27 荒廃した文明

 エリックとシドは、父から未だニヒトを失った悲しみを抱えたままでいた。しかしその足を留めるべきではない。屍を越えていく覚悟も国にさえも背く覚悟を、持たなければならない。たとえその先に待ち受ける受難がいかなるものであろうとも。


 レフィーナへと出発する前に、エルピアに滞在していたあいだ食と住を保証してくれた喫茶店テスラの店主アールイに礼を言っておくことにした、というかそれが当然の礼儀でもある。兄妹にとっては感謝しかない。

 下階へと降り、アインヒューズ兄妹が深々と頭を下げる。だがアールイは気さくな微笑を浮かべながら「礼なんていらんよ」と一言。


「お前さんらが抱えとる痛みや葛藤と比べたら些細なことだ。――がんばれよ、少年」


 兄妹は深々と下げた頭を上げ、笑みでその言葉に返答してみせた。

 

 喫茶店テスラの店主アールイたの別れを済ませた兄妹はリテロの先導により駅へと向かった。彼らにとってこの駅を目にするのは二回目であったが懐かしさではなく驚きの方が圧倒的に上回っていた。


「で、デケェな相変わらず」


「う、うん……田舎の偏狭じゃ一生拝むことのできない代物だよ」


 駅の全景を見渡す兄弟。アーチ状になったガラスの天井から空の色がちらつき、アンティークさを感じさせながらも新鮮みのある装飾の数々。そして何より、人に人に人に人。広々とした空間にも関わらず、行き交う人々の足音は止まず、常にごった返している。喧騒とは切っても切れない仲だ。二度目にもなる訪問だが それでもこの壮観には見慣れることができずにいた。


「ここルーデリアは時計塔目当てで各地から観光客が訪れるエルピア随一のスポットでもあるからな」


 顔色ひとつ変えることなく冷静に説明を挟むリテロ。都会育ちの彼にはこれも日常的な光景の一部分でもあった。

 

 切符を購入し、汽車へと乗る三人。そこまで座り心地の良くない椅子へと腰掛ける。子供二人が隣り合わせに座り、大人一人が向かいの席である。カタカムナ遺跡のあるレフィーナはルーデリア駅から二駅とそこまで遠い距離ではなかったのもあってか思いの外早くに到着した。


 ルーデリアの駅を見た後だったからであろうか、レフィーナ駅がひどく質素に見えてしまうのだ、というか実際のところかなり質素である。豪華な天井があるわけでもなく、かといて奇抜な装飾があるわけでもない。面積はそこそこ広いもののやはりルーデリアの壮観には敵わない。


「レフィーナは文化都市という異名を持つ由緒のある都市だ」


「「文化都市?」」


 聞き慣れない単語に兄弟が疑問符を浮かべる。


「憑依学の権威であり憑依の第一人者、クラウマス博士の出生の地だと言えば憑依使いのお前には理解できるだろう、エリック」


 眉を上げ驚きをみせるエリックの傍ら、いまいちその凄さのわからずにいたシドがぼけっとしながら未だ疑問符を浮かべたままでいた。


「クラウマス博士? ……そんなに凄い人なの?」


「すごい人も何も、この人がいなけりゃこの世界に『憑依』は存在し得なかったんだ。物質に対する理解を根底から覆したとされ、『憑依学』の第一人者でもある」


 つい熱が入り熱く語りだす憑依使いの兄にややその熱情からは置いてきぼりを食らっている弟。憑依のことを深く知らない弟にとってはイマイチわかりづらい話でもあった。


「その通りだ。かつて文化を築いた者の出生の地、故に『文化都市』だ」


 なるほどなるほど、と納得した顔で頷く兄。弟もそれなりに憑依の第一人者であるクラウマスと偉大さを理解してか軽く頷いてみせた。


 駅から出てすぐのところで、文化都市レフィーナの活き活きとした賑わいが目前に広がっていた。わいわいと喧騒を立てる人々の群れに、あちこちに並び立つ屋台。それらはさながら何かの祭典の最中のようであった。――古めかしさを帯び、単色の屋根の家が点在する中世由来の気品を感じさせてくれる街並みは見渡す限り活気に満ちていた。


