第伍拾陸話



 ル=ルイエーの地に降り立った俺は、砲弾によって破壊し尽くされた要塞を見つめていた。


「これ、どこから入ったらいいんだ?」

『そのうち出てくるんじゃないか?』


 その可能性は高いか。砲撃や爆撃、果ては艦による体当たり爆発で地形が変わるほどに破壊し尽くされたル=ルイエーだが、艦隊はすでに転進していることだろう。となると、要塞破壊された後で生き残り信奉者が出てくるに違いない。要塞も艦隊も全て破壊し尽くされた信奉者たちとしては、クトゥルーの復活ができないのでは打つ手は全て無くなったも同然である。


 畢竟ひっきょう、連中はクトゥルーを復活させるための仕掛けを動かすことになる。だが、今動かしたところでクトゥルーがそれに乗ってくれるかどうか。連中は乗ってくれると思っている。もしくは無理に起こして怒りのあまり人類ごと滅ぼしにかかる。それでも連中の勝利だろう。一方こちらとしては、クトゥルーがすやすや寝ててくれたら勝利である。すでにこんだけどんぱちした上で寝てろってのも酷な話ではあるが。


 俺は持ってきたを背中に背負って、辺りを慎重に見回した。敵が出てくるとしたら艦隊が離れた後である。それは間違いない。その間に持ってきた握り飯に手を出す。しばらくまともに飯が食えるかどうかも怪しい。辺りを見回すと、特に動きはないように思える。


 ……だが、感じる。


 地下にいくつもの気配がある。連中は待っているのだ。艦隊が離れるのを。……そして、俺が油断するのを。


「うおおお、これは無駄足になったなぁ!」

『おい無明大声で何言い出してるんだ!』

(おびき寄せるんだよ!)


 俺は魔剣に小声で呟く。魔剣も納得してくれたようだ。


「とりあえず飯でも食うかなぁ!海軍の飯結構美味いんだよなぁ!!特にカレーとか美味かったしなぁ!!」


 こんな海の果てである。補給なんて限度はあるだろう。それゆえこういう煽りは効果があるんじゃないか?腹を空かせている上に砲弾の雨である。心が折れるんじゃないか?折れてもいいんだが、それだと地下に降りれないのは困るな。


 などと思っていると、地下に気配を感じる。俺を狙っている気配が、十重二十重。まだ演技を続けさせてもらおう。


「握り飯うめえ!漬物もうめえ!おかずのクロケットうめえ!!うめえうめえ!!」


 これは効果あったようで、奴らが地下から蟻のように這い上がってくるのを感じる。


「魔剣!」

『応!剣禅一如!』

「星辰一刀流!」


 ……思い出せ、胸の傷を。忘れるな、胸の痛みを。


「『幽世!』」


 出てきた信奉者たちの身体を操っていた存在は、俺たちが繰り出した一撃の元に絶命していく。信奉者たちの身体は、操り糸の切れた人形のように崩れ落ちる。倒れた信奉者たちの身体からは、既に生命の灯火は消えている。……それでも食うものは食いたかったのかね……


 ……俺は残ったおにぎりを一つ、信奉者たちの死体の側に置き、そっと手を合わせた。


 信奉者たちが出てきたところは、外周が螺旋階段のようになっていた。果てしなく下に続いているように見える。どっから湧いてきたんだよあいつら。深き闇の底から湧いてきたとでもいいたいのか。


「これは暗いな……」


 一応ランタンは持っては来たが暗い。しかも手すりとかないんだけど。普通に落ちたら死ぬ気がするやつだ。不安はなくはないがとにかく下に向かうことにする。


 下へ、下へと果てしない道を進んでゆく。信奉者も出てこないのはどういうことだよ。かなりの距離を歩いているが、きりがないな。歩き疲れてきた。あいつらどこから湧いて出たんだよ。


 ぶつぶつ言いながらさらに降りてゆくと、広間のようなところに出た。出たが全体的に暗いので、これもうなんもわからん。何が出てきてもおかしくない気もする。でももう奴らには、殆ど戦力はないんじゃないかって気もしている。


 何故かって?


「久しぶりだな、国家の狗」

「そっちこそな。邪神の、いや……代々木の狗か?」


 犬神が俺のことを睨みつけていた。頬の傷跡が引きつっている。俺の、俺たちの突き立てた刃だ。


「だがあの時とは違う。お前には千里眼の娘は居ない。つまりはお前はここで朽ち果てる運命にある」

「そうか」


 俺は魔剣に力を込める。魔剣から声がする。


『あーあー!もしもーし!すごい電話みたいです!』

『ちょっと霧島さん!電話じゃなくて!居ます!ティンダロスの遺物の使い手です!』

『ああもあ姦しい!早く決着つけろ!』

「これが俺の切り札だ。霧島さん!貴船さん!魔剣!頼んだぞ!」


 犬神の顔が憎しみで歪む。それはそうだよな、お前の顔に傷跡つけたのは俺たちなんだから。だが今度決着をつけてやるよ。

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