29 赤髪の少女と智慧の欠片

 雷を直に受けた紳士は、背を丸くして雷光の発生源――エリックを見やると、唇を振るわせ、


「久々に『痛い』と思いました。――貴方のだってただの雷を依の憑依ではないでしょう?」


「――何をいってる。俺のは普通の雷の憑依だ」


「気付いていないのですか……まあ無理もない。『覚醒』はしているのでしょうが」


 全く、これっぽっちも男の言葉の意味が理解できず、ただの戯言と切り捨てるエリックは怯むことなくニールスへと進撃する。先程、跳躍して発射させた雷光は彼の頭上で轟いたが、地に足を付け繰り出される正拳は直撃する兆しすらなく澄ました面持ちの男によって躱され続けている。


「先程の雷は効きました。――だが、どんな強靭な攻撃であれ、当たらなければ意味がない」


 肉薄するエリックを躱しながらニールスは片手で持った長剣を一撃、目の前の脅威を振り払うように剣を振るった。エリックの腹部に直撃する雷剣の刀身は痺気を伴いながら切り裂く。


「――ッ!」


 切り裂かれる痛みと、痺れる痛さを同時に腹部に浴びたエリックは裂かれた腹を押さえながら、滑走しつつ後退する。痛ましげに傷口を抑える。あの雷を纏わせた剣――『雷剣』にどこか可笑しな感覚をエリックは覚える。これだけの威力でありながら力を抑制している気さえする。彼は脅威を目の前にして加減をしている、それが何故かはわからないが。


「本当に、思わぬ収穫ばかりですよ。禁忌の業を使うリテロ中尉に、火焔の憑依使いまで」


「――知っているの……?」


 『火』や『炎』と言えばいいものの、わざわざ『火焔』と言ってのけたニールスに眉を上げ動揺するレイ。

「知っていますとも。何年か前のことでしたね、――貴方達スタークスの拠点を壊滅させたのは」

 その一言を受け、青髪の彼女の動揺が更に色濃く表情に伝う。


「……じゃあ、母さんを殺したのは……」


「母さん?」


 端正な顔立ちを崩し、顔をしかめ、くしゃくしゃにしながなら唇を振るわせ「フランテリア・エタン……セル」と吐き捨てる。


「――フランテリア・エタンセルを殺したのは、貴方ね」


 声を低くさせ紳士へと問いかけた。すると紳士は口元を不適に緩ませながら、


「――そうですよ」


 嘘偽りない真実を、温度の低い声音で語った。――それを告げた紳士の目はやはり狂気的であり、その言葉を受けたレイの、内にあった憎悪は確信となり、


「お前が……お前が母さんを殺したんだなぁぁぁぁぁぁ!!」


 心底から込み上げる怒りに身を任せながら澄まし顔のニールスへと肉薄する。憎悪に満たされながら荒削りに進撃するライブレイの猛攻を容易く、ひらりと回避し続けるニールス。彼女の怒りの攻撃は男の皮膚には掠りすらしてはいない。


「じゃあ二十年前に拠点を潰したっていうのは……」


「ええ――私ですよ」


 男はその表情に、至って愉しげな笑みを浮かべながら更なる真実を告げた。それを聞いたレイは勿論、更なる憎しみに顔をしかめて見せたがその傍ら、リテロもまた驚愕を顔に映していた。


「ニールス中将、いいや――ニールス」


「おおや? 上官にタメ口ですか?」


「これ以上素性を隠す理由もないだろう。――辞任届は必要かな?」


「必要ないですよ。――もし良ければ、二階級特進させあげましょうか?」


「上官の粋な計らい・・・感謝致します。だが――気持ちだけで結構だ」


 ニールスの皮肉に対し、リテロもまた皮肉で返答すると、手に持った黒槍で風を切り、ニールスへと猛攻するリテロ。一人の肉薄なら余裕綽々と躱してみせたニールスであったか二対一となると少し厳しい状況なのだろう、少し眉を下げてみせる。

 黒槍と拳による進撃を躱し、背後へ回り込み、


「小賢しい蝿が。――鬱陶しいですね」


 二人の背中を斬撃と雷轟で切り裂いた。切り裂かれた二人は倒れながら地面を転がっていく。

 何か目的でもありげに、緩やかな足取りでエリックへと近づく紳士の足を止めたのは幾数もの弾丸の数々であった。しかし紳士は先程と変わらず、それを容易く弾くと弾丸の発生源。ガトリングを手に持つシドの方へと敏捷に飛び掛かり剣を振り上げ打ち上げる。シドは咄嗟にガトリングを盾にして防御の態勢を取る、が空中高くに身体ごと打ち上げられた。ガトリングで防御をしていたのにも関わらず痛撃はしっかりと腹部に伝い、地面へ倒れた。