「祭り? 今日なんか特別な日だっけか?」


「レフィーナでは年に一回、クラウマス博士が憑依の法則を見出だしたとされる記念すべき日に『文化祭典は』が開かれている。確か今年は……二百五十周年だったな」


「それでこんなに賑わってるんだね」


 見渡す限りの賑わいで溢れている。お祭りムードに便乗した露天が肩を並べ食べ物やら玩具やら、そして祭りと言えば定番の仮面を売っている露天もあった。祭典雰囲気を盛り上げる屋台の華やかさに釣られ老いも若いも、大人も子供もお姉さんも関係なしに皆その時を楽しんでいた。


  活発な賑わいの中、幾人かが掲示板の前で物珍しそうにを止めていたのでそれに釣られて彼らもまた掲示板を覗き込んだ。そこに記されていたのは、


『憑依戦術試験、開催。集え! 最強の憑依使い!』

なんと驚くことにエリックもかつて参加した『憑依戦術試験』の募集のチラシであった。――といってもエリックが参加したのは故郷のサターニ村で開催されていたものであったが。


 チラシに目を通した人達からざわめきはじめる聞こえる中、掲示されているチラシを見て違和感を覚えるエリック。この『試験』、サターニ村で行われていたものとはエントリー方法が違い過ぎるのだ。


「なぁシド。これ本当に公式の『試験』か?」


「確かにね。例年サターニ村でやってたのは何週間か前に参加申請を出しておく必要があるからね。でもそれに対してこの『試験』は事前エントリーを必要としない。申し込めれば誰でも参加可能みたいだし……あっ、でもこれみて兄さん」


 ふと目についたチラシの隅を指差すシド。弟の差した指の先には政府公認の印鑑がしっかりと押印されている。つまり結論から言ってこの『試験』もエントリー方法さえ違えど政府が運営する公式のものである。


「エントリー方法が変わったのはおそらく即戦力となる人材を政府、もしくは軍が欲しがっているからだろう」


「なんだよリテロさん、随分と他人行儀じゃないか。アンタだって――」


 軍の人間だろ――そう言い書けた瞬間、眠りから覚めた直前にリテロの放った「国に背く覚悟」という言葉を急に思い出した。あの台詞から察するに彼は何らかの形でエルピアと敵対する立場にある人間なのであろう。それを踏まえた上で、


「いや、なんでもない」


 自らの言いかけた台詞を撤回した。


「そういえば、カタカムナ遺跡に行くんじゃなかったんですか?」


彼らがレフィーナを訪れたのは決して祭りを楽しむためではない。シドの一言がそれを思い出させた。


「あ、そうだ。遺跡前で人を待たせているのだ、早く行かねばな」


「……もしかして忘れてたんですか?」


「忘れてなどいない。――断じて、忘れてなどいない」


 強調することで尚更、忘れていた疑惑が強まりこの場で一番の年配者の威厳が少しずつ崩れ去っていく。幸先不安である。


 主に中心街で盛んに行われている祭典の人混み抜け南東へと進んだ先、祭りの喧騒がまるで嘘のように静寂が漂う地帯へと三人は足を踏み入れた。人影さえそこにはなく、寂しげであった。要所要所に荒廃し崩れた古代の建造物が立ち並んでいる。おそらくはかつてここで生活を営んでいた文明がいて何らかの理由で滅んだ、といったところであろう。


 横たわる柱の数々に生活の名残が僅かに残るだけの荒廃した街並み。至るところに残る古代文字らしきもので記された看板。文献で目を通したことはあったが実物を目にするのは初めてであったアインヒューズ兄妹はまじまじとその廃れた街を据えていた。


「これが……カタカムナ遺跡……」


「ああ、かつて荒廃した古代文明カタカムナの地だ。記録によれば三日三晩で滅亡したとされている」


 廃墟の数も多く、数多の人々が生活を営んでいたことは容易に想像できる。人々が根付いていた街を三日で滅ぼすほどのものとは一体何であるのか。眉間に皺を寄せ黙考する青コートの少年。


