国立のタイムカプセル
まっく
国立のタイムカプセル
『あのさ、タク。ヤバい事になっちゃったんだよ』
「電話出たら、いきなりそれかよ。でも、マサのヤバいは、大抵そんなヤバくないからなぁ」
『今回のはマジ。七月二十四日って、何の日か知ってるだろ?』
「当たり前じゃん。シモン・ボリバルの日」
『安全靴をボリバリ食べる日か?』
「安全靴?」
『俺が使ってる安全靴、メーカーがシモンのやつなの。めっちゃいいんだよ。それが……』
「その安全靴が美味いかどうかは、また今度聞くわ。で、何の日なの」
『東京オリンピックの開会式の日だよ』
「そうなの? 全然知らなかったわ。ひょっとして、マサ……」
『そうなんだよ』
「最終聖火ランナーの、二人手前の人に選ばれたのか?」
『まずまずの大役! じゃなくて、オリンピックの開会式のチケット当たったの』
「そりゃ、マジでヤバいやつだな。で、開会式って、どこでやんの?」
『国立競技場に決まってんじゃん』
「あー、国立ね。まぁ、国立しかないわな。ちなみにチケット代って、いくら。五千円くらい?」
『バカ! それじゃ一番安いのも買えんぞ』
「二万とか?」
『三十万だよ!』
「マジで? 一番良い席?」
『そう、A席』
「そんな金、マサに払えんの?」
『だから、今、月の半分は塩舐めながら水飲んで凌いでんのよ。あと、一か八かでその辺の草食ったり。米はもう二週間食ってねぇ』
「お前、開会式までに死ぬんじゃね?」
『改めて、食い物の重要さを感じるぞ。寝ても全然疲れ取れないんだから。あと、体から粉吹いてくるし』
「その粉集めて、うどんでも打つか」
『なんで俺、あの時、小麦の妖精にならなかったんだろって思うよ』
「どの時だよ」
『タク、十年前にタイムカプセル埋めたの覚えてるか? 手紙と十年後の自分たちの助けになる物を入れようって』
「あー、なんかあったな。四人だけで埋めたやつだっけ。クッキーの缶」
『そう、中二の時。俺とタクと、リツとミクで』
「その時に、小麦の妖精になれますようにって、書いて入れとけば良かったって話?」
『んなわけない』
「まぁ、タイムカプセルって、願い事入れるやつじゃないからな。で、それが?」
『うん。その日からちょうど十年後が、オリンピックの開会式とカーモン・ベイビー・ボリビアの日でお馴染みの七月二十四日なのよ』
「シモン・ボリバルな。南米独立運動の指導者」
『だから、タクさ。タイムカプセルを回収しに行って欲しいんだよ』
「俺一人で?」
『俺はオリンピックの開会式を、瞬きせずに見ないとダメだから。A席で』
「じゃ、別の日にすればいいじゃんか。前日とかで。目薬も差し入れするし」
『ダメに決まってるだろ! 十年後って決めたんだから、きっかり十年後にしないと! 日付まで!』
「めっちゃキレてくるじゃん。まぁ、なんとなく言いたい事はわかるけど」
『そうだろうがよっ! 目薬はくれ!』
「わかった、わかった。とにかく落ち着け。あまりカロリー使うとアレだから」
『すまん。最近、なぜか高まりやすいんだ』
「なぜかは、俺にはわかるけどな」
『やっぱさ、言葉とか文字って、得体の知れないパワー宿ってる気がするだろ?』
「言霊とか、そんな感じ?」
『そうそう。俺ら二人の分だけなら、別に一日ずれてもいいんだけどな』
「リツとミクが、あんな事になったのは、俺達の責任だ」
『あれは事故だよ』
「もう二人には、二度と会えない」
『ファミコンの向かって右側のコントローラーの究極だな』
「痛恨の極み、の事か?」
『で、アイツらが埋めたの覚えてるだろ。俺、軽く引いたもん』
「二人の名前書いた婚姻届な。俺は、重く引いた」
『あんな事になった今、とてつもない怨念が籠ってるはずだから』
「アレは、ちゃんと成仏させてやらんと、まずい気はするな」
『封印を解いた瞬間に、闇に引きずり込まれる可能性もあるぞ』
「確かに、約束の日付くらいは守っておきたいし、なるべく時間も合わせたいところだな。九時くらいだったか」
『確か、そう。あと、ちゃんと知り合いの住職に焼いてもらう手筈は整えてるから、タクはその婚姻届握り締めて、翌朝まで堪えてくれればいい』
「うん。普通に部屋のどっかに置いとく。ってゆうか、次の日の朝に、寺も行かないとダメなのかよ」
『俺も行けたら行くし』
「絶対に来い!」
『行きます、行きますって。埋めた場所は覚えてる?』
「国立の」
『そうそう。縁も所縁もない』
「その日、サッカーの試合があるって聞いてな」
『好きでもないサッカーの。全然知らないやつが試合やってる』
「大抵、タイムカプセルって、自分たちの学校とかに埋めるんじゃないの」
『個人的だと、誰かの家の庭とか? 俺ら、みんな団地だったしな』
「確か、近くの公園は、土の下がすぐコンクリで、ぜんぜん深く掘れなかった」
『そうそう。で、サッカーの応援に来たフリして、俺とタクでトイレの個室に隠れて』
「で、夜まで待とうって」
『最初に入った個室に、でっかいのが居座っててな』
「流しても、ぜんぜん流れない」
『どうやって、出したんだっていうな』
「カピバラの赤ちゃんくらいの」
『ギネス級の黒ナマコくらいの、がしっくりこない?』
「生々しいから。せっかくラブリーな感じに例えたのに」
『うまくは侵入出来たけど、脱出するのまでは考えてなくてな』
「結局、脱出する時に警備員に見つかった」
『マジでビビったな。なんとか逃げ切れてよかったよ』
「サンクリストバルゾウガメみたいな警備員で助かった」
『
「マサ、やめろ! この世界が消し飛んでしまうぞ!」
『なんだよタク。やけに大袈裟だなぁ』
「下ネタを甘く見たらヤバいんだって」
『大丈夫だろ。伏せ字もあるし、ピー音だって入ってる』
「何を言ってるのかよく分からないけど、マサを信じるわ。マサの肝心なところでの勝負強さみたいなのは、俺は買ってるから」
『まぁとにかく、あんなに走るのが遅い人間がいるとは、驚きだったな』
「ところで、今度はどうやって入るんだ?
