第伍拾捌話
顕現したヨグ=ソトースを前に、俺はその動きを見ていた。あたかも滲み出る闇が、無数の腕となって俺を掴んでくるかのようである。これが、人間か。人間の進むべき姿がこれなのか。
勝手にそうなりたい代々木は好きにしたらいい。人類滅ぼすとか言い出さない限りは好きにしたらいいだろう。
「……ソトース氏を解放しろ」
『何を今更……』
「彼はなりたいと思っていたのか?」
『そんなことは知れたこと。超常の力を手にしたくない人間がいるとでも?』
「そんなもん、欲しくねぇ」
『は?』
俺は別に好きで邪神を斬りたいわけでもない。そりゃ仕事で金にもなってるし、助けた人から感謝もされる。でもそれはあくまで邪神、いや信奉者のせいで困っている人がいるからそうなっているだけだ。
「信奉者が悪行三昧しなければ、俺が邪神を斬ることもないんだ」
『それほどの力を持っている貴様が、力をいらないだと?』
「基本的に要らない。だが、今だけは必要だ」
『どういうことだ?』
「知れたことだ!お前のような外道を放置していたら、何人犠牲になるかわからないからだ!俺は今、お前を斬って、この戦いを終わらせる!」
突然高笑いを始めるヨグ=ソトース。甲高い、不快な音波が俺の耳をえぐる。無数の腕が俺をつかもうとする。軽く魔剣で斬り払う。
『これほどの耐性を持つとは。普通の人間ならとうに発狂して死んでいるだろう』
「普通の人間普通の人間って、俺が普通じゃないみたいにいうんじゃねぇよ」
『普通ではない人間を普通ではないというのは当たり前だ。貴様が喰らったのは宇宙卵なのだからな。なるほど……』
「なんだよその卵」
宇宙卵?それがなんだというんだ?昔食い破って俺が出てきた邪神のあれか?
『そもそも我らの眷属を食い破って生まれてくるなど……いや……そうか……貴様は、産まれてきたのか』
産まれてきたって、そら普通に両親から産まれてきたがな。頭おかしいんじゃないかこいつ。そもそも邪神と一体化する時点で頭おかしいか。
「産まれた産まれたって、この世に生きてたら産まれてくるのは当たり前だろが
『正確に言おう。お前は我らが眷属に食われて宇宙卵の一部になるはずだった。だが、お前の魂は頑強で、それ故に宇宙卵を食い尽くした』
は?
『貴様は死んでいた。それが宇宙卵によって産みなおされたのだ』
「するとなんだ?俺は、俺のこの身体は、その宇宙卵だかなんだかいう化け物からできてるのか?」
『そうだ。だが、今日こそ貴様のその身体を返してもらうことにする』
「何がなんだかよくわかんねぇが、とにかくてめぇは、てめぇだけは斬り殺す」
俺は魔剣をヨグ=ソトースの無数の腕と目に向けた。こんだけ目があるなら、全部突き刺してやる!
「魔剣!」
『応!剣禅一如!』
「精神一統!!」
「『刀 魂 現 界 !』」
無数の刃が、ヨグ=ソトースの目に突き刺さる。しかし……
『残念だな、そこは目ではないぞ』
『怯むな!本体はもっと奥だ!』
「分かってる!飛ばすぞ!剣禅一如!星辰一刀流!!」
「『無神喪閃・三千世界!!』」
無数の俺が時空を超越した一撃を放つ。一撃で百八の斬撃を浴びせる俺が、数千数万の数で攻撃する。闇が、消えてゆく。
「連続奥義!無神喪閃・阿頼耶識!」
空間を切り裂く一撃が、何かに到達した。しかし……
「硬い!?」
『……くっ、欠けたぞ』
魔剣が欠けるって一体なんなんだよ。
『これほどの力か……だが、こちらも力を手に入れている……見ろ、この力を!』
俺は闇の奥に、一本の剣があるのを見た。その剣を握る手が、あいつの、代々木の手か。淡く光るその剣は……まっすぐな剣は……
『ま、さか……』
「魔剣?」
『そんな……信じられぬ……現存したとでも?』
「何がだ」
『あいつの持っているあの剣……草薙の……剣だ……』
俺は魔剣が何を言っているのか理解できなかった。海の底には都などなかったんだよな?な?……嘘だと言って欲しい。
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