 ニールスにとっては邪魔であった三人を打ち払うと本命・・であったエリックへとゆっくりと足を進める。エリックも緩やかに近づく彼に危機感を感じたのであろう。腹部を抱えながら立ち上がり臨戦態勢を取る。だか彼の怯みきった身体では抵抗するには一歩間に合わず、


「随分と手間を取らせてくれますね。私の目的は『覚醒』した貴方の魂だというのに」


「なにッ――」


 伸ばした掌で首を絞められるエリック。彼の腕を掴み苦しみに喘ぎながらも必死に抵抗するが、突如体内を浮遊感にも似たふわふわとした感覚が支配する。まるでニールスが掴んだ掌から魂が『奪われていく』ような感覚がする。それが何を意味するのかはわからないままで、エリックの肉体・・は首根っこを絞められたまま、ゆっくりと目を閉じ、浮遊感とともに意識を失った。


これ・・さえ手に入ればもうここに用はありません」


 立ち上がり、開いたニールスの掌には青く炎のように仄かな光を放つ、エネルギー体のようなものが浮かんでいた。  


「それは……」


 シドが呟くと紳士は口元を緩ませ口を振るわせて、


「貴方の兄の魂です。――智慧の欠片を使い引き出した・・・・・のですよ」


「そんなことが……」


 以前も聞いた智慧の欠片の力、魂を意のままに操るというのは紛れもない真実であったようだ。なによりも今の光景がそれを証明している。エリックの魂など取り戻しても身体に定着し直す術を持たないシドにレイ、そしてリテロ。


 三人が顔をしかめる中、また新たな足音が殿堂に響き渡る。――それは肩まで伸びたボブの赤髪に、無垢な緑眼、片手にバッグを持った少女――レティであった。彼女は智慧の欠片に関する手懸かりが何かしらここにあると見当していたのである。だが、それ以上に目前の光景に眉を上げていた。


「……何……これ……」


 倒れ込む四人の人。――その内の二人はレティにも見慣れた顔であった。


「シドに……エリックまで……!? 一体どうなってるの?」


 疑問を口にしながら少女は倒れる兄弟へと駆け寄った。――叫ぶリテロの制止も聞かずに。


「エリック! シド! どうしたのよあんたら!」


 その聞き覚えのある、懐かしい声音に顔を上げるシド。声だけで推測していたものが確証へと変わり驚愕を面持ちに浮かべる。


「レティ……どうして……?」


「それはこっちの台詞よ! 何でこんなにボロボロになってるの? それに……エリックの意識が………」


 傍らで倒れるエリックを見やると、彼は意識を失っていた。


 シドはその質問の回答――兄の意識を失わせた張本人を、レティの背後に迫る影を指差してみせる。それに応じてレティが振り向くと、背後には狂気的な目をした紳士が青い炎のようなもの――エリックの魂を片手に浮かばせながら直立していた。


「貴方は、彼らのお友達ですか?」 


「――だったら何?」


 警戒心増し増しで一歩後退し、眉間に皺を作るレティ。彼らを傷つけた張本人を目の当たりにして、まず感じていたのはやはり、常軌を逸した威厳であった。それから手に持っていた『雷剣』を見やる。彼の双眸からは殺意にもにた狂気が伝っていた。


「……私を、殺すつもり?」


「いいえ? 私に楯突かなければの話ですが」


「……この場にいる人を傷つけて、エリックの意識を失わせたのは貴方?」


 皆目見当はついていたが、確証を得るためにそれについて尋ねると紳士は、


「ええ。皆さん充分に、私に楯突きましたから。――私の目的はエリックの『魂』だけであったと言うのに」


「魂………?」


 当惑しつつ呟く少女に対し紳士はにやりと笑ってみせる。


「彼の身体から魂を抜き取ったのです――。私の掌にある青い炎がそうです」


 これまで事態の把握が充分ではなかった少女が信じがたい今の状況をなんとか呑み込んだ。つまるところ、この場の四人に傷を負わせていたのは目の前の紳士であり、彼の持つ火の玉はエリックの魂であるということである。おおよそ理解したレティはぴくりと眉を上げる。


「――返してよ! それが抜かれてるからエリックは意識を失ってるんでしょ?」


 懇願を口にしつつレティが手を伸ばすとニールスの手元にあった火の玉――エリックの魂は瞬く間に少女の手元へも引き寄せられた。これには流石のニールスも澄まし顔を崩し驚愕の面持ちを浮かべる。


