28 蒼白の雷轟
生半可で渡れる道ではない。それをまじまじと感じた兄妹は互いに見合い決意を再確認し直すと、強く頷いてみせた。
「スタークスの目的だが、国や政府が隠蔽している何かを暴くことだ」
「何かってのは?」
「その詳細は未だ解らずじまいだ。だが近年、国の動向には不信 な点が多い。お前達が足を運んだ廃工場の地下にしてもそうだ」
「と、いうと?」
「ヨルテナ工場は地下が利用されていた――なら国がそれを把握していないはずがないだろう。つまり、国や政府ぐるみでヴィンクリードの実験や、怪しげな『何か』を隠蔽していることは間違いない」
確か、ヴィンクリードの研究には国からの資金援助が少なからず行われていた、とニヒトが言っていたことをふとエリックは思い出す。彼と国が裏で結託して何かしら事を為そうとしているのであれば尚更、資金援助の件と辻褄が合う。それから彼はふと気になることを思い出し、
「そういえば、智慧の欠片とかいう物質が奴らのしようとしている何かと関係があるって聞いたけど?」
「ああ。ヴィンクリード、もしくは国がそいつを使って事を為そうとしているとは間違いない」
智慧の欠片、といえば万物の魂をも自在に操り、その魂を他の物質に『憑依』させることも出来てしまうというトンデモ物質だ。実際そんな物質がこの世に存在するかどうかさえ定かではないと、仮定していた。がしかし、今のリテロの一言から智慧の欠片の存在が偽りではないことは確信できた。
「智慧の欠片……魂の憑依させることのできる唯一の物質。本当にそんなものが存在するんですか?」
兄も抱いていたその疑問を、弟が質問する。
「するわ、それは間違いない。だってこの目で見たもの。紅い光を纏った硝子の破片のような形状をした物体よ」
説明を聞いたシドが「なるほど」と唸る傍ら何かしらを疑問に思ったエリックが手を挙げる。
「さっきから見てるとリテロさんはまるっきり反乱分子じゃないか。なのにどうして軍に入隊してるんだ?」
「単純なことだ。――いわゆるスパイというやつでな。外部から調べてもあぶり出すことの困難な情報を掴み取ろうとして潜っているわけだ」
なるほど。それで彼は表向きでは軍人として職務を全うしていたわけかと、納得しエリックが頷く。――しかしリテロも軍に偵察として入隊して結構な月日が経過しているだろうにバレていないことにも驚愕である。事情を知り頷く兄弟とそれを説明していたスタークスの二人の耳に高々と響く足音が伝う。彼らではない他の誰かがこの殿堂へと足を踏み入れている。
「
足音の主はエリックに視界に据えるや否や言葉を発した。男はダークコートを羽織り、中折れ棒帽を着用している。一見すると紳士的という言葉の似合う男であった。
「おや? リテロ中尉じゃあないですか。こんなところで一体何をなさっているのですか?」
リテロに対し階級を付けて呼ぶことから彼はエルピアの軍人であるのだろう。だがこの状況、彼にとって芳しくないものであると思われる。反政府組織であるレイの隣に平然と立ち行動している。もっともこの紳士が青蘭の髪の彼女をスタークスの一員だと知っているかどうかにもよるのだが。
「ニールス中将。ご無沙汰しております」
至って冷静さを保つリテロであったが、
「無理に平然としていなくても構いませんよ」
――どうやら盗み聞きされてしまっていたらしい。だとしたら彼にとってはこれ以上ない危機的な状況だ。
「聞いていたのですか……」
「ええ。もっともそれ以前から気づいてはいましたが」
「なら何故――」
リテロの問いかけに紳士的な男は狂気的な笑みを顔一杯に浮かべ目元をぎろりとさせ、
「――泳がせていた、とすれば?」
嘲笑まじりで言葉を紡いだ。一見すると紳士的な男から感じられるのは、隠しきれない狂気と常人とはかけ離れた気迫だ。漂わせる狂気から普通ではないと察したエリックとシド、そしてレイも緩やかに後退る。