俺はもう、あんなに長い時間トイレに隠れるの嫌なんだけど」
『それさ、俺は意外といける気がするんだよ』
「なにが?」
『九時だとオリンピック開会式の真っ只中だろ』
「そうだけど、それが?」
『いくら警備員と言えども、開会式にしか気がいってないと思うんだよ』
「スポーツにまったく興味ない俺でも、テレビで観ようと思ってたくらいだ」
『だろ? タクでさえそうなんだから、警備員だってそうに違いない』
「一理ある」
『きっと、タクの行動になんて、誰も気に止めないよ』
「そうだな。たぶん、黒ずくめで行けば大丈夫だわ」
『黒ずくめいいねぇ。あ、タクちょっと待ってて』
「どうした? キャッチか?」
『電話しながらで申し訳ないけど、今から塩舐めていい?』
「今日、塩と水の日かよ」
『これ、指に付けて、歯茎に擦り込むようにして摂取するんだよ。歯茎の引き締め効果も期待出来て、一石二鳥なのよ』
「それ絶対に誰にも見られるなよ」
『当たり前だろ。カーテン閉めてるし。こんな姿、誰かに見られたら、妖怪シオナメテミズノミーと思われて、恥ずかしいよ』
「そういう意味じゃないんだけど。まさか、アルミホイルの上で塩を炙ったりしてないだろうな?」
『そのアイデアいただき! 気分変わっていいかも』
「マジでやめろ!」
『なんだよ。著作権でもあんのかよ』
「とにかくカーテン閉めるのだけは忘れるな」
『了解。タクさ、何かあった時の為に3Dプリンターで作った模造銃と、ネットで調べてチャチャッと作った爆弾も持って行っとくだろ?』
「時期が時期だけに、持ってるの見つかったら、国際的なテロリストになるって!」
『それを踏まえた上で?』
「持っていくかっ!」
『なんだよ、ノリ悪い』
「ノリでそんなリスク犯せるわけねぇ」
『せっかく作ったのに。じゃ、とにかく七月二十四日に国立、回収の方は任せた!』
「うぃー。マサは頑張って生き抜け」
『うぃー』
「いやー、俺的には東京オリンピック延期になって助かったわ。二人で回収に行けたから。それに楽しみが一年延びたと思えば」
『チケット無効で払い戻さない説が出た時は、真剣に爆弾使うか悩んだけど』
「あわやテロリストかよ」
『しかし、今回もまた脱出時に見つかったな』
「ヒメリンゴマイマイみたいな警備員で助かった」
『たぶん、あそこの警備員、足遅いのが採用条件だな』
「もう妖怪シオナメテミズノミー生活も終了だろ?」
『次は3Dプリンターの代金とかが来るから』
「いつまで続くんだよ。でも、過去のマサがタイムカプセルにお金入れてくれてたじゃん」
『五十円な。好きな物を買って下さいだって』
「もやしなら買える」
『あの時の俺はバカだったんだな』
「今よりマシだと思うけど」
『タクのレアカードは、どうだった?』
「手紙に、プレミアが付いて金持ちになれるはずって書いてた」
『それ』
「十円で買い取ってもらった」
『俺よりクソじゃねぇか』
「婚姻届は?」
『寺に持って行く直前に、一応、二人にどうするか確認取ったのよ』
「で?」
『二人とも同じ言葉を返してきた』
「そういえば、今日はシモン・ボリバルの日の次の日だねって?」
『それ、日本人で他に誰が知ってるんだよ』
「で、なんて?」
『やっぱり赤い糸で結ばれてたんだ。だって』
「あんな事になったのにか?」
『俺らが合コンに無理矢理連れて行ったばっかりにな』
「店の前でミクとバッタリ。俺、人がチョキで殴られたの初めて見た」
『あれは完全に眼球を抉りにいってたな』
「ずれて、リツは頬が軽く削れただけで済んだけど、ミクは右手中指骨折。店の前は阿鼻叫喚の修羅場だった」
『今度、二人で婚姻届出しに行くってさ』
「アイツら、マジで助けになる物入れてやがったのか」
『俺らに感謝するってよ』
「また二人にも会えるな」
『でも、やっぱ俺はオリンピック延期は残念』
「しかし、オチ的には悪くない」
『国立競技場じゃなくて、
「下らな過ぎるけど」
『まぁ、今度四人でメシでも行こう』
「うぃー」
『うぃー』
国立のタイムカプセル まっく @mac_500324
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