「ど、どうして……貴方が――智慧の欠片も所持してない貴方が魂を――まさか……!?」


 声音から漂う驚きすら隠しきれず眉を寄せる紳士の顔が先程の余裕綽々な顔から、少し崩れていた。動揺を抱きながらニールスはこのままでは自分が不利な立場に置かれる可能性があると考え、 


「くっ……予想外ですね、何故あのような少女が智慧の欠片を」


 そう言うと、剣を胸の前で構えその刀身に纏わりついた蒼白の雷から強烈な光が拡散する。その場に居合わせた者は皆、眩い光の前に目を眇める。


 光はしばらく殿堂内を包むとパッと収束する。蒼白の光が収まり目を開くと、先程まで光の発生源であった雷剣とそれを持つニールスの姿は、そこにはもうなくなっていた。 


 眩い閃光から数秒の間、沈黙が続いた後、レティは手にしたエリックの魂を見やる。


「こいつの魂、身体に戻してあげなくちゃ」


 両手の掌を合わせて持ちながら、彼の意識のない肉体へと近づいていった。少女は手に持った魂をエリックの胸部へと押し当てる。 


「こうすれば、いいのかな?」


 その光景を周りの三人は不思議そうに見据えていた。少女本人に自覚はないのだろうが、魂を引き寄せたり肉体へと戻し取りするには智慧の欠片の力なしではなし得ないことなのである。それを知っているリテロとレイは目の前の彼女の行為に驚愕してみせた。


 肉体に魂を戻された張本人――エリックはと言うと、その後緩やかに瞼を開き、意識を戻していった。


「エリック!」


 仰向けに倒れるエリックの顔を横から覗くレティを目を眇めながら見やる目覚めたてのエリック。


「ん……俺は――って、ええ!? なんでお前が居るんだよ!?」


 驚きに音を上げながらエリックが起き上がり、立ち上がった。


「なんでって……それはこっちの台詞よ!」


「――それよりニールスとか言うやつは……どこいった?」


 エリックが周辺を見渡す。だが先程まであったニールスの姿は何処へやら、全く持って見当たらない。意識が戻ったエリックの元へと離れていた二人――リテロとレイが駆けつける。


「リテロさんにレイさん……俺は一体?」 


 リテロが今目前で起きた出来事を話す。肉体から魂が引き出されたこと、それをレティが取り戻し肉体へと定着し直したこと。


 言われてみれば、意識そのものが肉体から乖離していた感覚があったような気がする、とエリックはうろ覚えながらその感覚を少しだけ思い出していた。


「でもどうして、レティは俺の魂がを元に戻せたんだ?」


「多分だけどこれが……」


 言いながら懐から取り出しのは真紅の光を帯びた硝子の破片のような物質であった。それを見る四人は同時に息を呑んだ。今レティの手にあるのは紛れもなく、智慧の欠片であったからだ。


「智慧の欠片!? どうして君が持ってるの!?」


 質問をするレイが驚愕気味なのも無理はないだろう。


「これは……実は……」


 気まずげにエリックとシドに目線を移しつつ智慧の欠片を手にした経由を口にする。――さらっと不法侵入したことを、申し訳なさげに告げる。


「へーなるほどなるほど……ってはぁ!? お前それがっつり不法侵入だろ!」


 聞き流しかけたが流石にそうもいかす声を上げる。それからエリックは、


「でも、俺の部屋にそんなもんあったか?」


「確かにあったのよ、書斎のような部屋の机の上にぽつんと置かれてて」


 少女のその一言で確信した。智慧の欠片の置かれていたのは彼の父――ヴィンクリードの部屋の机だ。あの部屋には本棚があって、書類が散らかった机がある。――レティの言う部屋の特徴とも一致する。


「あの部屋は、『あれ』以来入ってすらなかったからなぁ」


 彼が幼少の頃は、はごく稀に出入りすることがあったが父が母を殺したあの日以来、彼に関わるものを目にすることすら憚っていたためか、書斎にも立ち入ることはなくなっていた。


 そんな中、レイが咳払いをし場の空気を仕切る。


「ここで立ち話もなんだし、一旦街に戻って宿で取ろう。それに――そこの女の子にも聞きたいことがあるし、ね」


 赤髪の少女に、意味深げに目配せしながらレイは言った。その提案に賛同し、一旦街に戻ることにした。ん

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雷光のアインヒューズ -AINHUZE OF THE THUNDERBOLT- 吾妻守 @Mamo_Azu

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