もうちょっと日本語でわかりやすくお願いできませんか!?』


 霧島さんが無茶振りしてきた。いやクトゥルーもそう言われても無理があるだろう。


『わかった。人類程度にわかりやすく話すとすると……我が時間を止めた、地球が滅ぶ直前で』

「止めた」

『なんか危なかったんで止めた。今そこのキモいのを消毒してる』


 代々木、お前クトゥルーにキモいの呼ばわりされてるぞ。


『更にあちこちでそのキモいののせいで問題発生してるから今直してる。ちょっと待ってて』

「いや、なんか助かった、ありがとう」

『それはこちらこそだ。危うく不完全な状態で存在を奪われるところだった』


 それなら良かった。でもなんで代々木の策略は失敗したのか?


『我が護身具を持ってきてくれたのか』

「魔剣か!?いやここまで使わせてもらっていた。あちこち欠けてすまん」

『気にすることはない人間よ。とにかく我は人間と基本的に争う気はない。そいつは別だが』

「そうなのか。なら俺が持ってきたものを使う意味はありそうだ」

『何を持ってきた?』


 俺は背嚢から荷物を取り出した。寝具である。ぐっすり寝てもらえるために。


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