「――先程も言ったが『とある場所』で人を待たせている。この先だ」


 リテロの背中に導かれながら廃れた街の瓦礫の数々を跨いで歩く。この崩れ去った街並みだけでも衝撃的だというのにこの先には何が待ち受けるというのか。好奇心、も多少はあるもののそれ以上に強いおぞましさが兄弟の心中を支配する。倒れた廃屋や瓦礫を跨ぎ進んだ先には殿堂のようなものが孤高に佇んでいた。屋根を支える無数の柱が華やかや様式美を醸し出している。

 

 破壊や時間の経過により廃れてはいたもののその殿堂が本来もつ壮大さは損なわれておらず荒廃したカタカムナ遺跡の中でも一番きれいに、当時の姿を保っている建物でもあった。


「この殿堂の中で彼女は待っている」


 その一言とともに入口へと続く階段を上り柱の隙間から灯りひとつない暗闇へと足を踏み入れる三人。だだっ広い内部は灯りこそないものの開けたら構造になっているため視界には困らない。三人が足を進めていると目前に人影が移る。都心部では祭典が催されているのにも関わらず遺跡を見に来る人なんているんだな、と内心思うエリック。彼が言えたことではないが。


「レイ、来ていたのか」


「いいや、私もさっき来たところよ」


 リテロの声音に親しげに返答する。おそらくこの松明の主こそ彼の言っていた『待たせている人』なのだろう。青藍色の長髪に花色の瞳を持った線の細い女性だ。彼女は振り返ると見慣れない子供二人を舐め回すように見据えてみせた。


「貴方達がエリックとシドね。思ってたより幼い子供のようね、でも目は据わってる」


 彼女の空色の瞳は、まだ子供の彼らを値踏みしていた。


「ええと。アンタ、名前は」


「レイ。レイ・エタンセル。といってもこの名字は義理の母親のものだけどね」


「義理の母親……ですか?」


「戦災孤児って言えばわかるかな。両親を戦争でなくしたの。もっともその時のことは覚えてすらないんだけれどね。――でもあのまま拾われずにいたら私は間違いなく死んでいた、だから私を拾ってくれて、少ない間だったけれど愛情を注いでくれた母さんには感謝してるの」


 戦争。そういえば何年か前西の隣国ゼーリッヒと小競り合いがあったという話を聞いたことがある。確かゼーリッヒは軍事全般に長けており開戦前はエルピアが敗北するものとされていた。しかしエルピアは発展した憑依により勢力の差を覆し勝利したと文献で読んだことがあるのをエリックは思い出していた。

 ――彼女もその戦争による犠牲者のひとりなのであろう。


「そういえばリテロさん、ここにはなんの目的で足を踏み入れたんだ?」


「ここには一度見ておきたいものがあってな」


 言いながらリテロは大きな壁に顔を向ける。そこには記号とも文字とも取れる何かが壁一杯に渦を巻くように描かれていた。エリックとシドは『それ』にただならない既視感を抱いていた。


「これって……」


 抱いた既視感とともにエリックは懐からプリティヴィーが落としていった紙片を取り出した。本の一ページを千切ったような紙片にはここの壁に記されている渦巻きのそれと酷似したものが記されている。紙片に目を通した後、殿堂の壁を見やる。――その酷似したものはとても偶然とは思えない。


「渦を巻くように書かれたカタカムナ文字は古代カタカムナ文明においてエネルギーの象徴とされてきた」


十二核ダースコアの持つ紙片と同じってのは、ただの偶然じゃあないよな?」


「おそらくな。私もこれが読めるわけではないからな、真相はわからずじまいだ。――ところで」


 言葉を止め改めてエリックとシドを見据えるリテロ。それは二人に対して、


「先程、『覚悟』はあるといったな?」


 改めて覚悟を問う双眸であった。屍を越え、国をも敵に回すほどの覚悟があるのか。――彼の瞳は半端なものを求めてはいなかった。


「勿論だ」


「うん、覚悟ならある」


「――ならば話しておこう。私達スタークスの目的を」

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