第伍拾漆話


 犬神が俺のことを睨みつける。お前の攻撃そのものは、俺一人では手も足も出なかったのは確かだ。だがな、俺には……仲間がいる。いまいちこうちょっと信用できないとかあるけど別の意味でこう……


『ちょっと!寺前様!そんなことより今は目の前の相手に集中してください!』

「くそっ!内心の自由を奪われた!」

「馬鹿にするな!」


 犬神が空間を歪め牙と化して俺に襲いかかる。それを俺は躱す。空間を歪めようが見えてる攻撃では、見えない攻撃と比べたら脅威の程は知れている。返す刀を振るうのみ。


「どういうことだ!?何が起きている!?」

「もう、お前の手品の種は明かされたんだ。手品の時間はおしまいだ」

「そんなはずが!我が牙を見切ったとでも!?」


 空間によって作られた無数の牙を、次々と躱しながら近寄っていく。


「鋭角より出でよ!」

「星辰一刀流、零縮」

「くそっ!?」


 一気に詰めた俺は、そこから居合の間合いで一撃を放つ。


「星辰一刀流」

「間に合えええっ!!」

「虚空」


 完全に相打ちになる、かと思った。犬神の身体は真二つになりながら、虚空に消えてしまった。空間ごと飲み込まれてしまったのか……そのまま。死体すら残らないとは。もしかしたら、死体すら残らなず死んでいたのは俺の方かもしれなかった。


 一瞬で、あまりに一瞬でそうなってしまった。


「行こう。この先に、あいつがいる」

『ああ』


 代々木の気配を探りながら進んでいく。気配がどこかからする。まだこの先にいるというのか。どこかから音楽がする。あの音色は……ピアノという楽器だったはずだ。ピアノの音がする方向に進んでゆくと、俺は異様なものを見つけてしまった。


 ソトース氏だ。……生きて、いる?無数の漆黒の闇が、彼の身体を触手のように取り囲んでいる。


 ……ピアノを弾いているのは、代々木だ。


「来たか」

「ソトース氏か?彼に何をしているんだ?」

「……依代に、なってもらう」

「何の依代にだ」

「ヨグ=ソトースの」


 ヨグ=ソトース……邪神か。人間を邪神にするとでもいうのか?


「そもそもそれ自体が、大いなるヨグ=ソトースの意思なのだ」

「人間を邪神にすることがか?」

「そうだ」


 頭わいてるだろ代々木もヨグ=ソトースとやらも。人間は人間らしく、邪神は邪神らしくしてろよ。なんで邪神なんぞにならないといけないんだよ。


「クトゥルーの復活によりこの世は地獄になる。それを生き延びるには人間は次なる段階に進む必要がある」

「それとソトース氏に関係あんのかよ」

「ダンウィッチ」

「は?」


 意味不明な単語……いや待て、聞いたことがあるぞ?確かトーラスが言っていた。街の名だ。アメリカの街の。奇妙な事件が起きた街の名だ。


「人間を大いなる存在に近づけるための実験は、大いなる存在も行っていた。ソトース氏はその実験の成果であると」

「何だと?」

「その実験は一定の成果があったが、失敗作も発生した。で大いなる存在は、ばらした」

「何故だ?」


 意味がわからない。何故そんなことを。


「完成品を隠すためだ」

「完成品!?」

「そう。その完成品の一つがソトースであり……」


 まてまてまて……


「もう一つがこの、私だ!おお……大いなる力が……漲ってくる!!」

「ふざけんじゃねぇぞ!人間が神きどってんじゃねえぞ畜生!」


 代々木の闇とソトース氏の闇が一つになってゆく。そして闇が無数の刃となって俺を襲ってくる!


『これが!これがヨグ=ソトースの完全なる大いなる力だ!』

「くそったれえぇ!舐めんじゃねぇぞ人間をぉ!!!」


 無数の刃を力の限り走って避ける!逃げる!躱す!!ここまでの力があるのかと言いたくなる。


「零縮!零縮!零縮ううううああああ!!!」

『所詮はヒト猿畜生が、多少の力を持ったところで!』


 この力はどこからくるのか。闇の奥底から絶望が伝わってくる。これは……ソトース氏の!?ソトース氏はまだ生きている!?


「待ってろ!今助けるぞ!」


 彼を助けることが、ひょっとしたらヨグ=ソトースの攻略に繋がるか?やるしかない。



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