「泳がせていた……? 一体何のために……」
「
そう言って嘲笑を浮かべながら、右腕にビリリと雷轟を纏わせる紳士にその場の誰もが戦慄した。エリックのものとは違う蒼白の光を放つ雷轟。その中でもエリックは確信していた。――『あれ』はただの雷などではないと。
「アンタ……それ……」
「エリック・アインヒューズ。よほど私の雷が珍しいようですね」
「アンタのはただの雷じゃないだろ」
「流石は自らも雷を操るだけある。察しが良い」
「だがこの状況で戦っても戦況不利だぜ? なにせこっちは四人だ」
風を切るように雷轟を纏わせた手を払い「どうかな」と一言。彼の口から紡がれる言葉の端々には余裕さえ感じられる。
余裕綽々な紳士がゆっくりと手を前に出すと、何もなかったはずの空間に突如として長剣が顕現する。
顕現した長剣を男は手に取り、纏わせた蒼白の雷轟を腕から長剣の先へと転移させた。転移する雷轟は彼の二の腕を一巡し刃へと辿り着く。雷轟に包まれた剣は『雷剣』と呼ぶに相応しい蒼と白の同居した輝きを放っていた。
男――ニールスは蒼白の雷剣を片手で握り、
「では、政府に仇為す者の意地。見せてもらいましょうか」
――長剣が横殴りに風を切るとともに、刃から放たれる弧を描く雷轟。刻一刻と迫りくる蒼白を前に、たったひとり、リテロが足を前へと踏み出し手を伸ばす。伸ばした掌からは暗黒の靄が映し出され次第に、それが槍の形状を成す。迫る蒼白の雷轟を漆黒で作られた槍で切り裂いてみせた。――槍の先端に裂かれた雷轟は跡形もなく霧散し姿形を消していく。
「私がヤツの攻撃をどうにかしているうちに、攻撃を仕掛けてくれ!」
「わ、わかった!」
あんな普通ではない雷を受け止めることのできるリテロにも勿論驚愕しているのだが、それ以上に以前も目にした黒い靄と、そこから形成される黒い槍。以前にも見せたあの靄、そして槍は一体何なのであろうか。と、同時に、
――やっぱり。あれは憑依じゃないな。
確信して心中で呟く。
「私の雷を切り裂くとは。流石は『禁忌の業』を使うだけある」
今の一言で疑念は確実なものとなり、エリックの心の中の確信は揺るぎないものになった。ニールスが言った『禁忌の業』、それがリテロの使う憑依とは似て異なるものの名称であろう。
「私たちも、こうしてはいられないわ」
リテロが幾度と迫る雷轟の猛威を切り裂く傍ら、青髪の女が跳躍し、火焔に包まれた振り上げた足を振り上げニールスの頭上たにて振り下ろす。思わぬ俊敏な反撃に紳士は眉をぴくりとさせ、
「貴方は……あの時の……」
――頭蓋に振るわれた足蹴を姿勢を崩さす優雅に躱した。攻撃を受け流すと同時に、雷剣を振り上げ青髪の彼女――レイを振り払う。殿堂の硬い地面に膝を付くレイ。跪く彼女を猟奇的な目を以て見下す紳士の背に、
「よそ見してもらっちゃ困るね!」
――シドのガトリングから放たれた、幾数もの銃弾が迫りくる。男は咄嗟に振り返り手に持った雷剣で迫る弾丸を意図も容易く弾いてみせる。華麗さと俊敏さが同居したスタイリッシュな動作は、隙のひとつも見出だせないほどであった。
進撃する火焔、レイの猛攻をすらりと躱しつつ、ガトリングから繰り出される銃撃を長剣で弾く。その芸当は常人の域を優に超越していた。――そこに、
「二つの攻撃は防げても、三つ目は無理だろぉぉぉ!」
雷光が降り注ぐ。鳴り響く轟音とともに殿堂の高い天井すれすれまで跳躍していたエリックの掌から放たれたその一筋は紛れもなく狂気的な紳士――ニールスへと直撃した。流石の彼も三つ目の猛威の直撃を免れることは叶わない。――確かな威力をもった雷光が男を貫いた。
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