幸せな夢に、いざないます

   

 二人の客が帰った後。

 棚に並んだ小瓶に目を向けて、あらためて俺は考えてしまう。

 そもそも、この『幸せになれる魔法薬』オベク・アルプとは……。


 元の世界には、初夢のおまじないという話がある。

 一年のうち最初に見る夢を、縁起の良いものにするために、ちょっとした工夫をする。それらしき文言の記された宝船の絵を、枕の下に入れて眠れば良いという。

 子供の頃に初めて耳にした時は、純粋に「凄い!」と感じたが……。

 大人になって考え直してみると、当たり前の話ではないか、と思った。

 だいたい夢なんてものは、心配したり執着したり、頭の中を大きく占めている件が、眠っている間にも思い浮かぶ、ただそれだけだろう。ならば、宝船のような縁起の良いものを強く念じながら眠れば、夢の中に出てくるのも不思議ではない。

 だからこれは、おまじないというより、思い込みに近いものだと俺には思えた。


 人間の『思い込み』には凄い力があって、それこそ『病は気から』という言葉もあるくらいだ。

 いや『病は気から』と言ってしまえば、少し胡散臭く聞こえるかもしれない。だが、薬学の教科書にもバッチリと書かれている概念なのだ。

 薬効成分の含まれていない薬でも、本物だと信じて飲めば効いてしまう、という話として。

 プラシーボ効果、という用語として。


 ……こうした前世知識を踏まえた上で、俺が販売しているのが、『幸せになれる魔法薬』オベク・アルプだ。ちなみに名前の由来は、Placeboプラシーボ を逆にした Obecalp から。

 ごたいそうに『前世知識』などと言わずとも、おそらく似たような理屈は、この世界の詐欺師も既に利用していることだろう。

 でも、他人は他人、俺は俺。俺としては、このオベク・アルプが売れて、買った人も満足してくれるのであれば、万々歳なのだ。

 そもそも効能は「幸せな夢を見られる」という程度だし、しかも販売時に「100%効くわけではない」とも謳っているのだから、詐欺には相当しないよなあ? たとえ、その中身が、単なる水だとしても。




(「山本ポーション店では、幸せになれる魔法薬を販売しております!」完)

   

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山本ポーション店では、幸せになれる魔法薬を販売しております! 烏川 ハル @haru_karasugawa

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